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執着の理由

「ハッコン師匠。何故、私も夜の散歩に誘っていただけなかったのですかっ」


 朝から商売をしているとミシュエルに迫られた。

 昨日のことをラッミスが教えると、どうでもいいことに突っかかってきたな。


「一人で食事をしていると女性が寄ってくるので気疲れしてしまって……」


 世の中のモテない男性が聞いたら助走をつけて殴りかかってきそうなことを、悪びれることもなく口にしている。これって嫌味でもなく本心なのが彼の凄いところだろう。

 ミシュエルとはこうして会えたのだが、シュイはあれから一度も姿を現していない。同じようにヘブイの情報を得た後も彼を探し続けているのか。

 タシテという靴を売りに来たハンターについては、灼熱の会長から詳しく教えてもらっている。

 滾る爆炎の団というハンターチームのリーダーらしい。一年ほど前にこの階層にやって来ると、拠点を設けて主にここで活躍しているそうだ。

 素行も問題なく評判はすこぶる良いらしく、魔物の群れが襲ってきた際にも活躍したハンターチーム。団員は総勢十名で今は灼熱の階層の砂漠地帯にある遺跡に探索へ向かっている。


「そのタシテさんと話をするのであれば、遺跡に向かうしか手が無さそうですが」


「そうなると、あの砂漠を進まないとダメなんだよね」


 ただでさえ、その気温と足元の砂で移動が困難な砂漠だというのに、今は更に気温が上昇していて難易度が跳ね上がっているそうだ。

 念入りに準備を整えて場慣れしたハンターでもお勧めできない現状なので、灼熱の会長も追うのは危険だと口にしていたな。

 ただ、タシテたちもそうだが他のハンターたちも、こういった状況だからこそ需要があると無理をして向かった連中が結構いるらしい。

 そのハンターたちが心配なので救助隊を向かわせたいのだが、ミイラ取りがミイラになるという可能性が高いので躊躇っている。砂漠だけにと笑う場面ではない。


「うーん、追うかどうかは別にしても、砂漠にいるハンターの人たちは何とかしてあげたいね。あっ、うちらだけなら何とかならないかな?」


 まあ、俺に触れていれば暑さでやられることもないし、飲み物も食べ物も提供できる。救助隊に最適なのは俺たちで間違いないよな。


「いらっしゃいませ」


「だよね! うん、灼熱の会長に話してみるね!」


 思い立ったが吉日とばかりにハンター協会へ突撃していった。


「ハッコン師匠。私は連れて行ってもらえないのでしょうか……」


 そんな捨てられた子犬の様な目で見られても困るぞ。男女差別をするわけじゃないが、そんなごてごてした鎧で常に引っ付かれてもなぁ。

 ここは上手く誘導して誤魔化すか。


「で し よ し ご」

「と た の も う」


「ハッコン師匠が弟子と……何でも仰ってください!」


 感極まった声を上げながら涙目になるのは止めてもらえませんかね。

 ほら、お客さんの目もあるから、もうちょっとリアクションを抑えてくれ。

 ミシュエルには集落でヘブイとシュイを見つけるように頼んでおいた。早速、意気揚々と駆け出していったので、その背に心の中で手を振っておく。

 扱いやすくていいのだが、従順過ぎてたまに心配になる。


「ハッコン、会長から正式に依頼を受けてきたよ。是非頼むって」


 俺の能力をラッミスが伝えたのだろうな。よっし、じゃあこの商品を捌いたら探索に向かおうか。シュイたちと合流するまでは救助者を見つけたら、ここまで戻ってくることにしよう。





「これで二組目だね」


 砂漠に入ってから二時間もしないうちに一組目を見つけたので、飲み物を売ってから集落まで連れて行くことにした。

 目印は遠くにある巨大な遺跡なのだが、蜃気楼に騙されてあらぬ方向に進み途中で力尽きかけているハンターが多く、二組をまとめて集落まで案内している。

 スポーツドリンクと食料で渇きと飢えを満たしたハンターたちは、幾分か元気を取り戻して自力で歩いている。ラッミスが担ごうかと提案したのだが、プライドがあるらしく首を縦に振る者はいなかった。

 ちなみに救助者の探索方法なのだが、ある程度進んでから俺が〈ダンボール自動販売機〉と風船を組み合わせて宙に浮かび、体に括りつけた紐をラッミスが手にして周囲を調べるという手段を取ったのだが思いの外上手くいったようだ。

 砂しかないので上空から見下ろすと見通しが良く、かなりの広範囲をカバーできた。


「到着しましたー」


「ありがとうよ、お嬢ちゃんと、シトウアンアイキのハッコンだったか。命拾いしたぜ」


「ああ、完全に諦めていたからな……マジで感謝だぜ」


 もう二度と戻れないと思い込んでいた集落に帰れたことで、安堵のあまり力が抜けて座り込んでいる。

 ラッミスがハンター協会に生存を伝えに行き、その後にハンターたちは暫く宿屋で体を休めることになるそうだ。

 もう一度砂漠に向かうには時間が足りないと判断して、今日の捜索はここまでにしようかとラッミスと話していると、こちらに駆け込んでくるミシュエルが視界の端に映った。


「師匠ーっ! お二人を見つけたのですが、その、もめていまして来ていただけないでしょうか!」


「え、喧嘩しているのかな。直ぐに行かないと!」


「いらっしゃいませ」


 何があったのかはわからないけど、最悪の展開だけは避けないと。

 ラッミスの背に揺られながら、二人が早まらないようにと祈ることしか出来なかった。





「何で、一人で抱え込もうとするっすかっ!」


「これは私事なので皆さんにご迷惑をおかけするのは」


 シュイの怒鳴り声とヘブイの冷静な声が路地を曲がった先から聞こえている。

 一方的にヘブイが責められているだけのようなので、喧嘩という訳ではなさそうだが。

 路地を抜けると小さな空き地になっていて、そこには正面から向かい合う二人がいた。


「曲がりなりにも仲間じゃないっすか! なのに、相談もしないで勝手に決めて……ケリオイル団長たちもヘブイも一緒っす! 頼りないかもしれないっすけど、話して欲しかった……そしたら、もっと違う未来があったかもしれないじゃ……ないっすか……大切な仲間じゃ、なかったっすか……」


 最後は小さく嗚咽交じりの声でシュイが俯いている。

 あの言葉はヘブイにだけ向けられているのではないのだろうな。ここにいない愚者の奇行団の仲間たちへの後悔と怒りの叫び。

 ケリオイル団長の例えがヘブイの心に響いたようで、言葉を発することなく目を細めて燦々と輝く太陽を眩しそうに見つめていた。


「シュイ……」


 ラッミスの呟きにヘブイが気づき顔をこちらに向けた。

 無理に笑みを作ろうとしている顔が泣いているように見えるよ、ヘブイ。


「皆さんもいらっしゃったのですね。すみません、ご迷惑をおかけしたようで」


「迷惑を掛けたと思うなら、ちゃんと話して欲しいっす」


「そうだよ。何も言わずにいなくなったら、みんな心配するよ」


「う ん う ん」


 俺たちの言葉を聞いてヘブイが無理やり微笑んで見せた。

 そして、目元を拭いながら睨みつけているシュイの頭にそっと手を添える。


「そうですね。面白くもない話ですが聞いてもらえますか」


 全員が黙って頷くと、ヘブイはゆっくりと口を開く。


「まだ、愚者の奇行団に入る前の話です。私は幼馴染と二人でハンターをしていました。お互いを知り尽くしていたので、連携も滞ることなくそれなりに活躍していたのですよ。新進気鋭の二人組と噂になったりもしていましたね」


 昔はパートナーがいたのか。以前訊いた話だと、愚者の奇行団に勧誘される前はソロ活動がメインだったらしいので、それよりも前の話だよな。


「ある日、幸運が重なり驚く額の報酬を受け取りまして、これをどう使うかと相談した結果、誕生日が近かった幼馴染の靴を新調しようという話になったのです。以前から欲しがっていた靴があるのを知っていましたからね……もうおわかりだとは思いますが、それが疲れ知らずの神足でした」


「うちが賞品としてもらった靴」


「ええそうです。かなり高価な靴なので彼女……幼馴染も喜んでくれましてね。それからというもの何処に行く時もその靴を履いていましたよ。絶対に誰にも渡さないから、といつも口にして笑っていました」


 遠い目をしながら優しく微笑んでいる。その表情だけで幼馴染がどれ程大切な相手だったのかが伝わってくる。


「そんなある日、商人の護衛任務中に盗賊の襲撃を受けてしまい、奮闘したのですが私は相手の一撃を受けて地に伏してしまったのです。気が付いた時には辺りに無残な死体だけが転がり私以外の生存者は誰一人としていませんでした。そして、そこには……足首から先を失った幼馴染の死体もありました。斧か何かで無理やり切り落とされたのでしょう。この靴は大切なものだからといって、きつく紐を絞めていたので奪う際に解けなかったようです」


 何も言えなかった。淡々と感情を込めずに話すヘブイの言葉を、ただ聞くことしかできなかった。


「相手は仮面をしていたので顔もわからず、唯一の手掛かりは奴らが持ち去った彼女の履いていた靴だけでした。それから、僅かな希望にすがり人の履いている靴に注目する様になり……今に至ります」


 この壮絶な過去がヘブイの靴を追う理由だったのか。

 何て声を掛ければいいのだろうか。こういう時に慰める言葉の一つも思いつかない自分が情けないよ。


「聖職者でありながら復讐のことだけを考えて今まで生きながらえてきました。ケリオイル団長たちに偉そうなことを言っておきながら情けない話です。私にはそんな資格はないというのに」


 語り終えたヘブイの横顔は人生に疲れ切った老人の様だった。


「バカっす! 団長たちもヘブイも大間抜け野郎っす! ちゃんと相談してくれていたら、もっと早く靴を見つけられたかも知れなかったじゃないっすか! お互いに腹を割って秘密を打ち明けていたら、団長たちも家族のことを教えていてくれていたかも知れないじゃないっすか!」


 誰もが口を挟めない空気を吹き飛ばしたのはシュイだった。

 感情の高ぶるままに思いついたことを口にしているだけのようだが、だからこそ、その言葉が真っ直ぐにヘブイの心へ突き刺さっているのがわかる。


「ですが、これは私だけ」


「ですがじゃないっす! みんな秘密だらけだから、こんなことになっているのがわからないっすか! もう、嘘も秘密もいらない! 手伝ってほしいなら、事情を話して手伝ってくださいって頼めばいいだけの話でしょ! 無理なら嫌なら、ちゃんと断るよ。それが間違っていることなら仲間として全力で止める! だから、勝手に迷惑だとかこっちの考えを代弁するのはやめて欲しい……っす」


 胸ぐらを掴んで背伸びして詰め寄っているシュイの顔を、ヘブイは至近距離からじっと見つめている。

 シュイも目を逸らさずにじっと睨みつけている。暫くそうしていると、先に折れたのは――ヘブイだった。


「そう、ですね。私が間違っていたようです。ありがとうございます、シュイ」


「ふ、ふんっ! わかったらいいっすよ」


 今になって恥ずかしくなってきたようで、手を離すと顔を真っ赤にして顔を背けている。

 そんなシュイの後姿にヘブイは一礼すると、俺たちに向き直った。


「皆さん、手を貸してもらえますか」


 真摯な対応をするヘブイに対する答えは決まっている。


「うん、当たり前だよ!」


「手伝ってやるっす、感謝するっすよ」


「もちろんです」


「いらっしゃいませ」


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