フィッシング
ヒュールミがナイフで枝を削り、釣り竿もどきが出来上がったので釣り糸を括りつけている。
何の躊躇いもなく青いそめに釣り針を刺しているな。やはり、この世界の女性は逞しい。
リールが欲しいところだがない物はどうしようもない。砂浜には木製の波止場があったので、端まで移動して釣り糸を垂らしている。
こうやって海を眺めながらのんびりするのも悪くない。ちなみに俺も釣りに参加をしている。ペットボトルに釣り糸を巻き付けて〈念動力〉で操っている。正直、竿代わりのペットボトルは必要ないのだが雰囲気の問題だ。
商品として売っている物なら全て操れるので、こうやって釣りを楽しめるのはありがたい。
「ハッコンもやれるなら、釣り勝負でもしようぜ」
「うん、いいね! ハッコンと一緒に遊べるの嬉しいな」
「いらっしゃいませ」
俺も異存はないよ。自動販売機として仲間と一緒に釣りができる日が来るとは思いもしなかった。だけど、勝負事となるなら容赦はしないからね。
「普通にやっても面白くねえから、そうだな……一番大きな魚を釣ったやつは負けた奴に何でも一つ命令できるってどうだ」
「いいよー、負けないし」
「いらっしゃいませ」
面白いじゃないか。俺が勝ったら何させようかなー、楽しみにしておこう。
時間はヘブイが迎えに来るまでとした。こっちに向かう前にハンター協会に行って、職員に言伝を頼んでおいたので会長との話が終わったら来る筈だ。
「じゃあ、釣り勝負開始!」
ラッミスの試合開始の号令と共に勝負が開始した。
昔は面倒だと思っていた父親との釣りだったが、最終的には結構ハマったんだよな。あのボーっと何も考えずに釣りをしている感覚が好きだったような気がする。
だから、バス釣りといったスポーツフィッシングには全く興味がなかった。釣った魚は自分で食べるというのが常識だと父親に叩き込まれていたから。
「おおっ、引いてるぜ」
昔を懐かしんでいる間にヒュールミの竿に当たりがあったようだ。
釣り竿がかなりしなっているので大物なのは間違いない。
「ぬおおおっ、せいやああっ!」
裂ぱくの気合と共に竿を振り上げると、海面から元気よく魚が一匹飛び出してきた。
秋刀魚に見えるが背びれが異様に大きい。あと体が長過ぎる。通常の秋刀魚二匹分ぐらいの長さがある。
「よっしゃあ、シワミが釣れたぜ! それもかなりの大物だな」
ヒュールミが無邪気に喜ぶ姿って結構貴重だよな、録画しておこう。
「ぬぬぬぬ、うちも負けへんからね!」
「か と う」
気合を入れなおしているラッミスに負けないように俺も勢いよく発音する。
レディーファーストは大切だよね。一番手はヒュールミに譲ろう。だが、次は俺――
「きたああああっ!」
今度はラッミスの竿が尋常じゃないレベルで曲がっている。あれは折れる寸前じゃないか。
「ラッミス、竿じゃなくて釣り糸を掴め! 折れるぞ!」
「あっ、うん!」
釣り糸を直接掴んでいるが強化された手袋を装着しているので、糸で手が切れることもないようだ。
どんな魚であろうとラッミスと力比べをして勝てる訳もなく、見事な一本釣りで波止場に打ち揚げられた巨大……魚? いや、これは人魚なのか?
全体的なフォルムはマグロなのだが口がサメのように大きく裂けている。まあ、それだけなら異世界の魚なのだろうと納得できたのだが、腕が生えているのだ二本。
人の腕と似ているが指の間には水かきがある。その腕で波止場の上を這いずり海へ戻ろうとしているが、リアクションに困るな。
「これは……魚腕魔じゃねえか。逃がすなよ、ラッミス。身がかなりうめえらしいぞ!」
「捕獲ぅぅ!」
あ、やっぱり魔物なんだ。ぎょわんまって響きがいいな。
紐で腕を背びれ側に縛られている。この魚型の魔物の捕縛方法ってそうなんだ……。
改めてここが異世界なのだなと達観していると、俺の釣り糸にも動きがあった。
これは凄い引きだぞ、たぶん。糸を括りつけたペットボトルがミシミシ軋んでいる。〈念動力〉で糸を手繰り寄せようとするのだが微動だにしないな。
根がかりかこれは……海底を釣り上げたみたいだ。うーん、これ以上引っ張ると糸が切れそうだ。でも、万が一の確率で巨大魚過ぎて引っ張れないのかもしれない。
全力で引っ張ってみるか。切れたらその時はその時だ。
俺が悪戦苦闘していると、魚腕魔を見事に縛り上げたラッミスが近づいてきた。
「もしかして、魚がかかったの?」
「いらっしゃいませ」
海底かもしれないけど、見栄を張って魚ということにしておこう。
「手伝う?」
「お ね が い」
「まっかせてー」
ラッミスが手伝ってくれるなら、本当の意味で百人力だ。糸が耐えられるなら、海底すら釣り上げられそうだ。
俺の前に進み出たラッミスが糸を掴み「とおおおう!」気合一閃、一気に引っ張り上げる。水面が一気に膨らみ、そこから水しぶきを上げて飛び出してきたのは茶色い物体だった。
これは巨大な二枚貝か?
膝を曲げれば人が中に入り込めそうな大きさの貝のように見える。金属の様な光沢をしているが金属製の殻を持つ生物がいても不思議ではない世界だからな。
「でっけえ貝だな。こんな形状の魔物は覚えがねえから、突然変異の貝かね」
「美味しいのかな?」
「どうだろうな。俺も興味あるから焼いてみるか」
各自一匹釣ったことで満足したらしく、戦利品を焼いてみることになった。ちなみに勝負は俺のが魚じゃないから判断が難しいということで勝負は持ち越しとなり、また今度、日を改めて勝負らしい。
ラッミスの外交力の高さで近くにいた漁師から薪と鉄の網を借りて来てくれたので、大きめの石を集め簡易コンロを作り上げて火を焚いた。
秋刀魚っぽいのと魚腕魔は枝を刺して、そのまま火炙りだ。巨大な貝は別に石でコンロを作ってその上に置くことにする。
「ハッコン師匠! 探しましたよ、何をしているのですか」
砂浜を駆けてくるのはミシュエルか。その後ろから何人かの女性がそっと後を付けてきているのは、今更触れる必要もないな。
「いらっしゃいませ」
「おおー、見事な魚と……貝ですかこれ?」
ミシュエルも見たことなかったか。有名なビーナス誕生の絵で乗っていた貝も大きかったが、これはそれを上回る。上から見れば完全な円で二枚貝だとは思うが……まあ、焼き上がった時の中身を楽しみにしておこう。
商品の醤油を用意して、貝が開いたら中に醤油をぶっかけて完成だ。
「ミシュエルも食ってけ食ってけ」
「うんうん、この大きさだと食べきれないからね」
「では、遠慮なく。シュイさんがいたら一人で食べきりそうですよね」
確かにこの貝も魚腕魔もあっという間に平らげそうだ。
「呼んだっすか!」
「うわっ、びっくりした」
ミシュエルに気を取られている間に近寄ったようで、炙られる魚のすぐ側にシュイがいた。その目は脂がしたたり落ちる魚を凝視している。
「そんないじましい目で見てはいけませんよ」
あ、ヘブイも来ていたのか。全員が集まったのなら、このまま海鮮バーベキュー開始だな。
じゃあ、野菜も出すか。バーベキューといえば玉ねぎは必須だろう。栄養のバランスは大切だからね。
「それは貝ですか……おや?」
「めっちゃ大きいっすね……あれっ?」
俺が釣り上げた貝を見つめヘブイとシュイが首を傾げている。
二人はこの貝を見たことあるのか。近寄ると周りを歩きながらじっと見つめて視線を一切逸らさない。
「シュイ、これってあれじゃないでしょうか」
「ヘブイもそう思ったっすか。やっぱ、そうっすよね」
ぶつぶつと小声で言葉を交わしている二人を訝し気に見ながら、ヒュールミが貝の乗っかっているコンロの薪に着火した。
「あっ、ヒュールミ、炙るのちょっと待って欲しいっす!」
慌てて止めているが、既に火を付けた後だ。
意味がわからないヒュールミの眉根が寄っている。シュイが自分で火を消せばいいのにと思っていると、貝が大きく揺れた。
「これは危険ですね」
ヘブイがモーニングスターを取り出すと貝の側面に叩きつけて、コンロの上から吹き飛ばし砂浜に落とした。
あの反応からして魔物なのかこの貝は。それにしてはシュイもヘブイも構えを取っていない。
「どういうことだ、ヘブイ」
「失礼しました。その貝っぽいのに見覚えがありまして。実は――」
ヘブイが説明をしようとしていたのだが、その言葉は途切れた。目の前で二枚貝がゆっくりと開いたからだ。
「熱い……です……」
中から現れたのは前髪で目が隠れている、新緑を彷彿とさせる髪色の女性だった。




