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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
七章

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砂漠の柱

「ちょっと下がってくれ。扉に仕掛けが無いか調べるからよ」


 ヒュールミが聴診器のような物を取り出し、両開きの巨大な鉄扉を調べ始めている。

 全員が言われた通りに少し下がって様子を窺いつつ、辺りを警戒しているようだ。


「塔の中の気配は……探れないようです。何かしらの対策が施されているようですよ、砂漠の柱には」


 ミシュエルの気配察知はかなり優秀だったよな。外側から内部の様子が探れなくなる仕様にでもなっているのだろうか。


「罠はねえが、内側に閂でもしてるみたいだぜ。どうするよ」


 遺跡の入り口に閂がしてあるって、どう考えてもおかしいよな。誰かが住み着いているのか。鉄扉の前に見張りはいなかったが、扉の向こうにいないとは限らない。注意しないと。


「じゃあ、ぐるっと迂回する?」


「黒八咫がここ以外、入り口はなかったと言っています」


 となると選択肢は一つしかないわけか。


「じゃあ、強行突破でいいのかな」


「それしかないっすよね」


 何でラッミスとシュイは嬉しそうなんだ。

 このチーム、女性の方が血気盛んじゃないか。男性陣の方が慎重派だよな。


「仕方ありませんね。ですが、充分に警戒してくださいよ。視覚と聴覚を強化しておきます」


「先頭は私が受け持ちますので」


 ラッミスが扉に両手を添えて一気に押し込んでいく。

 ヘブイとミシュエルが両脇に並び、開け放たれたら中へと突入できるように、膝を曲げて腰を落としている。


「よいしょおおおおっ!」


 気合の言葉と共に鍵が破壊されて扉が大きく開け放たれると二人が中へと滑り込み、俺たちも遅れて内部へと侵入した。


「えっ、涼しい」


 予想外だったのだろう、ラッミスの口から驚きの声が漏れた。

 砂漠の柱内部は涼しいのか。それはこちらにとってはありがたいことだが。

 内部はだだっ広い空間だった。砂漠の柱の外壁があるだけで、それ以外は何もないように見える。奥の方は広すぎて何かあったとしてもわからないぐらい距離があるぞ。

 壁の高い位置に窓が取りつけられていて、そこから入り込む日差しで塔内は外と変わらぬ明るさを維持している。

 よく見ると窓以外にも壁際に灯りの魔道具が設置されているので、夜も明るいのかもしれないな。


 それだけなら殺風景な光景なのだが、そこには尋常ではない数の魔物がひしめいていた。

 砂漠で何度も見た巨大なトカゲ。生理的にきつかったムカデのように無数の足が生えた蛇。異様に手足が長いネズミ。口元がグロテスクな巨大ミミズ。その他もろもろ、灼熱の階層に住みついている魔物が大集合している。


「な、何体いるっすか」


「百、いや二三百はいるか。でも、何でこいつら反応しやがらねえ」


 あれだけ大きな音を立てて扉を開け放ったというのに、魔物は無反応を貫いている。ただその場にボーっと突っ立っているだけだ。


「指示を待っているように見えますが、ここの指揮官は捕えられたのですよね」


「そうですね、ヘブイさん。灼熱の会長はそう仰っていました。ですよね、ハッコン師匠」


「いらっしゃいませ」


 指揮官を捕まえて指輪を奪い、牢屋に放り込んでいると言っていた。間違いない。

 だけど、この状況は何だ。これだけの数の魔物が大人しくしているなんて、普通ではあり得ない。誰かが魔物を制御していると考えた方が合点がいくよな。


「捕まった指揮官は偽物で、本当の指揮官が存在する。そして、そいつは灼熱の会長を油断させておいて戦力を集め、一気に集落を襲う……ってシナリオはどうだ?」


 軽く口にしたヒュールミの考察に誰も言葉を返せなかった。

 あり得ると思ってしまったからだろう。俺と同じように。


「そう考えるとしっくりきますよ」


「敵もちょっとは頭が回るのがいるみたいっす」


「となると、ここの敵を放置するわけにもいきませんね」


 ヘブイ、シュイ、ミシュエルが武器を構えて戦闘態勢に移行しているが、このまま戦っていいのだろうか。

 今のところ敵に動きはない。だが、敵対行動を示した途端襲い掛かって来たら、このメンバーでも数の暴力には勝てない。


「早まるなよ。お前さんたちでも、この数を相手に勝てる可能性は低いだろ。相手が攻撃してこない今の内に策を練るべきだ。まずはラッミス、扉の片方だけ閉めてこっちも俺たちが通れる程度にだけ隙間を開けてくれ」


「うん、わかった」


 ヒュールミの指示に従い巨大な鉄扉の片側が閉じられて、もう片方もギリギリ俺たちが通れる隙間だけ残して閉められた。


「ヘブイ、こいつらに幻覚を見せるとしたらどれぐらいの範囲まで可能だ、あと時間も教えてくれ」


「そうですね……私を中心として半径二十メートルなら範囲内でしょうか。時間は敵を誤認識させるなら、十分程度いただければ何とか」


「シュイ、矢は何本ある?」


「三十っすね」


「ミシュエル、見える範囲以外に敵はいるか?」


「いえ、気配を探る限りでは見えている場所以外に敵が潜んでいる様子はないです」


「ハッコン、あの良く燃える油はばらまけるか」


「いらっしゃいませ」


「それに加えて、黒八咫、ボタンもいる……」


 全員が答えるとヒュールミが目を閉じて腕を組んで唸っている。頭の中で作戦を組み上げているのだろうと、黙って見守っていると瞼を勢いよく開いて、大きく息を吐いた。


「よっし、いっちょやってみるか。逃げるにしても見張りに気づかれるだけだ。ならここで、敵を掃討しちまおうぜ」


 普通なら無謀だと止める場面なのだが、ヒュールミが自信あり気に言うのだから勝算があるのだろう。それなら、この命……預けるよ。

 作戦の概要を伝えられ各自がやるべきことを把握して行動に移った。

 まずヘブイとミシュエルが敵の密集している場所へ、ゆっくりと歩み寄っていく。

 ミシュエルは自分の気配も完全に消すことができて、それは隣接する仲間にも影響を与えるということだったのでヘブイと同行してもらった。

 敵が反応するのでないかと冷や冷やしながら見守っていたのだが、目の前にいるというのに微動だにしない。


 ある程度進むと、そこで止まり何やら詠唱が始まった。

〈感覚操作〉の力により広範囲の魔物の目に映る全ての者を敵と誤認識させるには、時間が必要となるので終わるまでに敵が動くことが無いように祈るしかない。

 その間に俺は周辺に灯油をばらまいている。ここまで巨大な空間だと少々燃やしたところでそう簡単に一酸化炭素中毒になることはないだろう。

 そうこうしている内にヘブイの準備が整ったようで、幻覚を発動させて戻ってきた。

 魔物たちはそれでも全く動きがないのが不気味だが、無抵抗で死んでくれるならこちらとしてもありがたいから、そのままのキミでいてくれ。


「あの指輪ってのは簡単な指示しか不可能だった。攻めろ、止めろ、ぐらいのやつだ。指示されない内は敵対行動を示さない限り、襲ってこないってのも間違いないようだな」


 事前に仕入れた情報を十二分に生かしている。こちらから攻撃を仕掛けるか、相手の指揮官が命令を下さない限り、この魔物は何時間でもこのままの状態なのだろう。


「爺さんがいたら大魔法の一発でもかましてもらうんだが、贅沢は敵だ。でも、これだけの面子が揃っていたら、これぐらい余裕だろ」


「いらっしゃいませ」


 それは半分本気で半分強がりだとわかっていたので、俺が元気よく聞こえるように発音した。

 俺の思いが通じたのかヒュールミが笑みを深くした。


「そうだね、うん。うちらならやれるよっ」


「師匠がそう仰るのであれば間違いありません」


「うんうん、やれるっすよ」


「もし、皆さんが倒されたら形見の靴は私が受け取りますので」


 みんないつもの調子だな。いざとなれば巨大化して結界でみんなを守ればいい。少々の無理は覚悟の上だ、やるだけやってみるさ。


「それじゃあ、開幕の合図は誰がやる?」


 全員が顔を見合わせると、何を思ったのか視線が俺に集中した。

 え、自動販売機に任せるの?


「この階層で一番の功労者はハッコンだしな」


「冷たいアイスと飲み物がなかったら、今頃干からびていたっす」


「そうですね。ここまで辿り着けることはなかったでしょう」


「黒八咫もボタンも任せるって言っていますよ」


「師匠、お願いします!」


「うん、そうだよね。ハッコン、お願い」


 仕方ないなぁ。こんな大事な仕事を俺に任せるなんて、そんなに褒められておだてられても嬉しくないんだからねっ!

 とツンデレを装ってもしょうがないので、俺らしく派手にやってみるか。

 二リットルのコーラを出して、その中にあのキャンディーを放り込み直ぐに蓋を閉じる。こうすると、爆発が抑えられるのでその間に敵陣へ向かって投擲した。

 そして着弾する寸前、ペットボトルだけを消すと中身が大爆発をする。

 これは魔物たちも敵対行為と判断したようで、一斉に動き始めた。

 さあ、蹂躙劇の幕が上がった……みんな、信じているよ。


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