砂漠を行く者
12時に予約投稿していた筈なのですが消えていました。
おそらく私のミスだと思います。お盆のごたごたで確認を怠っていました申し訳ありません。
「遭難している人を救助しつつ、遺跡を目指したいと思います。何か意見のある人はいらっしゃいますでしょうか」
夜に宿屋の一階の部屋に仲間たちが集まり、今後の方針を決める会議が始まった。
メンバーはラッミス、俺、シュイ、ヘブイ、ミシュエルだ。
頑張って、ラッミスが司会進行役をしているのだが口調に無理がある。
「問題は、あの灼熱の砂漠をどうやって進むかですね。あまりの暑さにリケデも嫌がっているそうなので、自力で何とかしないといけませんよ」
ヘブイが口にしたリケデというのはラクダに似た動物だ。
地球のラクダと同じくこぶがあるのだがお尻の付け根辺りに一つだけあって、それが背もたれ代わりになるのでこっちのラクダの方が乗りやすい。
「歩くだけでも相当な体力を消耗するらしいっすから、乗り物欲しいっすね」
「幌の付いた荷台があれば陽射しが遮られて少しは涼しいですよ。私はこの鎧が熱を防いでくれるので、熱でやられることがありませんが」
やっぱり、ミシュエルの鎧は熱を遮断するのか。大剣といい高性能な武具を取り揃えている。自分の稼ぎで手に入れた物なのか、それとも実家に代々伝わる武具なのだろうか。
口調からして騎士っぽいから後者のような気もするな。
「ですが、砂漠となりますと車輪が砂に呑み込まれて、相当な力がなければ引っ張ることは不可能かと思われます」
言われてみれば砂漠で馬車とか見たことがない。となると歩くしかないのか。
飲食料の問題は俺がいるからいいとして、暑さ対策だよな。俺を背負っているラッミスは問題ない。ミシュエルもあの鎧を着ている限りたぶん安心。
となると、ヘブイとシュイか。灼熱の陽射しから身を守ってくれる魔道具の一つでもあればいいのだが。
ここで売られているターバンのような物やマントは、ある程度なら防いでくれるそうだが、最近の暑さだとほんの少しだけ和らげる程度らしい。
「あの魔道具屋さんに、そういった商品何かな――」
「お困りのようだな!」
何の前置きもなくバンと部屋の扉が勢いよく開け放たれると、そこには仁王立ちをしているヒュールミがいた。
扉の前で息を潜めて会話に聞き耳を立てて、タイミングを見計らっていたっぽい。
「ヒュールミも来たんだね」
「おうよ。さっき着いたばっかだぜ」
「私たちもいます」
部屋に乱入してきたヒュールミの背後からひょこっと顔を出したのは、キコユとボタンと黒八咫だった。
ええと、この暑さで大丈夫なのかな。
俺の心配が伝わったのか、部屋に入り俺の隣に腰を下ろしたキコユが体にそっと触れた。
『雪精人だからといって、熱で溶けたりしませんよ。それに、冷気を操るのは得意なので体の周りの冷気を纏わせたら大丈夫です』
俺の心配は杞憂だったのか。黒八咫とボタンも熱ごときでやられる程、やわじゃないのだろう。
「でだ、頭を悩ませている案件は、これで解決だぜ」
そう言って取り出されたのは、フード付きのマントだった。黒で統一されているのは何か深い意味があるのかもしれないが、黒衣からしてヒュールミの趣味っぽいよな。
確か黒は熱を吸収しやすいが紫外線を反射するので、日焼け対策としては黒い服の方が良いという話を聞いた覚えがある。そこまで考慮して黒にしたのであれば、ヒュールミに謝らないといけない。
「これは熱を遮断して、尚且つ内側に仕込まれている水分を冷やす作用のある魔道具が、吹き出した汗や大気の水分を冷気に返還してくれるって代物だ」
「それは凄いですね。これがあれば、灼熱の砂漠も乗り越えられそうです」
「だろ、人数分は作ってあるから安心してくれ」
これで暑さ対策は何とかなったな。
「じゃあ、これで解決なのかな?」
「他の荷物をどうするかですね。夜は冷え込みますので、防寒具も必要となります。それに、ハッコンさんがいるとはいえ、予備の食料は各自で所有しておくべきでしょう」
ボタンに荷台を引かせることができないので、他の荷物をどうするか。少し荷物になっても各自で運ぶしかないか。
「まあ、それでも荷物はかなり減らせますので、大丈夫だとは思いますよ」
「そうだな。んじゃ、明日は早朝から足りない物を補充してから、出発ってことで構わねえか?」
ヒュールミの提案に反論はなく、今日の会議はお開きとなった。
俺は宿屋の前に置かれ、隣には立て札を立ててもらった。
そこには『明日から救助に向かいますので、商品は今の内に購入してください』と書かれている。夜も更けているので利用者は少ないかと思っていたのだが、昼の暑さにやられて動けなかった人々が夜になると、そこら中から現れている。
昼間の気温と比べると夜の方が活動しやすいようだ。
集落の中も他の階層と比べて夜なのに灯りが多く活気がある。夜に活動的になるのは職人たちだけかと思っていたのだが、そうではなかった。階層ごとに特色があって面白いな。
商品の売れ行きが好調で、冗談で置いていた温かい飲料も結構な量が売れていく。夜は半袖姿の者がいないので秋ぐらいの寒さなのかもしれない。
体内時計が四時を指す頃になると、客足も途絶えたので暇つぶしに本日の売り上げの計算をしていた。
昼間はスポーツドリンクとミネラルウォーターがバカ売れで、夜はコーンスープとホットミルクティーが好評だった。寒暖差があると商品がバランスよく売れていいな。
「ハッコンさん、私にも温かいお茶をいただけますか」
いつの間にやってきたのか、ヘブイが俺の正面に立ちホットのミルクティーを購入した。
慣れた手つきで開けると口に含み、ほっと息を吐く。
「色々とお騒がせしました」
シュイとのやり取りのことを言っているのだろうな。もっといい加減な人だと思っていたのだが、今日の一件で印象はガラッと変わった。
道化を演じても、やるべき目的があったということだ。
「う ん」
「本当は誰にも話すつもりはなかったのですが……シュイのおかげですかね」
話したことによる後悔はないように見える。会話中に垣間見える表情も以前と比べて自然な笑みだ。
ずっと一人で抱え込んできた重荷を、ほんの少しだけでも降ろせたのかもしれないな。
「今回のことで全てが解決するとは思っていませんが、何かしらの区切りがつけば……迷いを断ち切れますので」
そうだよな。靴の持ち主に会えたところで、奪った盗賊の居場所が明らかになる確率は低いだろう。
もしヘブイが運よく盗賊と出会えたとしたらどうするのだろうか。法治国家の日本人として、復讐は復讐しか生まない――なんて綺麗ごとを言うつもりはない。
ラッミスの村を襲った輩の一件も、情報収集の目的がなければ本心では……彼女に仇を討たせてあげたかった。
捕まえた主犯の男は牢に閉じ込められていて、一度ラッミス、ヒュールミと共に会いに行ったのだが……薄汚れた格好で怯えている男を見て二人は殺す気も失せたようだ。
怒りも恨みも消えたわけじゃないのだろう。今だって何とかその想いを誤魔化しているだけで、今も殺したいと思っているのかもしれない。
あの時、〈結界〉で防いだことが良かったのか今でも悩んでいる。単純にラッミスに人殺しをさせたくなかっただけの自己欺瞞なのではないか。
仇を討たせてあげたいと思う心と、人殺しをさせたくないという心。どちらも俺の本心なのが厄介だよな……。
今更、過去を振り返ったところで答えが出る訳もないのだが、後悔と疑念が体内で渦を巻いている。
「どうなされました」
ヘブイの話を聞いている最中に、自分のことを考えてどうする。
どんな結末を臨もうと次は邪魔をする気はない。あの時は怯えて戦意を失っている相手を殺すような真似をさせたくなかっただけ。そう思うことにしよう。
「いらっしゃいませ」
「よくわかりませんが、大丈夫なようですね」
こっちが心配されてどうするんだ。
まずはタシテというハンターを見つけることが最優先事項。後のことは後で考えればいい。体が動かない分、余計なことを長々と考えてしまう癖がついてしまっているな。
「う ま く い く」
「と い い ね」
上手くいくというのは違うか。でも、俺の言葉だとこれが精一杯だ。
「そうですね。何かしらの情報が得られれば良いのですが」
夜空を眺めているヘブイの顔を眺めていると、一つ引っかかっていたが口に出さなかったことを思い出す。
そのタシテという輩が盗賊と繋がりのある人物ではないかということだ。魔道具屋との会話中に訊きだせた情報の一つに「この魔道具を何処で手に入れたのか」という店員の質問に対するタシテの答えがあった。
「こいつが以前、魔道具屋で新品を購入して愛用していたんだが、引退することになってな。物入りらしいから売りに来た」
とのことだった。その場にいた仲間というのが優男で、見た感じでは足のサイズが合うようには思えなかったそうだ。
それに新品を購入したという話も矛盾している。購入した店の主人が補修をして、高く売りつける為に嘘を吐いただけなのかもしれないが、気に留めておいた方がいいだろう。




