ライバル再び
灼熱の砂階層での騒動も一件落着となり、またも砂漠を横断することになったのだが、帰り道は行きと比べて快適な行程だった。
キコユが大人となり冷気を自在に操れるようになったので、照りつける極悪な陽射しも全く苦にならず、全員が暑さにやられることなく集落へと辿り着いた。
そして、灼熱の会長に報告をすると暑苦しい笑みと対応で称賛された。直ぐにでも清流の湖階層に戻るつもりだったのだが、集落の人々に引き留められて数日だけ残ることとなり、今に至る。
「熊会長には連絡してくれるって言ってたよ」
「じゃあ、急いで帰る必要もねえか」
俺の傍で冷たい炭酸飲料を口にしている幼馴染コンビのラッミスとヒュールミの会話に耳を傾けている。
熊会長も何かと気に掛けていたから、今回の一件の報告を耳にしたら安堵してくれるだろう。
灼熱の砂階層は今日も馬鹿げた暑さらしいが、これでも俺たちが異変を解決した後はかなり過ごしやすい気候になっているそうだ。以前と比べてだが。
今日からアイスの販売を本格的に始めたのだが、予想通り飛ぶように売れている。真夏の暑さだとアイスよりもかき氷の方が売れるという話を聞いたことがあるが、ひとまずはアイスで様子を見ることにした。
それに、かき氷よりもアイスの方が種類豊富なので、人の好みを調べるのに丁度いい。暫くアイスの販売を続けさせてもらうことにする。
魔物を倒して稼ぐ方がポイントを集めるには効率的なのだが、こうやってお客の喜ぶ顔を見ながら商売する方が好きなので……というより自動販売機としてあるべき姿はこっちだ。
最近、自動販売機らしからぬ活躍をしているような気がするが、きっと気のせいじゃない。
「やっぱり、アイスって美味しいっすね」
今日は三回目の購入になるけど、お腹大丈夫かいシュイ。
「ぽ ん ぽ ん い」
「た く ね い」
「全種類を制覇するまで快進撃は終わらないっすよ」
このアイスの自動販売機は十七種類のアイスがあるので、この調子なら二日で全種類クリアーされそうだ。
だが、アイスの自動販売機はこれだけじゃない。アイスクリームを販売している自動販売機は種類が幾つかあり、俺が実際に利用した機種だけでも四種類ある。
制覇した際にはこちらもよろしくお願いします。
「暑い日にはやっぱりアイスっすねぇ。でも、あの凍った果実も美味しかったっす」
アイスを頬張りながら口にした言葉を聞き逃すことはなかった。
今、何て言った。凍った果実だと……その瞬間、俺の脳天に電気が走った。まあ、自動販売機なので当たり前なのだが。
凍った果実を売る店舗なんて情報は今まで聞いたこともなかったが、果実と凍らせるというキーワードに思い当たる節がある。
「こ お ら せ た」
「そうっすよ、ハッコン。ほら、あそこでキコユが」
俺の視界の隅に人だかりができているのは知っていた。あそこはキコユが新鮮な野菜を売っているのは定番の光景だ。
灼熱の砂階層は自給自足で賄えているとはいえ、新鮮で旨味の凝縮されている野菜は大人気だった。こちらが飲み物限定で売っている間は気にもしていなかったのだが。
流石、商売上の我がライバルといったところか。ここでも俺の前に立ち塞がってくることになろうとは。
「あー、キコユちゃん……じゃない、キコユは大きくなってから凍らせるのが得意になったもんね」
ラッミスは思わずキコユを「ちゃん」付けで呼んだのだが、あわてて訂正している。
前までの癖でキコユに対してみんなが「ちゃん」を付けてしまうのだが、大人の姿になった彼女に対してだと違和感しかないので、全員が何とか堪えているのだが一部を除き上手くいってない。
「あー、あの新鮮な果実を凍らせて売るのか。上手い商売じゃねえか」
「ベダエを凍らせたのめっちゃ美味しかったすよ!」
ベダエって葡萄みたいなあれか。葡萄を凍らせるのは俺も良くやっていた。冷凍庫で凍らせるとシャーベットのようで好きだったな。
「うちも食べてみようかな」
くっ、相方まで誘惑しようというのかっ!
敵を知る為にはまずは情報収集だ。あの群がっているお客たちの外見から客層を理解することころから始めよう。
男女比率は男性の方が多い。年齢は十代後半から三十代がメインだな。職業は鎧を着込んだハンターもいれば、一般市民の格好をした人もいる。特定の職業に受けているという感じでもない。
ただ、気になる点が一つある。お客の男性の顔が全員緩みきっている。
涼やかな美人へと急成長したキコユの魅力に負けて虜になっている顔だ、あれは。
実際、彼女は見事なまでの美女へと変貌している。あの姿でミスダンジョンコンテストに参加していたら、結果は変わっていた可能性が高い。
やばいな。味もそうだが集客力の差が出てしまっている。美女に加えて黒八咫とボタンのマスコットキャラ。子供は動物が好きだと相場が決まっているので、子供たちまでも奪われてしまいそうだ。
このまま、一方的にやられるわけにはいかない。
俺は意思のある魔道具としての物珍しさで当初は人も集まっていたが、今は存在を認知されて普通に対応されつつある。つまり、慣れられてしまった。
対して、キコユの場合は少し前までは可愛らしい少女、今は冷気を纏わせた美女。そのギャップと単純に見た目の美しさで男たちの心を鷲掴みにしている。
そうなると、俺もビジュアル面の強化をするべきなのか。久しぶりに〈電光掲示板〉を取りつけて、最近覚えたての現地語で「いらっしゃいませ」の文字を流す。
「あっ、ハッコンってこんなこともできたの!」
「おおっ、この文字は覚えたんだな」
ラッミスとヒュールミの反応は良好なのだが、通りすがりの人々の反応は薄い。
ちらっとこっちに視線を向けているが、それだけだ。もしや、話す魔道具の箱というインパクトが強すぎて、文字を表示したところで印象が薄いのか。
一度戦略を練り直した方がいいかもしれない。
空から光が失われ夜が訪れる頃にはキコユたちも宿屋へと戻り、俺の独壇場となっている。
ここから一気に気温が下がるので、冷たい物の売れ行きは落ちる一方。半分ぐらいの商品を冷たいから温かいに変更しておこう。
夕方から早朝にかけては相変わらず売れ行きは順調なのだが、問題は暑い時間帯だ。
客を呼び込むには、こちらも売り子を手配してみるのはどうだろうか。ラッミスとヒュールミとシュイならビジュアル面でも張り合える。
いや、まて……いっそのこと、男性客は切り捨てて女性客にターゲットを絞るのもありかもしれないぞ。ミシュエルとヘブイに頼んで客寄せをしてもらうというのはどうだ。
ミシュエルの観た目と知名度は有名芸能人並だ。その中性的な顔立ちは一部の男性にも人気があるらしいが、これは当人には黙っておこう。
ヘブイは黙っていたら優し気な聖職者で通る。顔の造りも悪くないので、一見、穏やかで人当たりの良さそうな感じが女性の心を掴むことだろう。
ただし、両者とも問題を抱えている。一人はコミュ障、もう一人は靴フェチ。
ミシュエルに何時間も接客をさせるとストレスで胃に穴が開く恐れがある。
ヘブイに関しては相手の足元をじろじろと観察して、女性客を警戒させるオチが既に見えている。
うん、この案は廃案としよう。俺の切れる手札はもうないのか……このまま、キコユ相手に負けを認めなければならないというのかっ。
その後も朝まで試行錯誤を繰り返し、朝日が昇る頃にようやく代案がまとまった。
早朝に元気よく現れたラッミスに頼み込むと快く引き受けてくれた。それから、準備を整えて決戦の時を迎える。
大人になったキコユがボタンの引く荷台ごと颯爽と現れると、俺の定位置から右斜め前方に陣取る。
こちらを一瞥して、冷笑を浮かべたのを見逃さなかったぞ。ほう、勝ち誇った笑みを浮かべているな。昨日は若干そちらが有利だったので手ごたえを感じているのか。
ふっ、笑っていられるのも今の内だ。その笑みを凍らせてやる。
敵陣には客が並び始めている。今日の向こうの武器は……桃かっ!
それも予め切り分けられている桃を凍らせているだとっ!
昨日の内に準備していたというのかっ!
向こうも考えてきたな。ただ凍らせるだけではなく、お客のニーズに応える加工をしてくるとは。余裕の笑みを浮かべたのも納得がいった。
俺が認めたライバルなだけはある。停滞せずに日々進歩しているというのか。
だが、俺の快進撃はここからだ!
「いらっしゃいませー、昨日とは違う美味しくて濃厚なアイス販売中ですよー」
「今日は特別に高級アイスを低価格で販売しています!」
売り子二人がやってきてくれた。
客をどちらかに絞るのではなく贅沢に男女両方をいただく作戦に変更をしたのだ。
ミシュエルは何時もの黒の鎧姿ではなくタキシードを着ているのだが、一目見た女性が思わずため息を吐くぐらい様になっている。
ちなみにその服装は転送陣で清流の階層に戻って、スオリから借りてきてもらった。ミシュエルが小刻みに震えているのが気になるが少しだけ我慢してもらおう。
その隣で大声を張り上げているのは制服姿のラッミスだ。ミスダンジョンコンテストで好評だった制服姿で呼び込みをしてもらっているが、男性たちは短めのスカートから伸びる健康的な美脚と、見たこともない服装に引きつけられているな。
そして、更にアイスクリーム自動販売機の中でも最も商品が高額な、とあるメーカーの物にフォルムチェンジしている。
カップは小さいのに子供が手を出すには躊躇う値段のコンビニで良く見かける、あの海外メーカーのアイスだ。
それを昨日のアイスと変わらない値段で提供する。この三段構えのラッシュの前にはキコユたちも敵わなかったようで、今日の売り上げは俺の圧勝となった。
健闘したのじゃないかな、キコユ。うん、良くやったよ。だけど、これが自動販売機の実力というものだよ。悪いがここでの売り上げでは一歩も二歩もリードさせてもらうから。
と余裕ぶっこいていた翌日、キコユの荷台が見えなくなる程の人だかりが、そこにはあった。
そう……キコユは清流の湖階層から援軍を呼んだのだ。大食い団四名が傘下に入り呼び込みをしている。
くっ、食べ物で釣られたな大食い団! ならば、こちらも本気を出そう。今日はヒュールミとシュイ、それにヘブイにも手伝ってもらって勝利をもぎ取る!
こうして四日間、お互いの持ち得る全ての手札を出しきった結果、売り上げはどうなったかというと……俺もキコユも赤字だった。
俺も向こうも値段をギリギリまで下げて、手伝ってくれた人たちへの報酬を物品としたのだ。お礼に商品を好きなだけ食べていいと。
その結果、高い商品ばかりをここぞとばかりに食べるシュイに、薄利多売でやりくりしていた売り上げの大半を持って行かれた。
向こうは大食い団の四人相手に自分のところで栽培した野菜や果物を与えては売る物がなくなってしまう為、わざわざ他の店で購入した食べ物を渡していたので、出費が収入を上回ったらしい。
つまり、このオチは両者痛み分けとなった。