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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
八章

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追い詰める手段

「で、どうする。直ぐにやりあうのは芸がねえから、少し話さねえか」


「話し合えば大人しく投降していただけるので?」


「そりゃ、無理ってもんだぜ、ヘブイ」


 表面上は穏やかに言葉を交わすケリオイル団長とヘブイだが、両者の間には張り詰めた空気が漂っていた。

 全員武器を構えてはいないが、いつでも戦闘態勢に移行できるように身構えている。

 ケリオイル団長たちの子供に対する気持ちを否定する気はないが、だからといって人々を危険に晒していいわけじゃない。

 冥府の王を出し抜けるかどうかは博打要素が強すぎて、正直上手くいくとは思えない。このまま戦闘になるのは避けられないだろう。ならば、その戦意を少しでも挫いておくか。


「ら っ い す」

「よ ん で」


 突如、声を上げた俺に全員の視線が集まる。名前を呼ばれたラッミスには事前に説明していたので、直ぐに理解してくれて腰の小さな鞄からメモ帳を取り出してくれた。


「ごほんっ! ケリオイル団長たちの行動をどう思うか、清流の湖階層で百人に聞きました!」


 大声でそんなことを言い放ったラッミスを見つめる全ての人が、意味がわからずキョトンとしている。

 これは事前に清流の湖階層で買い物に来た人たちへ、愚者の奇行団である四人が裏切ったことに関してのアンケートを実施していたのだ。いつか再会した時の為に。


「問一、子供の為にダンジョンの人々を危険に晒した冥府の王に協力したことをどう思うか。許せる、許せない、どちらとも言えない、の三つから選んでもらっています」


 驚愕の表情から少し冷静になったのか、ケリオイル団長たちは口を挟まずにラッミスの発言を待っている。吹っ切れたように見えても、やはり気になっているのだろう。


「許せる十二名。許せない六十名。どちらとも言えない二十八名です」


「意外と非難されていないのか?」


 結果を聞いてケリオイル団長が零した声を聞き逃さなかった。ほんの少し安堵したような声色に聞こえた。他の三人は神妙な表情をしている。


「許せると書いた人の意見としては、自分も同じ境遇の子供がいたら、同じことをしたかもしれない。子を持つ親なら頭ごなしに非難はできん。とあります」


 フィルミナ副団長が胸元をギュッと握りしめている。子を持つ人の意見が胸に染み入ったのか、苦しそうな顔をしているな。


「許せないと書いた人は、人の命を危険に晒して許せる訳がない。尊敬していたのに幻滅した。その他もろもろです」


 紅白双子が小さく息を吐き肩を竦めている。これぐらいの罵倒は覚悟の上だよな。


「問二、正直、ケリオイル団長にはフェルミナ副団長はもったいないと思う」


「うおいっ! それはここで発表する必要があるのか!?」


「あら、興味ありますわね」


「面白そうだから静かにしてくれよ、オヤジ」


「白しっかり抑え込んでおけよ」


 実の息子二人に羽交い絞めにされているケリオイル団長。ここで襲えば楽に勝てそうな気もするが、おどけているように見えて目つきは鋭い。

 もう少し動揺させて様子を見てみよう。


「もったいない六十二名。死ねばいいのに二十二名。お似合い十六名」


「おいおい! 選択肢がおかしいだろっ! てか、俺たちが夫婦だってことばらしやがったのか!」


「皆さんもそう思いますか。やはり、もう少し素敵な殿方を探すべきでしたか……妥協せずに」


 頬に手を当てて憂鬱な表情でため息を吐く、フィルミナ副団長。


「いやいや、フィルミナさん。妥協って何ですか。そっちから求愛してきましたよね?」


「えっ、何のことですか?」


 口調がおかしくなっている団長の問いかけに、首を傾げて否定している。

 その後ろで紅白双子が腹を抱えて笑っている。うーん、敵対関係だとは思えない状況だ。


「最後の問三、四人が戻ってきて謝り罰を受け入れたら……許してやってもいい」


 四人の表情が豹変した。和みかけていた空気が一気に張り詰めたが、この問三が本命なのだ。これだけは聞かせておかなければならない。

 ケリオイル団長たちが姿勢を正し、じっとラッミスを見つめている。まるで罪状を聞かされる罪人のように。


「許してやってもいい、八十名。許せない二十名」


「えっ」


 団長たち四人の口から驚きの声が漏れる。予想だにしていなかったようで、放心状態でぼーっとこっちに顔を向けている。

 これは冷静に考えれば充分あり得る結果だった。団長たちが敵の傘下に入ったのは、清流の湖階層の異変を解決した後で、尚且つ、目立った敵対行動をとっていない。

 ただ、最下層の攻略をしていただけで、直接被害を受けた者はいないのだ。それは他の階層から移り住んできた者も同様だった。

 それに、清流の湖階層の住民は懐が大きい。それは自動販売機でありながら受け入れてもらえた俺が誰よりも知っている。

 許せないと答えたのは身内や知り合いが、この異変で死亡した人たちだ。そんな敵に寝返ったのだから、直接かかわっていないとしてもこの答えは当然だろう。


「みんなからの意見です。お前たちはもっと他人を頼るべきだった。話してくれれば力になれたのに馬鹿が。さっさと帰って来い、俺たちの酒代だけで許してやるよ。親が子の幸せを願うのは当たり前のこと、ですが本当にあなたの子供が望んでいるのかもう一度考えてください。全員一から鍛え直してやるとするかのぉ。だからとっとと帰ってこんか」


 最後の二人はユミテお婆さんとシメライお爺さんだな。団長たちが苦しんでいたことに、気づいてやれなかったことを人一倍後悔していた。自分たちを慕っていた団長たちの力になれず、無謀な決断をさせてしまったことを今でも悔やんでいる。


「ったく、お節介な奴ばっかだぜ」


 帽子のつばを下ろしたので、こちらからは目元が見えなくなってしまった。それが何を意味するのかは理解しているので、野暮なツッコミはしないが。


「あと、シャーリィさんから伝言があるよ」


 ちょっと待ってラッミス、それはこの状況なら読む必要はない――


「えっと、ツケが溜まっているので支払いをお願いします。それから、懇意にしていただいていたうちの子たちが、団長と赤さん白さんがお店に来てくれるのを、首を長くして待っていますので、お早いお帰りをお待ちしておりますわ……だって」


 あっ、ケリオイル団長と紅白双子が直立不動の姿勢をとっている。顔中に脂汗が流れているな。


「あ、な、た、た、ち。どういうことでしょうか」


 その背後に立つフィルミナ副団長の青い波打った髪が、蛇のようにうねっているように見えるのはきっと気のせいだ。目の錯覚に違いない。


「ち、違うんだ、これは……そ、そう。こいつらが一度経験したいって強請るから、しゃーなしに連れて行ったんだよ!」


「ふっざけんなよ、オヤジ! 母さんには黙っておけって念を押していたくせによっ!」


「そうだ、そうだ! オヤジは常連だって自慢してただろ!」


 醜い罪のなすりあいだ。罵倒が飛び交い自分は悪くないと主張する彼らだったが、後方から吹きつける殺気に気づいたようで、再び硬直している。


「私が節約に節約を重ねている時に……そういうことをしていたのね。綺麗で若い女性と一緒に飲むお酒は、さぞ美味しかったでしょうね」


 このまま放っておいたら仲間割れしてくれそうだ。憔悴しきったところで投降を呼びかけたら上手くいくような気がしてきた。

 仲間たちもどうしていいかわからずに戸惑っている。襲い掛かっていいような空気じゃないからな。


「貴方たちは敵の前で何をしているの」


 突如、涼やかな声が流れてきたかと思うと、森の方角から氷の礫が――降ってきた!

 このタイミングで来たか。いつもの自動販売機に戻り、準備していた〈結界〉を素早く張ると、ヒュールミ、ミシュエル、ラッミスが〈結界〉内に飛び込む。

 ヘブイとシュイは巨大な盾を構えるピティーの背後に回っている。

 氷の礫を〈結界〉と二枚の盾が全て弾く。

 今の攻撃を誰がしたかなんて問う必要はない。森からゆっくりと歩み出てきたのはスルリィムだった。

 そこまでは想定内だったのだが――もう一人いるだと。

 スルリィムと手を繋いだ同じ色のコートを着込みフードを目深に被った何者か。身長だけなら子供にしか思えないが、かなり背の低い女性ということもあり得る。それに人間だとは限らない。

 勧誘に来た人数を真に受けて、増員を考えてなかったのは迂闊過ぎた。


「本当に邪魔な人たち。無駄話はそこまでにして。まさか、あの方を裏切る気じゃないでしょうね」


「そんなこと、あるわけがないだろ。俺たちは恩があるからな……裏切れるわけがねえ。悪いがお遊びはここまでだ」


 今までの流れでもしかして説得に応じるのではないかと考えていたのだが、ケリオイル団長たちは武器を手にして、こちらへと向き直っている。

 しかし、今の会話には不審な点があった。団長が口にした恩ってなんだ? 最下層に運んでもらいダンジョン攻略をしていることか?

 いや、それを恩と言うには無理がある。ダンジョン攻略は互いの目的が一致している為の協力関係だ。一方的な恩ではない。だったら……。


「懐かしさに和んじまったが、すまねえな。これがもう少し前なら違う未来もあったかも、しんねえが。今はもう、俺たちはそっちには戻れねえ」


「すみません。本当にすみません」


「ってことだ、わりぃ」


「しゃーない、よな」


 深々と頭を下げるフィルミナ副団長に、バツが悪そうに頭を掻く紅白双子。

 スルリィムが現れただけで状況が一変した。

 あの口振りだと何を言っても無駄のようだ。ダンジョン攻略を冥府の王の下で行うことに躊躇いがないように見える。

 何かあるのか。スルリィムは冷笑を浮かべ、団長たちが裏切ることはないと信じ切っているようだ。何かがおかしい、何だこの違和感。

 団長たちはスルリィムをじっと見つめて……違う、見ているのは手を繋いでいるフードを被った相手だ。

 それも、表情が――何で優しく微笑んでいるんだ。


「みんな、おかしいよ! 冥府の王の手伝いなんかしなくても、息子さんを助ける方法はきっとある筈だよ!」


 ラッミスの叫びを耳にした団長たちは目を逸らし、視線を足元へ落とす。

 何だ、さっきから感じる、この違和感は本当に何なんだ。


「ふふふふ、あははははは! あーおかしい、子供を助ける方法ですって。そんなこと、もう望んでいないのよ」


「ど、どういうこと!」


 望んでいない? 彼らの望みはそれ一択だった。望んでいない訳が――もしかして。

 彼らが恩と口にして、スルリィムが現れた途端に態度を豹変させた。そして、彼らは助ける方法を望んでいない。その全てが組み合わさり、一つの答えを導き出した。


「だって、子供は――」


 スルリィムが手を繋いでいた者のフードを払うと、そこには水晶の棺で眠っている筈の、ケリオイル団長の子供がいた。


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