防衛
「ええと、こういう時は、避難する場所は……あっ、ハンター協会! そうやった、ハンター協会や!」
動揺して方言が出ているな。ハンター協会か。そういや、俺って集落の中まともに見て回ったことが無いから、どんな建物か全く知らないぞ。
一応、荒事を担当している屈強なハンターをまとめている所だから、それなりに立派で頑丈な建物のイメージはあるが。会長は熊だから、内装もしっかりしてないとすぐ壊れそうだよな。
「ほな、行くよ……じゃない、行くよ!」
「いこうか をとうにゅうしてください」
ああ、何かこっちの話し方の方がもやっとするな。でもまあ、今はこれで妥協しておこう。
宿屋は門からかなり近い場所にあったので奥の方は全然知らなかったが、へえーこっちは結構しっかりした建物が多いんだな。
宿屋と門付近はテントが多かったのだが、こっちまで来ると木造と石造りの建物の方が多い。というか大半がしっかりとした造り……だったのだろう。今は見るも無残な姿を晒している。
被害を受けていない建物も結構あるが、何故かくねくねと曲がった一本道が建造物の密集地帯に出来上がっているのだ。
何度も見た大きな綱を引きずったような跡がここにもある。太さは大人が二人寝転んだぐらいか。
「この壊された先に向かえばきっと生存者がいるよね!」
「いらっしゃいませ」
そう答えておいたが、この跡ってどう考えても巨大な蛇だよな。ここで連想されるのがカエル人間の存在だ。カエルの天敵として真っ先に思い浮かぶのは蛇だろう。蛇に睨まれた蛙という言葉もあるぐらいだから。
生物が大量発生する要因としては色々上げられるだろうが、天敵がいなくなり異常に増えた野生動物の話は良く聞く。この巨大な蛇は蛙人魔の天敵で、どういう理由か今年は奴らをあまり襲わなかった。
もしくは冬眠から異様に遅く目覚めたとか。それで腹を減らして人間の集落を襲った。そういう流れは考えられないだろうか。
ただの憶測だけど、意外といい線いっている気がする。
「もうすぐ、ハンター協会だからね!」
半壊、全壊した建物の間をすり抜け、飛び出した先には砦がどんと構えていた。
え、何、この難攻不落の砦。材質が不明な黒い外壁は鈍く輝き如何にも頑丈そうで、二階立ての二階部分にはテラスがあり、そこには備え付けの巨大な弓――バリスタがずらりと並んでいる。
全ての窓には格子が付けられていて、外からも中からも通すことを許さない。扉も両開きの鉄製のようで、見ているだけでわかる重量感溢れる逸品だ。
建物も学校の校舎ぐらいあり、ここなら100人ぐらいは軽く匿えそうだ。
とまあ、冷静に分析できるのも目の前の光景を見たからなのだが。
ハンター協会と思わしき建造物の前に、異様に長く太い物体が横たわっている。茶褐色のそれには鱗があり、先端には巨大な頭が二つあった。口が奥まで裂け鋭い牙が伸び、鼻は細長い穴が二つ開いているだけだ。
つまり、頭が二つある巨大な蛇が体中から矢を生やして死んでいる。そして、その周りには討伐隊に同行したハンターたちや、この町に残っていたハンターと門番の二人もいた。
カリオスとゴルスは無事だったか。はぁぁぁ、全身の力が抜けていく……って、電源落ちないだろうな。あとは、集落の住民たちの安否なんだが。
「カリオスさん、ゴルスさん! 二人とも無事だったんだね!」
恐る恐る、巨大な蛇を突いていたカリオスにラッミスが駆け寄っていく。
「おおう、ラッミスとハッコンか。お前さんたちも怪我がないようで良かったぜ」
「何より」
「うん、私たちは平気だよ」
「ありがとうございました」
ラッミスだけじゃなく自動販売機である俺のことまで気にかけてくれていたのか。嬉しさを言葉で伝えるのは、今の俺には難しいので、今度何か二人の欲しそうな商品を追加しておこう。
「あ、あのね、それで、えと、二人は……」
胸元で手を組み合わせて祈りながら、そう問いかけるラッミスに二人は――笑顔を返した。
「おう、心配するな。住民は全員無事だぜ。協会の中に皆いるぞ」
「よ、よかったぁぁぁ」
ラッミスがその場に崩れ落ちている。ふぅ、俺も気が抜けて電源落ちそうだ。
しかし、こんな立派な建物が集落にあったのか。予想外にも程がある。
「そういや、ラッミスはここに来てから日が浅かったな。ここの住民は魔法の警鐘が鳴らされると、一目散にここを目指すって決まっていてな。俺たちも無理だと思ったら門を閉めて速攻でハンター協会に逃げ込むことにしてんだよ」
「ここには転送陣があるからな」
成程。これ程の損害が出ているのに、全員無事なんてあり得ないと思ったのだが、そう言うからくりがあったのか。迷宮の中に作られた集落だから、これぐらいの備えが合って当たり前なのかもしれない。
城壁が丸太を並べただけの代物だから甘く見ていた。何にせよ、集落の人々が無事で何よりだ。建物は壊れてしまったけど、少なくとも命は残っている。
壊れた物はまた建てればいい、なんて綺麗ごとを言うつもりはない。家というのは財産であり、その人の日々が詰まっている思い出の宝箱なのだ。少なくとも失ったことのない人が、命があれば良いなんて口にしてはいけない。
でも、それでも、俺は生きていてくれてよかったと思う。たった数週間しかここで暮らしていないが、毎日顔を見せてくれるお客も、俺の前を通り過ぎるだけの住民も、死んで欲しくないと心から思う。一度死んだ身だからこそ……。
「まあ、色々ぶっ壊れちまったが、三年前も酷かったからな。だから、俺たちのいる門の辺りは壁も安っぽいだろ?」
三年前にも集落が被害を受けたのか。だから、あそこはテントばかりで、こっちは立派な住宅が建っている。ここの人たちは俺が思っている以上に逞しいようだ。
「ラッミー! おっかえり」
「ふう、今回は駄目かと思ったわ。いやー、凄かったわね今日のは。ラッミス、怪我はないかい?」
開け放たれた鉄扉から次々と人が現れる。常連である老夫婦と商人の若者もいるな。ツインテお嬢様スオリも無事のようだ。黒服の面々も隣に付き添っている。
他にも何度か見かけた面々の姿に、一連の出来事がようやく終わりを告げたのだなと、安堵の息を吐いた。
「ありがとうございました」
そんなことを言うつもりではなかったのだが、これは間違いとは言い切れないな。
今度こそ本当に一息つけそうだ。
「ふうう、安心したら腹が減ってきたな。ハッコン、疲れが飛ぶ変な水頼むぜ」
「俺は甘いお茶にしよう」
「私はアロワザジュースにしようかな。ラッミーも母さんもそれでいい?」
「うん、うちもそれでいいよ」
「ああ、頼むよ」
カリオスはスポーツドリンク、ゴルスはミルクティー、ムナミ、ラッミス、女将さんはオレンジジュースだね。あいよ、全品俺の驕りだもってけ泥棒!
「あれま、ハッコンさんがいますよ、お爺さん」
「そんなにバンバン叩かんでも見えとるわ。わしはいつもの水でええか。婆さんは黄色いスープじゃったか」
「僕も甘いお茶いただこうかな。あ、ムナミさんもいたのですね。偶然だなー」
ええい、朝の常連三人衆にもプレゼントだ!
「いいとこにハッコンあるじゃねえか。俺は白濁色のパスタ食うぞ」
「私は茶色いの乗っているの、食べようっかな」
「んじゃ、俺はどれにすっか」
次々と客が集まってきた。ああもう、普通なら大繁盛と喜ぶところだけど、今日は儲け度外視だ。今夜限りの全品無料セールを開始だこんちくしょう!
新商品の酒もビール、カクテル、酎ハイも取り揃えているぞ。今夜はひとしきり騒いでやるぞ、野郎ども!
……ここから前途多難かもしれないが、手も足も貸すことができない俺からのせめてもの贈り物だから。これぐらいしかできないけど、これからもこの集落の一員としてよろしく頼みます。
あれから生存者の確認と、自宅が住めなくなった人は荷物をハンター協会に運ぶ作業が終わり、飲めや歌えやの大宴会が始まった。
メインディッシュは双頭蛇で、みんな臆すことなく煮物や焼き物に齧り付いていた。何と言うか、この世界の人はワイルドだ。日本では蛇を食べる機会がなかったが、脂がのっていて美味しそうだな。
商品が無料とわかると、今まで購入したことが無い人まで群がり何度補充したことやら。売れ行きは新商品の酒類がバカ売れで、次いで成型ポテトチップスとおでんをつまみとしてセットで買って行く人が多かった。
明日は飲み過ぎの人にスポーツドリンクが売れそうだな。あとシジミの味噌汁も仕入れておこう。ふふふふ、無料は今日の夜までだからな。明日はがっぽり稼がせてもらいまっせぇ。
「ハッコン、飲んでるぅー」
酔っ払いが絡んできたぞ。完全に出来上がっているラッミスが、俺に体を預けて地面に座り込んでいる。日本なら法的にアウトだろうが、この異世界の飲酒可能年齢は低いようだ。他にも高校生ぐらいにしか見えないハンターたちが、平然と酒盛りしているからな。
ラッミスは顔がふやけきっていて、幸せを顔面で表現している。こんなにも幸せそうな酔っ払い、初めて見たかもしれない。
「討伐に行ってから、いーーーっぱい苦労したけど。凄く充実していたよねぇ」
「いらっしゃいませ」
うん、それは同意するよ。こんなにも激しい戦いだったというのに、死者が一人も出なかったというのは、ハンターも含めて集落の全員が生きることに対して長けていたということだ。伊達に魔物が住む階層に住居を構えていないな。
ここの住民は普通の村人や町人と違い、皆が危険と隣り合わせで生きている。
俺が全く変わらない生身の状態で転移していたら、数日生き延びられるかどうか……自動販売機に転生させてくれたのは、本当に神の慈悲なのかもしれない。
「でね、うちは嬉しいんやぁ。皆が生きていたことも、めっちゃ嬉しいんやけどぉー」
素の口調になってきたな。瞼も今にも落ちそうだ。寝落ち寸前っぽいが、何とかギリギリのラインで踏ん張っているみたいだ。無理せずに寝ていいのに。
「ここに帰ってきて、みーんなが、ハッコンに駆け寄ってきたのがごっつうぅぅぅ、嬉しくてなぁ。ハッコンはいつの間にか、ここに必要な存在になっていたんやなって、だから、ほんまに嬉しくて嬉しくてう……すぅー」
あーあ、寝落ちした。
そうか、そんなことを思っていたのかラッミスは。本当に優しく温かい人だ。日本でこんな女性に出会っていたら、本気で好きになっていたかもしれないな。
おやすみ、ラッミス。また明日からも、よろしく。