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靴への執着

「ハッコンさんは、あの靴を提供したスオリさんとお知り合いでしたよね」


 俺の側面に口を寄せ呟くヘブイの声は低く、顔を確認していなければ別人かと勘違いしてしまうぐらいだった。


「いらっしゃいませ」


「私を紹介していただけませんか。あの賞品の靴について訊ねたいことがありますので」


 あの反応からして賞品の靴にかなりの思い入れがあるようだが、ここで断って単独で会った方が心配になるから了承しておこう。


「いらっしゃいませ」


「ありがとうございます」


 返事をすると、それからは席についてコンテストが終わるのを静かに待っている。

 視線は靴のみを追っていて、表情に感情は一切感じられない。これは早めに何とかした方が良さそうだ。

 閉会の挨拶があり辺りも少し暗くなってきた。もう、夕方か。

 夕焼けに染められた舞台周辺には人が徐々に減っていき、客席にいるのは俺とヘブイのみとなった。熊会長が立ち去る際に運ぼうかと声を掛けてくれたが、丁重に断りこの場に残ることにした。


「ハッコン、一位だったよおおおおっ!」


 駆け寄ってきたラッミスが勢いよく飛び込んできた衝撃で体が少し揺れる。

 その後ろからはシュイとヒュールミ、そしてキコユもいるようだ。スオリはいないのか。


「これで腹いっぱい食べさせて欲しいっす!」


 早速、無料お食事券を突き出してシュイが食事の要求をしてきた。

 ラッミスから無事もらえたようだな。今すぐ渡してもいいのだが、その前にやるべきことがある。

 取り出し口にキコユの好きな飲み物を落として、それを念動力で操り彼女の前に運ぶ。


「こ っ ち に」


 今まで何度も頼んでいたので、それだけで察してくれたようだ。キコユが歩み寄ると俺の体に手を触れてくれた。

 ヘブイがスオリに会いたいという意思を伝え、少し不穏な空気だから気を付けて欲しいということも話しておく。


『わかりました。黒八咫とボタンに守ってもらいますね』


 俺の方でも警戒しておくからよろしく頼むよ。


「す お り に」

「よ う」


「まだ、舞台の近くにいると思うので呼んできますね」


 近くで控えていたボタンにまたがり、舞台の方へと去っていった。黒八咫も上空から見張ってくれている。


「ハッコン、スオリちゃんに用があるの?」


「いらっしゃいませ」


「いえ、私がお会いしたかったので、橋渡しを頼んだのですよ」


 俺の背後で沈黙を守っていたヘブイが席から立つと、いつもの笑みを浮かべ微笑んでいる。何とか表情を取り繕うぐらいには落ち着いたのか。


「怪しいっすね。また靴が目当てっすか」


 シュイは端から疑ってかかっているな。これこそ、日頃の行いの結果だ。


「そうですね。ラッミスさん、優勝賞品として渡された、あの靴を見せてもらっても構いませんか?」


「うん、いいよ」


 ヘブイの性癖を知っているのなら躊躇いそうな場面なのだが、即答するのがラッミスらしいな。

 まだ一度も履いてないから何をされても関係ないというのもありそうだが。

 手提げ袋を手にしていたラッミスがそこから賞品の靴を取り出した。

 形状は膝下まで覆うブーツではなく、足首辺りまでしかない一般的な靴に近いのか。材質は革のようだが鉄のように硬そうな感じもする。

 赤い縁取りと表面に描かれている文字のような物が印象的だな。一文字すら読めないのは筆記体のように文字が崩れているからだ。


「大きさ、形……やはり、間違いありませんね……」


 靴に穴が開きそうなぐらい真剣に見つめているヘブイは、何かに確信が持てたようで一度目を閉じると天を仰いだ。

 そのいつもと違い過ぎる様子にシュイが眉根を寄せている。


「どうしたっすか。らしくないっすね。変なものでも食べたんじゃないっすか」


「貴女じゃあるまいし、拾い食いはしていませんよ」


「拾い食いはもうやってないっす!」


 もうって、以前はしていたのか。否定するポイントがずれている気がするが黙っておこう。

 それから二人の罵り合いが始まり、ヘブイも少しだけ調子を取り戻しているようだ。シュイもわざと突っかかったのかもしれないな。この場で一番付き合いが長いのは彼女だから。


「ハッコンさーん、スオリちゃん連れてきましたー」


 ボタンの背にキコユが乗ったまま、その後ろにスオリが乗っかっている。

 かなり楽しいらしく子供らしい笑みを浮かべていたのだが、俺たちの視線に気づくと表情を無理やり引き締めた。

 その状態で澄ました顔をされても滑稽なだけだと思うのだが。

 俺に触れるぐらい近くまでやってきたキコユたちは、そのままボタンに乗ったままこっちを見ている。〈結界〉の範囲にスオリを誘導してくれたのか。

 これで万が一、何か起こったとしても守ることができる。でも、ヘブイが凶行に走るとは思いたくない。様子はおかしいが、そんな男ではないと信じているぞ。


「初めまして、スオリさん。私はヘブイと申します。ハッコンさんと共に魔物の討伐やダンジョンを探索する仲です」


「ご丁寧にありがとうございますわ。よいしょっと。わらわはスオリと申します、以後お見知りおきを」


 ボタンにまたがったままでは失礼だと判断したようで、飛び降りると優雅に礼を返している。

 こういうところを見るとお嬢様っぽいのだけどな。護衛の黒服もいつものように近くに潜んでいるのか。


「わらわに何か用があるとのことでしたが」


「ええ、優勝賞品として提供された靴は、疲れ知らずの神足で間違いありませんか」


「へえ、これがそうなのか」


 ヘブイの質問に対してヒュールミが反応しているな。

 疲れ知らずの神足というのが靴の名前だと予想がつくが、彼女が知っているということは結構有名な品なのか。


「よくご存じですわね。靴職人として名高いログジエムの最高傑作の一つですわよ。これを履くだけで体が軽くなり、どれだけ歩こうと疲れを感じることがないと言われていますわ」


 それが本当なら凄いことだが、疲労回復の魔法か何かが付与されているのだろうか。

 というかそんな希少な物をコンテストの賞品にしたらダメな気がする。


「何足か作られたらしいが、全てデザインや色が微妙に異なっていて、こだわりを持つ職人だったって話だぜ」


 なるほど。一品だけではないのか。そりゃそうか、そんなに便利な機能を備え付けられるなら、誰もが欲しがるよな。


「もし、宜しければ、その靴を何処で手に入れたのかを教えていただきたいのですが」


 譲ってくれと交渉するのかと思っていたのだが、購入先を知りたいのか。


「ええ、それは構いませんが。ええと、少々お待ちください」


 スオリがその場で二度手を打ち鳴らすと、狭い路地の隙間から黒服の男が現れて背後に立った。


「この靴を何処で手に入れたかわかりますか」


「はっ、それは旦那様が灼熱の砂階層で手に入れたと仰っていました」


「だそうですわ」


「灼熱の階層ですか、どのような人物から購入されたかもわかりますでしょうか」


「答えて差し上げて」


「はい。灼熱の砂階層の魔道具屋で購入されたそうです。かなりの掘り出し物だったので、旦那様が嬉しそうに話していたのを覚えています」


 そんな大事な品をコンテストの賞品として提供して、スオリは後で怒られないのだろうか。

 灼熱の砂階層はまだ行ったことのない階層だな。熊会長がハンターを向かわせているそうだが、未だに連絡がないと零していた。


「そうですか、灼熱の砂階層ですか。ありがとうございます。靴好きとしては、この珍しい靴をどうやって手に入れたのか興味がありまして」


 理屈は通っている気がするが、頭を下げた際に見えた表情を見て寒気がした。

 笑みが消え、細く開いた瞼から見える鋭い眼光。

 彼は一体何を胸に秘めているのか。

 その場はそれ以上何もなく、スオリたちも立ち去っていった。

 ヘブイのことは気になっていたが、主催者による打ち上げがあり俺も連れ出されたので、その日は追求することも話を聞くこともできずに朝を迎えた。





 いつものハンター協会前に設置されているのだが、俺の前には地面に転がっている人々の群れがあった。

 昨晩は大量にアルコールが売れたな。ここが稼ぎ時とばかりにチューハイやカクテルや日本酒を並べたら飛ぶように売れて、宴会が盛り上がり過ぎた結果がこれだ。

 おつまみ類も大量に捌けたので俺としてはほくほくなのだが、結構な数の酔っ払いがそのまま酔いつぶれてしまい、この有様になった。俺は悪くない。

 今日はスポーツドリンクとしじみ汁が売れそうだ。二日酔い対策の品を並べて、今日の売り上げを見込んでいると、駆け寄ってくる人影があった。


「ハッコン! ヘブイ見なかったっすか!」


 悲痛な表情で叫ぶシュイの声が、清流の階層での楽しい日常の終わりを告げる音に――聞こえた。


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