行方不明
商売繁盛で客が離してくれず、夕方まで一歩も動けない状態だった。
初めは誰もが遠巻きに眺めているだけだったのだが、ラッミスが購入したスポーツドリンクを美味しそうに飲んでいると、人々が次第に集まり休む間もなく夜まで販売を続けた。
食料も販売するかどうかで悩んだのだが、飲料だけで今は事足りているようなので暫くはこの販売方法を続けるつもりだ。
余裕ができたらアイスやかき氷も売ってみようか。ぼろ儲けできるのは間違いないだろう。
「ハッコン、お疲れ様でした」
ずっと俺の隣に立って、使い方がわからない人たちに懇切丁寧に説明をしていたラッミスなのだが日焼けは殆どしていない。
化粧品の日焼け止めクリームが効いたようだ。元値が結構いい値段していただけのことはあるな。
「ありがとう」
「この後どうしようか。シュイは何処か行っちゃったし、うちらも一応あの靴を売っていた魔道具屋に行ってみる?」
どうしようかな。その魔道具屋の正確な場所は既に聞いてあるけど、この時間まで店を開いているのだろうか。異世界では大人の店以外は夜が更ける前に閉めるのが当たり前なので、魔道具屋が開いているかどうかは微妙な所だ。
「散歩がてら行ってみない?」
そうだな、夜の観光も乙なものだ。治安は悪くないそうだし、俺とラッミスが組めばただの暴漢なんて相手にならない。ダメで元々行ってみようか。
それに昼間と違って夜は肌寒く感じるぐらい気温が下がっているそうなので、運動に適した気温でもある。
「いらっしゃいませ」
「うん、じゃあ行こう!」
いつものように背負われて灼熱の砂階層の集落を眺めながら、目的地へとゆっくり歩いていく。当たり前のように運んでもらっているが、人間に戻れた暁にはラッミスを背負ってあげたいな。
陽が落ちた夜の集落は静かで暗く、家の明かりがぽつりぽつり漏れ出ているだけだ。
日本の夜がどれだけ明るいのかを実感させられるな。街灯が存在しない路地に入ると一メートル先も見えない。
自動販売機の照明を最大にすると、近くは問題なく見えているが。
「足下が良く見えるから歩きやすくていいね、ハッコン」
きっと今、俺を背負っているラッミスは正面から見たら、後光が射しているように見えるのだろうな。背中を合わせるように背負われることが多いのだが、明かりが必要な場合は俺が正面を向くようにしている。
お役に立てているようで何よりだよ。
そこは職人が集まっている一帯らしく、夜も更けているのに至る所から音が響いてくる。金属を叩く音や何かが焼けているような臭い。弟子らしき人が怒られている声もするな。
「職人さんたちって夜まで仕事しているって聞いたことあるけど本当なんだね。ヒュールミも朝方まで何かしていることが多いし、物作りする人って似ているのかな」
夜に集中力が増す人は結構いるらしいからね。他にも完成するまで鍛冶職人とかは夜通し作業しているのかもしれない。火入れしたら最後までやり遂げるとか、刀鍛冶のドキュメント番組で観た記憶がある。
それにこの階層は夜になると涼しくなるので、作業も夜の方がやりやすいだろう。
「えっと、地図だとこの路地を右に行った場所の……あった、あれだよね」
指差す方向には石造りの立派な建物があった。看板があるが、勉強不足で何を書いているが読めない。この世界の数字は覚えているのだが、文字はもう暫くお待ちください。
「魔道具屋って書いてあるから間違いないよ。灯りが付いているから、お邪魔しても大丈夫かな」
「いらっしゃいませ」
ラッミスが入り辛そうだったので、扉の前で大声を出してみた。ここまで来て何もしないで帰るのもあれだしね。
「えっ、いらっしゃいませ」
偶然近くにいたのだろうか、扉を隔てた向こう側から戸惑いながらも返事をする女性の声がした。かなり若い声をしているが、女性を声だけで判断することは難しいからな。
「あの、入ってもいいですか」
「どうぞどうぞ」
扉を挟んで何をやっているのだろうか、開けたらいいのに。
ラッミスがドアノブに手を掛けて開くと、そこには小柄で紫のコート……いや、ヒュールミの黒衣に似たデザインの上着か。それを着た小柄な女性がいた。
胸元で手を握りしめていて、瞳が激しく動き視線を合わせようとしない。人見知りなのだろうか。
おかっぱ頭で紫色の上着の下には地味な色合いの着物に似た服を着ている。老夫婦の服装と同じ系統だよな。似合っているのだが、紫の上着を脱いだら何かに似ているな……おかっぱ頭に着物……ああっ、座敷童だ! そうか、納得がいった。
「あの、まだやっていますか?」
「はい、大丈夫です、よ。み、見て行ってください」
挙動不審だが、こんな人が店番をして大丈夫なのだろうか。
店の隅のカウンターの向こう側に回って、本を読む振りをしながら何度もこっちの様子を窺っている。ラッミスよりも俺が気になっているようだな。
直ぐに情報を聞き出してもいいのだが、ラッミスはまず店内を物色しているようだ。そうだな、何か買った方が向こうも口の滑りが良くなるだろうし。
店内には様々な道具が置かれているのだが、これは全て魔道具なのだろうか。
一メートルぐらいの蛇腹のホースの両端にボールのような物がくっついているこれは、どうやって使うものなのだろうか。
コンパスの先がハサミっぽいのは小型の高枝切りハサミに見えなくもない。ヒュールミがいたら説明してもらえるだろうから、この階層に着いたら連れてこよう。
「ええと、これってどんな魔道具なのかな」
俺も気になっていた蛇腹のホースを掴んで、ラッミスが彼女の前に持って行った。
「あっ、これですか。えとですね、この丸い部分をお風呂に入れて、もう片方を桶に入れます。そしたら、お風呂の水が綺麗になって桶に溜まる仕組みです」
つまり汚れを濾過して飲み水にするということか。災害時の便利グッズにこういうのあったな。
この階層は暑い日に水風呂というのが常識らしく、その後の水を再利用しようとして考え出された魔道具なのかもしれない。
「それって凄く便利そうだね!」
「え、えと、でも売れなくて。人の入ったお風呂の水なんて飲めるかって……」
まあ、非常時以外は使いたくないよな。本当に綺麗になっていたとしても気分が良いものじゃない。嫌悪感を抱くのが当たり前の反応だと思う。
「で、でも、いざという時に便利そうだから、これくださいな」
「あ、ありがとうございます。最近ついているなぁ、新しいお客さんが三人も来てくれて」
ご機嫌に魔道具を袋に入れている店員の言葉を聞いてラッミスが反応した。
残り二人の新規の客に心当たりがあり過ぎる。
「新しいお客って聖職者の様な格好の男性と、弓を背負っていた短い髪の女性?」
「は、はい、そうですけど。あの、もしかして、お知り合いなのですか」
おどおどとしている店員にラッミスが鼻息荒く詰め寄っている。
怯えてる、怯えてる。興奮する気持ちはわかるけど落ち着いて。
「ら っ い す ざんねん」
「あう、ごめんね。その話、詳しく聞かせて欲しいの」
「えと、その、今、男の人の声がその箱から……」
怯えてはいるけど好奇心もあるようで、口元が引きつっているが目は俺をしっかりと捉えている。
「その説明は後でするから、その二人について教えてください!」
ラッミスが深々と頭を下げたので頭一つ以上飛び出している俺が、もう少しで店員の頭に激突するところだった。
「は、はい! な、何でも答えますぅ」
結果、脅すような形になったが誤解は話が終わってから解けばいいだろう。
涙目の店員から聞いた話によると、聖職者の男性が店に来て以前売った靴を誰から仕入れたのか聞いてきたのだが、守秘義務があるので売りに来たハンターの名前は伝えなかったそうだ。
「あ、でも、その時の記憶が曖昧で確か直ぐに諦めて帰られたと思うのですが」
この発言を聞いてヘブイが〈感覚操作〉や魔法を使用して聞き出したのではないかと考えた。あの加護の効力は尋問の際に見せてもらったからな。
もう一人の女性は今日の昼前にやってきて、俺たちと同じように聖職者が来てないかと訊ねたそうだ。来た時のことを教えると納得して帰ったらしい。
「やっぱり、二人とも来たみたいだね。その売りに来たハンターが誰かは教えてもらえないのかな?」
「すみません。商売人としてそれは……」
個人情報の漏えいは異世界であっても問題になるようだ。
となると、訊き出す方法としてはあれがあったな。
「て が い」
「また、男性の声が……」
「てがい、手紙ね。あっ、そっか。ここの会長とスオリちゃんから紹介状もあったね。これでダメかな」
「えっと、これは灼熱の会長と、ええっあの商会からの!?」
灼熱の会長よりもスオリの紹介状の方が、効き目が抜群だとは。自ら大商人の娘と名乗るだけのことはあるな。
「あと、えと、特別にお伝えしますぅ。逆らったら、この業界で生きていけないので……」
店員さんが怯えきっているじゃないか……何が書いてあったのか非常に気になる。
「売りに来たハンターはこの階層で活躍しているタシテという方です。ハンター協会で訊ねたら直ぐにわかると思います。えと、評判も良くて人気のある方なので」
そんな人がヘブイの求めていた靴を売りに来たのか。その人が目当ての人なのか、更にその先にいる靴を所有していた人を求めているのか。
そこはヘブイに会ってみないと答えは出ない。
俺たちは怯えていた店員に礼を言うと店を後にした。あの蛇腹のホースは情報料として忘れずに購入すると、少しだけ震えが治まって辛うじて営業スマイルを浮かべていたな。
今度、ミシュエルをお使いに行かせてみようか、人見知り同士で共鳴しそうな気がする。




