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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
七章

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雪精人

「魔王軍の将軍なのですか」


「ええ。人間に捕まり殺される直前のところで、左腕将軍に助けていただいてから、ずっとお傍にいるわ」


 危機に陥った際にタイミングよく助けられたのか。命の恩人となれば相手に従うのも理解はできる。

 ただ、穿ったものの見かたをすると、雪精人の力を得る為にタイミングを見計らって救い出した……ということも考えられる。冥府の王は謀略を張り巡らすのが好きなタイプだからな、考え過ぎぐらいがちょうどいい。

 まあ、それも偶然だったのか必然だったのか、冥府の王に直接問いたださなければわからないのだが。

 そしてそれが謀略であれ偶然であれ、彼女は冥府の王に助けられて、人間に追われていたという事実は覆らない。

 そんな彼女を今日会ったばかりの俺たちの言葉で説得することは不可能だろう。


「あの御方の言葉は私の全て。貴女たちは邪魔」


「やめてください!」


 キコユの悲痛な叫びも相手の耳には届かなかったようで、スルリィムが手を突き出すとそこから大粒の雪と共に強風が吹き荒れた。

 黒八咫がキコユの肩を掴み、ボタンと共に俺の〈結界〉へと跳び込んでくる。

 外は再び白銀の世界となった。


《ポイントが10減少 ポイントが10減少 ポイントが10減少……》


 今度は吹雪だけではなく、さっきから〈結界〉に大粒の氷が何発も撃ち込まれている。氷の砕ける音が耳障りだが、ポイントが潤沢な今ならこのまま耐えられる。


「やべえなこれ。この吹雪だと外に出た瞬間に、カッチカチになるぞ」


 ヒュールミの言葉が本当かどうか実験してみるか。取り出し口に、ペットボトルのお茶を落として〈念動力〉で操り半分だけ外に出してみた。

 そして直ぐに引き戻したのだが……たった数秒なのに完全に凍っている。〈結界〉を消したら全員が凍死するのは間違いない。


「キコユ、雪精人ってのは誰もがこんなにも強烈な吹雪を発生させられるのか」


「個人差はありますが、誕生日を迎え成人になると魔力量が跳ね上がります。ここまでの威力は中々お目に掛かれませんので、かなり実力のある方だと思われます」


「どれぐらい維持できる。このまま永遠に吹雪を発生し続けられる訳じゃねえだろ?」


 ヒュールミの問いに対して、キコユは眉根を寄せて「うーん」と唸っている。嫌な予感しかしない。


「これが屋外であれば持続は難しいと思うのですが、屋内で既に冷え切っていますからね。寒い場所だと雪精人は力を増しますので……このまま、二、三日ぐらいならこの状態を維持できるかもしれません」


 ポイントがあるとはいえ数日〈結界〉をこのまま張り続けられるか、ざっと計算してみると……あ、うん、無理じゃないかこれ。


「ハッコン、どれぐらい耐えられそう?」


 ラッミスが心配そうにこっちを見ている。不安が表に出ていたようだ、無意識の内に照明が点滅していた。

 ちょっと真面目に計算してみるか。

 耐えられる時間かポイントが100万を越えているけど、この減少速度から考えて……普通でも毎秒1ポイント消費するのに、今はダメージの関係で消費ポイントが増えている。

 毎秒10ポイントは減っているので一時間で36000ポイント、24時間で86万4千ポイント。一日は耐えられることになるのか。


「い ち に ち」

「だ っ た ら」


「一日耐えられるなら余裕だね!」


 だといいけど、今のところ吹雪が止む気配はない。


「流石に丸一日もやらねえとは思うが」


「でも、しないという保証もありませんよね。ハッコン師匠にだけ負担を掛ける訳には」


 そんな心配しなくていいんだよ、ミシュエル。みんなを守るのは俺の担当だから。


「しかし、この状況で外に出ると一瞬にして凍り付きますね」


「ヘブイが試しに出てみるといいっす」


「お断りします」


 ヘブイとシュイはこんな状況だというのにじゃれあっている。以前と同じとまではいかないが、関係は修復されつつあるようで一安心だな。


「もう一度、私が説得してみます」


「い か ん」


 キコユが〈結界〉の外に出ようとしたので即座に止めた。

 ボタンと黒八咫も俺と同じ意見なのか、キコユを押し留めてくれている。


「どうしてですか。私なら外に出ても大丈夫です」


 あの寒さでも雪精人なら平気なのかもしれないが氷の礫は別だろう。

 それに敵の幹部であるスルリィムが説得に応じるとは思えない。

 いうことを聞かせたいなら力でねじ伏せるしかないだろう。非暴力で世の中が上手く運ぶなんて安易な考えに走るのは死にたがりと同等だ。

 同種族として争わずに話し合いで解決したいという気持ちはわからなくもないが、みすみす死なせるわけにはいかない。

 相手の境遇には同情する余地はある。だからといって死んでやる気も義理もない。


「こ っ ち」


 そう言うとキコユが体に手を当てた。


『同じ雪精人である私なら、吹雪でも問題ありません』


 でも、キコユはまだ大人じゃない。大人の雪精人と張り合える実力はないよね。


『そうですが、それも問題ありません』


 何で自信満々に返せるんだ。強がっている……という感じでもない。本当に何とかなると信じているのか。この状況で、その根拠は?


『心配してくれてありがとうございます。でも、私は彼女を止めたいのです。あの人は畑さんに会わなかった私です。私は畑さんに会えたから、こうしていられます。もし、冥府の王と先に出会っていたらきっと同じように……』


 キコユもその体を狙われ追われていたところで、畑に転生した人と出会ったのだったな。

 そして、身体も心も救われて、こうしてここにいる。自分の境遇と照らし合わせて、スルリィムに同情しているのか。


『同情していないと言えば嘘になりますが、それだけではありません。信じてください』


 真剣な眼差しは自暴自棄になった者の目ではない。その瞳には強い意志が宿っていた。

 何か策があるのか。だとしても、行かせていいのか?


『ハッコンさん、今、何時ですか?』


 唐突にそんなことを言われ、体内時計に目を向けた。

 ええと、時間は……あと一分も待たずに0時になるのか。夜中だとは自覚していたが日を跨ぐ時間帯になるまで戦っていたのか。

 そう心の声で伝えて、キコユに意識を戻すと〈結界〉から飛び出していくキコユの背が見えた。


「行ってきます!」


 相手を捕まえる為の腕がない俺は、白の世界へ跳び込んでいく彼女を止める術がなかった。

 やられた! 意識を逸らしてその隙に……くそっ、解除するわけにはいかないし、足もない俺は追いかけることすらできない。

 ただ、キコユが殺されるのを黙って待つしかないというのか。


「クワッ、クワクワ」


「ブフゥゥゥゥ」


 あれ、黒八咫とボタンがどっしりと構えて、焦りが微塵もないように見える。さっきは俺と一緒に止めていたというのに、何か考えがあるのだろうか。

 キコユの消えて行った方を黙って見つめる後ろ姿が落ち着き払っている。

 どういうことだ。この短時間で心変わりするようなことがあったとでもいうのだろうか。

 一番付き合いの長い二匹が信じているのであれば、俺がとやかく言うべきではないのだろう。でも、それでも……やはり、心配なのは心配だ。

 他の仲間はキコユが飛び出したことに気づいていないようだ。ただ、黙って吹雪を見つめている。

 ああ、もどかしい! キコユのことを仲間に伝えても事態は好転しないだろうし、心配させることになるだけだ。


「あれっ、吹雪が妙な感じになってねえか」


 ぼそっと呟くヒュールミの言葉に反応して目の前の吹雪を注意深く観察してみた。

 風の向きが変わった?

 さっきまで〈結界〉にぶつかっていた氷の礫も消えている。今も吹雪いてはいるのだが、俺たちに向けられてはいない。ということは、キコユに狙いを変更したということか。


「んー、何か勢い弱まったね」


 〈結界〉に貼り付いていた雪を弾き飛ばすと、外の光景が見えるぐらいには視界が確保されている。

 少し離れた場所であらぬ方向を睨み手から吹雪を発生させているスルリィム。そして、少し離れた場所で同様に手を突き出して、同威力の吹雪で対抗している――誰?

 白く伸びた髪にすらっと伸びた手足が白のコートから伸びている。着込んでいる白のコートはキコユと着ていたコートと同じデザインのようだが、その女性の体には少し窮屈そうに見える。

 その女性は思わず声が漏れる程に美しい。細くなだらかな曲線を描いた眉。その下には黒い水晶を埋め込んだかのような輝きを放つ瞳。歳は二十歳前ぐらいだろうか。

 初めて見る女性だというのに何処か懐かしいような、前から知っているかのような親しみが感じられる。


「あの人誰なんだろう? ええと、キコユちゃんたちと同じ種族の人だよね」


「たぶんそうだが、何で争ってんだ」


「助けに来てくれたっすかね」


「それは都合が良すぎる解釈では。それにあの女性の履いている靴……キコユさんと全く同じ靴ですよ」


 ヘブイがそう断言するということは、見間違いということはないだろう。

 となると、考えられることは……。


「ハッコン師匠。以前とは比べ物にならないぐらい気が膨れ上がっていますが、キコユさんと同質の気を感じます。どういうことでしょうか」


 ということはつまり、あの女性は――キコユってことになるよな。

 そうか、大きくなったね短時間で……えええええええええええええええええっ!?


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