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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
八章

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もう一人の団員

「ピティーが……引きこもりだからって……あんまりです……」


 貝の中から現れた女性は砂浜に崩れ落ちると、めそめそと泣いている。

 服装は髪色と同じで袖の長い緑色のワンピースだ。その下にはジーパンのような厚手のズボンを穿いている。

 炙ったのは悪いと思うけど何で貝の中に人が。もしや、異世界では珍しくもないことなのだろうか。貝人間という種族がいるのかもしれない。


「いや、焼いたのは悪かったが、何で貝の中にいたんだ?」


「貝の中にいる種族なんて聞いたことないよ?」


「私も存じてないです。ハッコン師匠は知っていますか?」


「ざんねん」


 知る訳がない。この世界でも異質な状況で間違いないようだ。

 俺たちは予想もしなかった現状についていけないのだが、ここに冷静な人物が二人いる。


「何をしていたのですか、ピティー」


「とうとう、引きこもりが悪化して自分の盾に住むようになったっすか」


 盾って……この貝の殻みたいなこれだよな。この二枚貝は盾だったのか。言われてみれば円形の盾に見えなくもない。

 でも、体を折り曲げて入っていたとはいえ、自分の身長より少し小さいぐらいの盾をこの痩せ気味の女性が扱えるのだろうか。そもそも、海の中にいたのに何で窒息していないのだろう。

 それに、この二人が親し気に話しているということはこの女性、探し人である愚者の奇行団の団員っぽいな。


「ピティーは……小さな島であの人の……帰りを待っていたの……そうしたら……団長たちが……家から出そうとするから……断ったら帰ってくれたの……でも、最近また……攻略がうまくいかないから……来てくれってしつこいから……盾を被って逃げたの……ぷかぷか浮かんでいたと……思ったら……沈んでいたみたい……」


 声も小さく途切れ途切れに話すので、聞き手は忍耐が必要となるぞ。あと説明内容が異質過ぎて、映像が全く頭に浮かばない。

 要点を抜き出すと以前、勧誘に来たケリオイル団長たちを断ったのだが、最近になってまた口説きにやってきた。

 そして、あまりにしつこいからピティーは貝のような盾を被って逃げ出したと。

 今の会話内容で重要な情報が一つあったな。ケリオイル団長たちのダンジョン攻略が、はかどってないということだ。まだ巻き返すチャンスがありそうだな。


「相変わらず無駄に高性能な盾ですね。操作すれば一回り小さくすることも可能で、魔法を弾き熱を遮断までは盾として有益だと理解できます。ですが、精神力を消耗して水と空気を少量なら生成できる機能は盾に必要なのでしょうか」


「ご飯があれば……暮らして……いけるわ……」


 盾なのに住めるのか。盾なのに。


「まだ、捨てた男を待っていたっすか、懲りないっすね」


「シュイ!」


 呆れて吐き捨てるように口にしたシュイにヘブイの叱責が飛ぶと、「しまった」と声を上げて恐る恐る貝から出てきた女性に視線を向けている。


「捨てた……捨てられた……違う、違うわ……あの人はきっと帰ってくる……そう、ピティーの元に帰ってくるのぉぉぉぉ」


 あ、泣き崩れた。まるで悲劇のヒロインのように。


「こうなったら暫くは聞く耳を持ちません。失礼しました、皆さんには何のことかわかりませんよね。この方はピティーという名で愚者の奇行団の一員です」


 まあ、そうだよな。そこは今までの会話を聞いていたら予想がつく。


「えっと、泣いているけど放っておいていいの?」


「大丈夫です。発作みたいなものですから、暫く放っておけば元に戻ります」


 冷たく突き放すような意見だがシュイもため息を吐いているだけなので、放っておいても問題ないようだ。


「彼女は昔に自分を捨てた男性のことが忘れられなくて、いつか自分の元に帰ってくると信じています。あり得ないのですが」


「だって、あの男は結婚詐欺師だったっすから。今は富豪の娘を騙した罪で、遥か北方の牢獄で一生過ごすことになっているっすよ。それを何度も説明しているのに信じようとしないっす」


 良く言えば一途。悪く言えば自分の世界に逃避するタイプなのだろうか。

 今も泣いているが、その表情は悲しんでいるというより、哀れな自分に酔いしれているように見えなくもない。


「こういっちゃなんだが、そんな奴を引き入れてどうすんだよ。あれ、まともに働けないだろ」


 ヒュールミの言葉を濁さないストレートな物言いだが咎める声はない。誰も口には出さなかったが同じことを思っていたようだ。


「性格精神共に難ありなのは確かなのですが、能力がずば抜けて優秀なのですよ」


「口で説明しても納得できないと思うから、実際見てもらった方が早いっすね」


 ヘブイとシュイが目を合わせて頷くと、砂浜に指で文字を書いているピティーに向き直った。


「会えない日々は……辛くて死にたい……でも、あの人に会いたい……私には生きる価値は……ああ、でも待ち続けないと……」


 地面しか見ずにぶつぶつと妄言を呟く彼女に対して二人は武器を構える。って、何しているんだ。シュイの目つきは冗談じゃなく本気で狙っているぞ。

 何か考えがあるのだろうとはわかっているが、それでも無防備なピティーに攻撃を加えるのを黙って見ていてもいいのだろうか。

 いや、信じよう。苦楽を共にしてきた仲間を信じないでどうする。


「いきますよっ!」


 ヘブイが鎖を伸ばしたモーニングスターを振り下ろし、シュイが矢を放つ。

 砂浜を指で掘り始めていたピティーが、よろめくように立ち上がっただけのように見えたのだが、棘付きの鉄球も矢も彼女に触れることはなかった。

 素早い動きには見えなかった。だというのに、最小限の動きで避けたというのか。


「凄いですよ、この人。完全に攻撃を見切っていました」


 ミシュエルが絶賛している。弟子がそう言うのなら間違いないのだろう。俺には何がどう凄い動きだったのかわからないけど。

 更に二人が攻撃を加えようとすると、ピティーは貝殻と見間違えた盾を拾うと両腕に装着する。あんな巨大な盾を二枚とも使うというのか。


「何故、ピティーを襲うの……わかった……あの人をたぶらかす女からの……依頼ね……ピティーは負けない……」


 脳内で妄想による物語がリアルタイムで組み上がっているようだ。どうやら設定は自分と彼を別れさせる為に二人は雇われている刺客らしい。

 しかし、見事なまでの盾捌きだ。鉄球を盾の丸みを帯びている部分で受け流し、矢は正面から弾いている。

 ヘブイとシュイの腕は重々承知しているので、それだけに彼女の盾を操る防御の腕には舌を巻く。


「このようにっ、ピティーは防衛能力だけはずば抜けてっ、いるのですよっ」


 鉄球を操りながらヘブイが状況説明をしてくれている。


「代々、盾を使った防衛術を専門に教える一族の才能を引き継いでいるっす。幼少から防御の技を叩き込まれていて、自然に体が動いているそうっすよ」


 あんな重そうな盾を軽々と操り、全ての攻撃を完璧に防いでみせている。ラッミスやヘブイと同じく〈怪力〉の加護持ちなのだろうか。

 この人は防御特化型か。盾を両腕に装着しているということは武器が持てないということだ。攻撃手段が全くない防御能力だけが高い人材。

 なるほどな、確かにこのメンバーに必須の人物だ。攻撃力はミシュエルとラッミスの二人がずば抜けている。だが防御面となると俺の〈結界〉頼りになることが多い。

 もう一人、防衛能力に優れた人がいれば今後の立ち回りがかなり楽になる。ネットゲームでは相手の攻撃を引きつける役割は必須だからな。ゲームと現実を比べるのは失礼な話かもしれないが、その重要性は理解できるよ。


 でもこれ、どうやって収拾をつけるのだろうか。相手はこっちを刺客か何かと思っているようだから、話し合いに応じてくれそうもない。

 二人は攻撃を止めたのだが、盾二枚を被るようにして構えているピティーは警戒を解くことがない。前髪の隙間から時折見える鋭い視線が二人を射抜いている。


「ピティー、シュイっすよ。もう攻撃はしないから盾を下ろして欲しいっす」


「嘘よ……シュイはもっと……背が高かったわ……ピティーは騙されない……」


「まあ、悲劇状態に切り替わった貴女には、普通の説得は無意味ですからね。ここはお任せください」


 防御態勢を解こうともしないピティーにヘブイが無造作に歩み寄っている。

 武器を背に戻して両腕を広げて、無害であることをアピールしているな。


「近寄らないで……貴方たちは……あの人との仲を裂く……敵なの……」


 そもそも、攻撃を仕掛けた時点で説得に応じるとは思えない。仲間だと言われても信用しないのは当たり前のことだよな。

 それ以前にこんな不安定な精神状態で、愚者の奇行団はどうやって彼女と共に戦えたのだろうか。ケリオイル団長たちの勧誘からも逃げていたみたいだし。

 考え込み過ぎていたようで体の照明が点滅している。


「ハッコン、心配しなくても大丈夫っすよ。ヘブイだけは彼女を制御することが可能っす」


 自信満々に言い切るな。何かしらの制御方法があるのか、期待させてもらおう。

 近づいていくヘブイに対して後退るピティー。今のところ状況が悪化している様にしか見えない。

 そのまま、波打ち際まで彼女が追いこまれるのかと思えば、突如、動きを止めると盾を外してじっとヘブイを見つめている。

 胸の前で手を組み合わせているだけではなく、瞳が潤んでいる。まるで恋する乙女のように。

 えっ、何をした? こちらからは背中しか見えないのだが、何かやったようだ。


「やっと……迎えに来てくれた……のね……」


「いや、すまない。今は一時的にヘブイさんの体を借りてキミと話をしている」


 ヘブイが頭のおかしなことを口走り始めた。


「そんなっ……まだ迎えに来てくれないの……」


「本当にすまない。だけど、必ずキミを迎えにいく。僕とヘブイさんは相性がいいらしくて、こうやって精神を移して体を借りることができるが……それ以外の人では難しいみたいだ……」


「そうなんだ……だったらヘブイの……近くにいれば……」


「たまにこうして、話ができるかもしれない」


 ヘブイの作った声と悲劇のヒロイン役の三文芝居はいつまで続くのだろうか。


「そういうことか。何をしているのか理解できてきたぞ。ヘブイがお得意の幻覚でピティーの待ち人である男の顔を自分の顔に重ねているのか」


「ヒュールミ、大正解。ピティーはあの屑の言うことなら何でも聞くっす。こういう強引な設定でも盲目的に信じるっすよ。で、悲劇状態が解除されたら、少しまともになるっす。前までは月に一度彼氏が訪れて、団長たちと冒険を頑張るように説得する設定をやっていたっす」


 取り扱いの難しい人だ。だけど、そのおかげでケリオイル団長たちの仲間にならずに済んだのだから、結果良しとしておこう。


「でも、騙して利用するのは気が引けるね」


「ラッミスの言い分もわかるけど、現実を一切見ないっすからね。赤と白が前に説得した時なんて暴れて飛び出していって、行方知れずになっていたっす」


 こういうのって精神科医でもなければどうしようもないよな。

 少なくとも騙されている彼女は今、とても幸せそうな顔をしている。いずれ、現実と向き合うことになる日が来るのかもしれないが、今はこれがベストな選択なのかもしれない。


「んー、オレは専門家じゃねえから、ただの憶測なんだが……わかって芝居しているように見えるけどな。根っからの役者で、完全に悲劇のヒロインになりきっているだけじゃねえか?」


「あながち間違いではないのかもしれませんよ、気には揺らぎがないですから」


 ヒュールミとミシュエルの発言を聞いてもう一度ピティーに視線を向ける。

 確かに言動は芝居がかっているし、テレビドラマのワンシーンを見ているかのような感じはする。もし、自分自身を騙すぐらいの演技だとしたら恐ろしいな。

 う、うーん。こういう時、キコユがいてくれたら心の声を聞いて、本音を教えてもらえばいいのだけど。

 まあ、全て憶測なのでこればっかりは当人しかわからない。心は誰にも見えないのだから。


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[気になる点] 熱を遮断する盾なのに直火は熱いのか……
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