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一難去って





 激しい戦いを繰り広げながら戦場がじわりじわりとこっちに迫っている。王様蛙は弱って動けないハンターたちを先に食う気なのか。肉食獣は群れの中でも弱い物を獲物にするって言うしな。

 結構距離があるというのに熱気がここまで伝わってきているようで、ラッミスとハンターたちがしかめ面になっている。

 戦闘中のハンターたちがこちらの存在に気づいたようだが、俺たちに何か言うよりも先に王様蛙がこっちに向かってきた。

 どうせ逃げられない。だとしたら無駄だとしても足掻かないと損だろ!


「みんな、構えて!」


「おうさっ!」


 全員が荷台の縁に並び、コーラの中にキャンディーを放り込み指で栓をする。そして、泡がペットボトル内に充満したところで――


「目を狙って放出!」


 ペットボトルの口から勢いよく飛び出した黒い飛沫が、接近してきた王様蛙の目玉に向かっていく。炎に触れて一気に蒸発するが、まだまだ在庫はある。

 王様蛙は鬱陶しそうにこちらへ攻撃を加えようとするが、火の勢いが弱まったことで他のハンターが攻勢に転じている。そこで更に嫌がらせの二発目が飛ぶ。

 何とか団の副団長であるフェルミナさんも便乗して水を放出してくれたおかげで、こちらのコーラスプラッシュが相手の目に届いた。


「グゲグゲゴオオォォ!」


 あ、激しく瞬きをしている。コーラって目に入ると痛いんだよな。わかるわかる。

 暴れている王様蛙の隙をハンターたちが見逃すわけもなく、一斉に攻撃を加えはじめた。

 さて、やるべき嫌がらせはやったし、後は任せてもいいだろう。今の内に撤退だっ!


「逃げるよーっ!」


 荷台を引いて全力で逃げるラッミスの背で揺られながら、遠ざかる王様蛙に別れの言葉を手向けることにした。


「またのごりようをおまちしています」





 視界を奪われたことで、すぐに王様蛙は倒されたのだが、今更だがふと思ったことがある。

 遠距離からラッミスの怪力で次々とコーラというか飲料を投げつけたら済んだ話じゃ……。あ、でも、不器用そうだし投げて当たらない確率は高いよな。それに、それを伝える術もなかったし。と、言い訳をしておこう。何でもそうだが冷静さを失うと人は突飛な発想になるようだ。

 結果論で言えば、上手くいったのだから文句はないのだが、もっとやりようがあったよな。うん、反省しよう。


「上手くいって良かったねー、ハッコン」


「お前のおかげだぜ、ハッコン」


 称賛してくれるのは嬉しいが、どうにも複雑な心境だ。これが何でも出せる仕様なら、それこそガスボンベでも取り出して投げてもらえれば、大爆発で倒せたかもしれないが、俺が今までに自動販売機で購入したものという縛りがあるからな。

 カセットボンベやスプレータイプの整髪料もそうだが、ガスが入っている商品は衝撃と温度に弱いらしく、実際はどこかにあるのかもしれないが、俺は自動販売機で一度も見たことが無い。

 他の策も今のところ思いつかないし、結局はこれしかなかったのか。うーん、もう少し自分の機能を知っておかないと駄目だな。


 あとまあ、反省点と言うか何と言うか……ポイントの消費量がっ。2リットル対応と棒状キャンディー販売機モードの二つで2000。そしてコーラとキャンディー購入で合計40ポイント。2040ポイントを使ったことになる。

 それで何とか成ったのだから良しとしておこう。


「無茶をするでない。胆が冷えたぞ」


「ごめんなさい、会長」


 こちらに歩み寄って苦言を呈する熊会長に、深々と頭を下げているラッミス。音声を切ったら、食べないでと熊に懇願する少女のようだ。


「だが、助力感謝する。こちらの失態でお主らを危険に晒してしまった。この通りだ」


「そ、そんな、こっちこそ無茶をしちゃってごめんなさい」


 熊と少女がぺこぺこと頭を下げあっている。シュールだが微笑ましい光景だ。

 負傷者は出てしまったが、再起不能までの重傷者はいないようで、熊会長が胸を撫で下ろしていたのが印象的だった。


「皆、ご苦労だった。休憩を取った後に、帰路へ着こう。だが、集落に戻るまでが遠征だ。油断はせんように」


 熊会長の話が今回の戦いを締める言葉となった。





 戦闘後から今まで特記するようなイベントもなく、夜は疲れ切っていて料理を作る気力もなかったようで、自動販売機の売り上げが過去最高金額を叩きだしたぐらいだろう。

 あ、そうそう。あと、妙にコーラが流行っている。被った人があの味に興味を持ったという理由と、自分たちを助けてくれた飲料に感謝の意味も込めて飲んでくれたようだ。

 ちなみに、入れたら噴き出すあのキャンディーは暫く封印することになる。あれは自動販売機の形から変えないといけないので、他の商品を置けなくなる。


 あれから森で一晩明かし、次の日の昼過ぎに全員揃って集落にたどり着いた。

 やっと疲れた体を思う存分休められると、安心しきっていた俺たちを迎えたのは――至る所から煙を上げている集落。おいおいおいっ!

 木製の杭を打ち込んだけの壁の一部分が倒壊している。木製の門も破壊されているが……門番のカリオスとゴルスはどこだっ! 無事でいてくれ。


「ど、どういうことだ! 皆、疲れているところ悪いが、もう一踏ん張りしてもらわねばならぬようだ」


 まだ体力が回復していない荷台にいるハンターを残し、大半の者が集落へと駆けて行く。

 自力で動けないこの身が恨めしい。俺も彼らに追従して集落に飛び込み、門番と宿屋の女将とムナミ。そして常連の客たちが無事か今すぐにでも確かめに行きたい。

 だが、俺は自力で動けない。走るどころか歩くことすら……。


「み、みんなは、ムナミ、女将さん……」


 今にも泣きだしそうなラッミスの声を聞いて我に返った。俺が落ち込んで動揺してどうする。ラッミスは俺なんかとは比べ物にならないぐらい、長い付き合いをしてきたんだ。

 友達と言ってくれた彼女の為にすることがあるだろ!


「い こう   かをとうにゅうしてください」


「えっ、ハッコン?」


「ありがと  うごこう  かをとうにゅうしてください」


 ずっと考えていた、どうやれば意思の疎通が可能かを。話せる言葉は限られている、だがそれを組み合わせれば、会話ができるのではないかと。

 話せる言葉は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「またのごりようをおまちしています」「あたりがでたらもういっぽん」「ざんねん」「おおあたり」「こうかをとうにゅうしてください」これだけだ。

 そして、そこから好きな言葉を抜き出すことはできないが、初めの言葉を話した後に次の言葉を被せることで、違う言葉を生み出せないか。何度も頭で文章を組み立て、深夜の人気のない時間に何度も繰り返し、俺は被せて言葉を消すことと、発音の速度を変更することが可能になった。


 初めは「いらっしゃいませ」の「い」を発音した後に「こうかをとうにゅうしてください」を被せて後半を遅らせただけだ。二回目は後半を区切って「うごこう」と言葉にしたが、伝わっているのだろうか。


「そうだね。動かないとどうしようもないよね! 行くよ、ハッコン」


「いこうか  をとうにゅうしてください」


 片言でもどかしいが、会話が成立した喜びはぐっと抑え込む。いつか、言葉を途中からでも抜き出せる様になれば、一文字ずつの組み合わせで話せる日が来るかもしれない。日々鍛錬あるのみだな。

 彼女と共に集落の中に入ると、テントや数少ない建造物が無残にも破壊されていた。これは何かに襲撃されたって事だよな。足元に視線を落とすと、地面には巨大な溝がそこら中にあった。

 これって、何か巨大な綱でも擦りつけたかのような……倒壊している建物もよく見ると、外から内に向けて握りつぶされたような、跡が残っている。つまり、これをやったのは――。


「宿屋、宿屋はどうなっているの!」


 自動販売機を背負っているのが信じられない速度でラッミスが駆けている。気持ちはわかるが、これをやった何かがまだいる可能性もある。

 これは言葉の組み合わせで忠告するのは無理か。さっきの方法で話すには予め使えそうな言葉を覚えておく必要がある。この状況で咄嗟に思いつくのは難しい。

 忠告できないなら、俺が彼女の代わりに気を配るしかないか。

 テントは九割方破壊されている。宿屋に向かうまでの道に人の姿を一人も見かけていないのが気になる。殺されていたとしても死体が転がっている筈なのだが、それすらもない。

 どういうことだ。全員が避難しているのであれば、それが一番だが。


「あ、あった! そ、そんな……酷いっ! 女将さん! ムナミ!」


 悲壮な声を上げ叫ぶラッミスの見たものは、倒壊寸前の宿屋だった。二階建ての木造建築だった宿屋は見る影もなく、屋根は吹き飛び二階と一階の中間部分が内側に捻じられたようになっている。

 扉も歪んでいるので、もう扉としての機能を果たせない。他もまだ崩れていないのが不思議なぐらいで、何か衝撃を与えたら今にも崩れ落ちそうだ。

 このままだと、ラッミスが飛び込んでいきかねない。どうにかして落ち着かせないと。この状況で適した言葉を組み合わせるしかない。


「返事をして、二人とも!」


 宿屋に突っ込む気か。ええい、何とかしないと! その時、咄嗟に頭にひらめいた言葉を俺は口にした。


「あた ま ざんねん」


「ひ、酷いよ、ハッコン!」


 あ、怒ってらっしゃる。でも、今ので感情が切り替わって少し冷静になれたようだ。大きく深呼吸を繰り返している。


「ごめん、ハッコン。今この建物に触れたら壊れかねないもんね。それに、返事が無いって事は……どこかに避難しているかもしれないってことだし」


「いらっしゃいませ」


 はい、いいえ。で答えられるときは今まで通りでいくしかない。

 ラッミスがいつもの感じに戻ってくれて助かった。ざっと目を通しただけだが、宿屋とその周辺に血の跡はなかった。そう信じたいという願望が入ってないとは言えないが、無事の可能性はある筈だ。


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