戦力の補充
「残る階層は犬岩山階層と永遠の階層の二つとなりましたが、ここで戦力の強化を図るべきではないでしょうか」
会長室でキコユの置手紙を読んだ後、ヘブイが唐突にそんなことを口にした。
言いたいことはわかる。キコユたちが抜けた穴が大き過ぎるので、その為に人員の補充をしようというのは至極当然の意見だ。
最下層の永遠の階層は未だに攻略中で階層主を倒せないでいる。
その一つ上の階層である犬岩山階層は、十年近く攻略が進まなかった難所らしい。
「ふむ、そうだな。だが、割ける人員にも限度がある」
現在の固定メンバーは、俺とラッミスのコンビ。サポート役としてヒュールミ。弟子のミシュエル。元愚者の奇行団からヘブイとシュイとなっている。
他には流動的に熊会長や老夫婦や園長先生、それにカリオスとゴルスの門番コンビが手を貸してくれるぐらいか。
あとは大食い団の面々もいるのだが、下層になると彼らの実力では頼りないらしく、偵察任務なら大丈夫だが戦力となると微妙だと当人たちが言っていた。
闇の会長や始まりの会長も戦力としては申し分ないのだが、人の上に立つ役職なので引っ張り回すわけにはいかない。
日頃は固定メンバーで進んで、いざという時に力を貸してもらうというのがベストなのだが。
「灼熱の砂階層の人たちはどうっすか?」
「現在、所属ハンターたちの身元調査中でな。おまけに、最有力候補だった滾る爆炎団があんなことになってしまったので、人材が不足気味らしい」
階層の異変が解決したとはいえ、いつもと変わらない日常に戻っただけ。魔物は現れるので必要最低限の人員は確保しておくべきだよな。
「そこで、愚者の奇行団の一人を勧誘に行こうと考えています」
そういや前に話していた残りの二人か。かなりの曲者らしいが。
「正気っすか!」
上半身を大袈裟に仰け反らせて驚いているシュイがいる。曲者揃いの愚者の奇行団に所属していた彼女が、思わず拒否反応を示すレベルなのか。
期待よりも不安が大きいのですが。
「実力は確かですからね。それにこのメンバーで必要とされる能力がありますから。性格は兎も角」
「あー、実力はあるっすよね、実力は。中身はあれっすけど」
知っている二人が内面を一切褒めないというのは恐怖でしかない。
「その団員さんの居場所はわかっているのかな?」
「わかっている訳ではないのですが、今までの階層にはいませんでしたので」
時折姿を眩ませていたヘブイは靴の情報を集めていただけではなく、団員の行方も調べていたのか。
「となると、永遠の階層か犬岩山階層にいるってことっすか」
「彼女はダンジョンから出ることはないでしょうからね。あちらはもう居ないかもしれませんが」
「あー、ダンジョンから出ることはないっすね」
残りの団員は女性なのか。何か理由があってダンジョンから出ていないのであれば、残りの階層のどちらかにいると考えるのが妥当だよな。
「ってことは、まずは犬岩山階層に行って調べるべきか。そっちの方が転送陣も繋ぎやすいぜ」
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
次は犬岩山階層へ旅立つのか。こんな状況だけど、どんな場所なのか楽しみだ。団員については不安でしかないけど。
二日後、ヒュールミの調整が終わり転送陣により、俺たちは犬岩山階層へと飛んだ。
メンバーは俺、ラッミス、ヒュールミ、ヘブイ、シュイ、ミシュエルとなっている。キコユたちがいないのが寂しいが、これでも戦力としては相当なものだと思う。
「犬岩山階層ってのはその名の通り、巨大な犬の形をした岩があるところでな、小さい島が幾つか点在している水の階層だ」
転送陣の置かれた部屋でヒュールミの説明を聞いていたのだが、水がメインの階層なのか。これは予想外だったな。
「外で待ち伏せしている気配はありませんが、お気を付けて」
ミシュエルの忠告に頷いたラッミスが扉を開け放つと、目も眩むような光が注ぎ込んできた。
光に目が慣れると、そこには丸太を組み合わせた家が建ち並んでいた。小さな家の屋根は藁や乾燥させた植物の葉を使っているようだ。
破損している家が見渡せる範囲にはない。既に壊滅しているというオチじゃなくてよかったよ。
陽射しの強さは灼熱の砂階層程ではないが、清流の湖階層よりかは強い。
足下は粒子の細かい砂が敷き詰められている。水辺が近いので俺が初めに目覚めた湖畔に似ているが水平線が見えるぞ。
集落を木の杭で囲っているようだが、水辺には杭が無いので他の集落に無い解放感がある。
海外のリゾート地でありそうな海辺を彷彿とさせる。バカンスで来るなら最高の階層かもしれない。
「この階層はのんびり釣りするのが最高っす」
「団長が釣り好きでしたからね。ただ、魔物が時折ですが海から現れるのが難点でした」
流石、異世界だ。人が餌になるのか。って、今聞き逃しそうになったが、海と口にしていた。ここは湖じゃなくて海なのか……ダンジョンの中なのにというツッコミは今更だな。
正直、このままバカンス気分を味わいたいところだが、目的があるので遊んでいる場合じゃない。
「んじゃ、とっととハンター協会に行くぜ」
もはや定番となった、階層移動してからの会長への挨拶。
この階層の会長はどういった人なのだろうか。
「お、おい、あんたら。転送陣から来たのか?」
俺たちが呑気に会話していると、先端が三又の槍を手にして袖のない革鎧を着た中年男性が駆け寄ってきた。
「うん、清流の湖階層から来ました」
「おー、そうか! 会長に伝えてくるから、少し待っていてくれ!」
俺たちを手で制すと背を向けて全力で走り去っていく。どうやら向かう手間が省かれたようだ。
ヤシの木の様な植物の木陰に陣取り、兵士が戻ってくるのを俺たちは待つことにした。ラッミスが地面に降ろしてくれたので全員に冷たい飲み物を配っておく。
まったりしていると、遠巻きにこっちを見ている住民らしき人と目が合った。
若い男性が三人に女性が二人か。男性は無地の襟付きのシャツを着ているが胸元は開いている。下は短パンか。
女性は袖のないシャツと同じく短パン。足元は足首を革紐で固定している通気性の良さそうな靴だ。
「あれでは足が蒸れることはなさそうです……」
「はぁー、変わんないっすね」
残念そうにぼやくヘブイを一瞥して、シュイがため息を吐いている。
住民たちは物怖じしているのではなく、物珍しさに見物しているように思える。数ヶ月、他の階層から人が来ていなければ当然の反応か。
そんな感想を抱きながら相手と同じように観察していると、若者たちが歩み寄ってきた。
「あんたら、別の階層から来たのか?」
「うん、そうだよ」
おずおずと話しかけてきた相手に、ラッミスが警戒心を吹き飛ばす笑顔で応えた。
その対応に若者たちも気が緩んだようで、力が抜けたのが見て取れる。
「やっと、転送陣がまともに動いたのか。魚介類以外の物がようやく食えるぜ」
「飢えることはなかったけど、魔物と魚ばっかじゃ飽きるよな」
海辺だけあって魚介類が豊富なのか。海の幸かー、網焼きしたところに醤油垂らしたら旨いだろうな。
醤油を商品として置こうかな。醤油専門の自動販売機は存在していて、もちろん購入済みだ。もろみも売っていたが並べるのは醤油だけでいいか。
「ここは魔物被害出てないの?」
「んー、そういや魔物が頻繁に襲ってきたけど、転送陣がおかしくなる少し前に来ていた、凄腕のハンターの人たちが暫く滞在してくれてな。その間に態勢を整えて、今じゃ無理なく討伐できているぜ」
その話を聞いて仲間たちの表情が一変した。誰もがその人物に思い当たる節があったからだ。
「えっと、そのハンターたちって、もしかして……愚者の奇行団じゃなかったすか?」
「そうそう、良く知っているな。あの有名な愚者の奇行団の四人組だったぜ」
来ていたのかこの階層に。
彼らの目的は考えるまでもなく、俺たちと同じだろう。数か月前に先に来ていたということは、既にもう一人の団員と合流している可能性が高いか。
諦めるのはまだ早いが過剰な期待はしないでおこう。
「やばいっす……でも、大丈夫かもしれないっす」
「先に接触されてしまいましたか。問題は彼女が誘惑されているか否かですね。団長たちだけなら説得は不可能だと思うのですが」
ケリオイル団長たちの誘いに乗っていなければいいけど……まずは、情報収集だ。向こうからやってくるのは、さっきいた兵士のようだから会長とご対面となるのか。
この階層のハンター協会会長はどんなキャラだろうか。今までの会長たちを思い返すと……期待半分、不安半分だ。