復興作業
どうも、自動販売機です。住処が宿屋前からハンター協会前に変わりました。
ムナミと女将さんは早朝から元気に飛び出していきました。そうそう、瓦礫となった宿屋は一度完全に取り壊してから、建て直すみたいです。
宿屋は集落には必須らしいのでハンター協会から費用が出るらしく、今度はもっと豪華な宿屋建てようかと、二人で笑いあっていたのが若干恐ろしかったです。
って、この口調疲れるな、やめよう。
心機一転、俺も気持ちを引き締めていこうかと思ったのだが、慣れないことはするもんじゃない。
昨日は散財する羽目になったが今日からはばっちり儲けさせてもらう。もう既に大量に商品が捌けていっているからな。
朝っぱらから元酔っ払い共が亡者の様にふらふらと俺の前に現れて、次々と商品が売れていく。昨日、無料だからと初めて商品を買ってくれた大半が、リピーターになってくれたようで笑いが止まらない状態だ……計画通りっ!
ラッミスは起きてからすぐに熊会長に呼ばれて、協会の中に入っていった。今回の遠征で周囲の見る目が変わったのなら嬉しいところだ。
今朝からカップ麺がやたらと売れるのは、調理道具も失ってしまった人たちが購入しているのと、昨日はしゃぎすぎて料理する気も起らない人が殆どっぽい。
正直な話をすると、皆が金銭的に困っているなら、カップ麺は赤字覚悟の値段設定でいくつもりだったのだが、誰もが家の倒壊を覚悟済みで住んでいたようで、現金の殆どをハンター協会内の倉庫に預けていたのだ。
商人たちも今日から大工と防衛護衛依頼を狙っているハンターが大量に乗り込んでくることを計算して、大忙しで商売に励んでいる。生命力が溢れているぞ、ここの住民は。
「ハッコン! うちね会長から直に依頼受けたんだ。凄いでしょ!」
「いらっしゃいませ」
えらく出世したな。でも、その依頼内容は予想がつく。
「でね、何と、瓦礫撤去の依頼だよ!」
ですよねー。その怪力を知っていたら誰だって、その依頼を思いつく。
建築機械である重機にも匹敵しそうな力を思う存分発揮できる現場だよな。力が余って壊しても何の問題もないから、器用さが低くても安心だ。
「まずは宿屋があったところを更地にして欲しいんだって。新しい宿屋を速攻で建てたいからって言ってたよ」
大量に人が押し寄せてくるなら、まずは宿だよな。簡易のテントをハンター協会前に大量に設置していたけど、ちゃんとした宿屋でゆったり体を休めたいと誰もが思うだろう。
ってことはつまり、また定位置に戻るのか俺は。
ラッミスに運ばれて元宿屋前に到着すると、女将さんとムナミさんは既に撤去作業を開始していた。二人とも宿屋の制服なのだが、スカートの下には作業ズボンをはいているようだ。だったら、スカート止めたらいいのにと思うが、たぶん彼女たちのポリシーなのだろう。
「ムナミィィ、女将さああああん。手伝いに来たよー」
「ラッミー来てくれたんだ。これで百人力ね。ハッコンも一緒なのね、おはようー」
「いらっしゃいませ」
音声に「おはようございます」と「こんばんは」が切実に欲しい。みんなは慣れているから、普通に挨拶だと受け取ってもらえているけど。
「ええと瓦礫はそこの荷台に載せて、門の先まで持って行けばいいらしいよ。そこで、燃える物と燃えない物に分けてくれる人がいるそうだから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、溜まったら、うちが運ぶよ。ハッコンはここで、みんなに飲み物とか売って上げてね」
「いらっしゃいませ」
いつもの場所に置かれると、何故かほっとしてしまう。
おっ、次々と人がやってきたな。見た感じでは若い人ばかりで、何人かは討伐に同行していた見知った顔だ。ハンターの若手は瓦礫の除去に回っているのか。
「お、ここが現場か。って、意思のある箱もいるじゃねえか。やったぜ、ついてる」
「あっ、本当だ。美味しい物をいつでも補給できるね!」
「復興作業の依頼は報酬が良いからガンガン使えるな」
喜んでいただけてなによりだ。暫くはスポーツドリンクが売れそうだな。目につくように多めに並べておこう。
さて、皆の働きぶりでも眺めておこうかな。
体力勝負のハンターだけあって、助っ人の若者たちも良く働いている。女将さんとムナミも彼らに負けない働きぶりだ。宿屋の仕事は重労働って言っていたのが良くわかる。
だが、そんな彼らとは比べ物にならない活躍をしているのが、ラッミスだ。彼らが三人がかりで持ち上げようとしていた柱を、ひょいっと一人で持ち上げては荷台に載せていく。
大きすぎて運べない瓦礫はその拳と蹴りで手頃の大きさに粉砕している。それを目撃したハンターたちは唖然としているな。無理もない。可愛らしくて小柄な彼女が、尋常ではない怪力を振るうギャップ。驚かない方が、無理があるってものだ。
「いっぱいになったから捨ててくるよー。よいしょっと」
本来は角の生えた猪――ウナススや馬っぽい動物に運ばせる荷台なのだが、彼女の怪力なら何の問題もないので、当たり前のように一人で運んでいく。
徐々に遠ざかる姿をハンターたちはぼーっと眺めている。
「凄いな、あの子。俺たちも負けてられねえぜ」
「あれは加護の力よね。にしても、凄い怪力」
「ここの復興が一段落ついたら、チームに誘いたいところだが、あのような人材なら既に有名なチームに加入しているか」
彼らの話に耳を傾けていたのだが、ラッミスは高評価のようだ。この働きだけを見たら優秀なハンターに見えるよな。わかる、わかるぞ。でも、ハンター仲間はいないという現実。
今のところ集落の住民とは仲がいいようだが、ハンター関連は会長と、あの何とかの団ぐらいとしか、まともな会話をしたことが無いように思える。
以前の彼女は力を持て余して空回りしていたから、組んだ面々に足手まとい扱いされていたらしい。こういった単純な力仕事は彼女の専売特許だ。ハンターの依頼も、こういうのをメインにしていたら評価も変わっていただろうに。
「たっだいまー! さあ、ガンガンやるよー」
遠くから砂埃を巻き上げて近づいてきていたから、そうだろうとは思っていたが重しが無いとかなり足が速いな。でも、俺を背負って適度な重さが無いと身体が軽すぎて、思うように動けないという困った体質。
前に零していたのだけど、ある程度重しが無いとただ走るだけで、飛び跳ねるような感じになるので動いていて気持ち悪いらしい。腕の手袋も鉄板が仕込んでいて、重さを調整しているそうだ。
日頃から力を制御しながら動いていたので、思ったように体を動かせずに失敗ばかりしていて、周囲から落ちこぼれ扱いされていた。それが彼女に対する反応の理由だったりする。
凄腕のハンターを師事していたこともあったそうだが、旅の途中だったので二か月程度で、ずっと水を満載した瓶を背負わされていたと、懐かしそうに語っていたな。
「おっ、やってるやってる。ラッミスちゃん、ハッコン元気してるかー」
汗水垂らして働いているところにやってきたのは、寝ぼけ眼で大欠伸をしている無精ひげこと、ケリオイル団長だった。
あの西部劇に出てきそうなテンガロンハットはお気に入りなのだろうか、野営している時も被ったままだったな。腕は確かだが時折こっちを見る視線に怪しいものを感じていたので、正直なところ全く信用できないオッサンというイメージがぬぐえない。
「お、おい、あの人、愚者の奇行団の団長じゃねえか?」
「あのハンターチームの中でトップクラスの」
「後で握手してもらえるかな」
仕事をしていた若手ハンターたちが手を止め、色めきだっている。
何だと。ケリオイル団長って有名人なのか。腕利きだったし、団員からも慕われていたようだけど、まさかの人気者設定。愚者の奇行団という怪しげなネーミングセンスの団も、ハンター界隈では知れ渡っているのか。
「おー、諸君頑張ってるねー。働く若者におじさんから賄賂を渡しておこう。ハッコンから好きな物を選んでくれ、驕るぜ。もちろん、そこの淑女の皆様もどうぞ」
うわぁ、生でこんな気障な台詞を言う人初めて見たよ。本気か芝居でやっているのか判断がつかないが、どっちにしろ、この人は苦手だ。
若手ハンターたちは騒いでいるが、ラッミスとムナミと女将さんは変わりないな。平然と構えている。
「おごってくれるんだ。じゃあ、うちは……これとこれ」
「ラッミー、こういう時は一番高いのから順に買うものよ」
「それじゃあ、私はおつまみように、煮物が入っているのを100個程もらおうかね」
よ、容赦ないな二人とも。宿屋を経営していたから、こういう輩の対処方法は慣れているのだろう。
「そ、それはちょっと。一人二品まででお願いできませんかね」
お金が入った袋を覗き込んだケリオイル団長の頬が引きつっている。いいぞ、もっとやって。
一見、押しに弱い軽い人間に見えるが……眠たそうで締まりのない顔も、帽子のつばからのぞく目の鋭さを見ていると、その感想は吹き飛ぶ。
「ラッミスちゃんは、うちの団に入る気はねえか? もちろん、ハッコンも一緒にな」
まるで食事にでも誘うようなノリで、ラッミスの肩を抱きとんでもないことを口走った。
回りくどいことをせずに、直接勧誘に来たか。ラッミスはどう返答するつもりなんだ。周りのハンターの羨む顔を見る限り、この愚者の奇行団だったか。ここに誘われるなんてかなり光栄なことなのだろう。
「え、嫌です」
ラッミスは即答すると、肩に置かれた手を払う。よくやった、感動した。
まさか断られると思ってもいなかったのか、目と口を限界いっぱいまで開いている。あ、トレードマークの帽子がずれているぞ。
「そ、そうか。ま、まあ、考えておいてくれ。気が変わるのを期待しているぜ。っと、ハッコンで水でも購入するか。昨日の二日酔いが酷くてな……」
「いらっ しゃいませ」
あ、帽子が今にもずり落ちそうだ。