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商売敵

 門の先は燃え尽きた集落だった。

 原形を留めている家はなく、全て焼け焦げ灰と化している。近くの骨組みだけとなった家だった物にラッミスがそっと手を触れると、力もいれていないのに脆く崩れ落ちた。


「まあ、落ち込んでもしゃーないわな。なくなったもんは今更どないもならへん。後は無事に清流の湖階層に逃げてるとええんやけど」


「そうだな、転送陣の置いてあった場所に向かうとしよう」


 闇の会長の肩に熊会長が手を添えている。昔、同じチームでハンター稼業をしていただけあって、他の会長と比べて親しげだ。

 もしかして、火災のせいで転送陣が壊れているのではないかと心配したのだが、その心配は無用で小屋は崩壊していたが転送陣は光を放ち健在だった。


「転送陣は生きているぜ。問題なく稼働している。最近使った形跡もある」


「ってことは、みんな転送陣を使って避難できたってことだよね!」


「みてえだな、ラッミス」


 ヒュールミの言葉にラッミスが手を打ち合わせて喜んでいる。残りの仲間もほっと安堵の息を吐いていた。

 これで全員が避難できていたら最高なのだが。こればかりは、戻ってみなければわからないか。

 そういえば、清流の湖階層に戻るのってかなり久しぶりだよな。

 一ヶ月? 二ヶ月ぐらい経っているのかな。夏の盛りに始まりの階層へ向かって以来だから、みんな元気でやっているだろうか。


「では、戻るとしようか……我が家へ」


 熊会長にとってハンター協会は我が家のようなものだよな。

 戻ったらやるべきことが山のようにある。常連やお客が商品を待ち望んでいるだろうし、飲食店に材料や調味料を卸さないと。

 また別階層に向かうことになるだろうけど、それまでは異世界の故郷でもある清流の湖階層でのんびり過ごしたい。


「んじゃ、起動させるぜ」


 俺たちは転送陣から溢れる光に呑み込まれ、闇の森林階層を後にした。





 何事もなく転送が終了した俺たちは扉を抜けて長い廊下を渡り、ハンター協会のホールへと入っていく。


「会長、お帰りなさい! あ、皆さんも無事だったのですね!」


 カウンターの向こうにいた女性職員が立ち上がり、感極まった様子で駆け寄ってくる。


「皆、息災か」


「はい、魔物も大人しいですし復興も順調です。あっ、半日ほど前に闇の森林階層から大量の人々がやってきましたので、簡易の住居へ案内しましたが宜しかったでしょうか?」


「うむ、助かる。ということは、ハンター協会の北西部のテントだな」


「そうです」


 それを聞いて闇の会長がハンター協会を飛び出していった。

 確認は任せても大丈夫だろう。それに、今、その場に居合わせるのは場違いだろうしな。


「無事かどうかの確認は闇の会長に任せるとしよう。皆、ご苦労だった。報酬は用意しておくので数日待ってくれ。次の階層への救援は情報を集めてからとなる。方針はその後、決めさせてもらおう。本当にありがとう。ゆっくりと体を休めてくれ」


 熊会長が解散を伝えると、各自が思い思いの場所に散っていく。

 老夫婦は家族の元へ。

 熊会長は会長室へ。

 キコユたちは荷台を引いたままなので、ホールにいると邪魔になると思ったようで取りあえず外に出たようだ。

 ヒュールミとラッミスは特に思いつかなかったようで一緒にホールにいる。


「どうしよっか。お家でゆっくりする?」


「慌ただしかったから、それもありだが……ハッコンはどうしたいんだ?」


 俺はやっぱり商売がしたいかな。俺が帰ってくるのを待ち望んでいた人も多いだろうから。食料問題も心配の種だしな。


「お し ご と」

「し た い」


「久しぶりにここで商品売りたいんだね。うんうん、みんなもきっと喜ぶよ!」


 ラッミスに背負われたまま扉を抜けて、いつもの定位置に降ろしてもらった。

 はああぁ、落ち着くなこの場所。さあ、張り切って商売するとしますか!

 きっと人だかりの山となって、飛ぶように売れるのだろうから気合入れないと。


「いらっしゃい  ませ」


 元気よく音声を再生しようと思ったのだが、有る光景を見てしまい音量が下がった。

 俺の視線の先に人が集まっているのだ。そこにはスキンヘッドのカリオス、角切りのゴルスの頭も見える。

 飲食店の店主たちもいるようだが、何をしているのだろうか。

 集中して声を拾ってみよう。


「俺は新鮮な野菜を頼む」


「果物はあるか」


 これはカリオスとゴルスの声だよな。


「材料が尽きかけていたんだ。前に貰ったやつ三十ずついけるかい?」


 この声はたぶん飲食店の店主の一人だよな。ということは、野菜の販売をしているってことか。

 あ、うん、人垣の中にいる人物に思い当たる節がある。あれだ、キコユだ。


「皆さん並んでください。お野菜はたくさん用意しますから、ちゃんと一列に並んでください」


 正解だ。あの声はキコユで間違いない。

 取り囲んでいた人々が一列に並ぶと、土の球で即座に野菜を作り出しては荷台に積んでいき、それを黒八咫が器用に三本足で掴み渡していっている。首元にお金を入れる袋をぶら下げているな。


「あー、前にキコユちゃんたちが、この階層に移動した時に、お野菜を売ったら大盛況だったって話していたよ」


 なるほど。俺とラッミスとヒュールミは闇の森林階層に飛ばされてしまったが、他の面々は清流の階層に戻れたのだった。

 その時に顧客を奪われたということかっ!

 ぐぬぬぬぬ、これは鎖食堂よりも厄介な相手だぞ。


「いらっしゃいませ いらっしゃいませ いらっしゃいませ」


 並んでいる客の気を引く為に最大音量で放つ。

 その場にいる全員が俺に気づいたようで、視線が一斉に集まった。


「おっ、ハッコンじゃねえか! 帰ってきたのかっ!」


 列の半分ぐらいがこっちに向かって走り寄ってきている。

 カリオスとゴルスの門番ズは心底嬉しそうな笑顔を浮かべてくれているので、少しおまけしてあげよう。

 ハンターたちの大半は俺の元に来たのだが、飲食店の店主や女性陣は殆ど向こうに残っている。後でこっちに来るかもしれないが、優先順位は向こうが先のようだ。

 飲食店関係はわかる。野菜の品質では正直敵わないからだ。そりゃ、食事を提供する側としては美味しい野菜を提供したいだろう。

 主婦っぽい方々も食材が欲しいのだろうから納得だ。


 だが、若い女性や一部のハンターは目的が違うように見える。あの緩んだ表情はキコユと動物たちの可愛さにやられた面々か。売り子としてはかなり質が高いもんな。

 ま、まあいい。俺は大人だし、いつものように販売をすれば直ぐに客を取り戻せる。そう、いつもと変わらない販売方法で対応するだけでいいのだ。

 それだけで以前の賑わいが戻ってくる。


「ハッコン、マジで久しぶりだな! 一ヶ月、いや二ヶ月ぐらいか。って、話しこんでいたら後ろの奴らに怒られそうだ」


 ずらっと並んでいるので確かにそうかもしれない。


「んじゃ、まずはおでんを二つもらおうか。後は元気になる水がいいか……」


 久しぶりなので真剣に悩んでいるな。

 ちらっとキコユたちの方へ視線を向けると、あっちも盛況で列の長さはこっちと同じぐらいに見える。

 さてとっ、別に深い意味はないけど〈自販機コンビニ〉にでもなろうかなー。

 別に目新しさで客を呼び込もうとしている訳じゃないけど、前からカリオスとゴルスにはコンビニの商品を提供するつもりだったしぃ。

 〈自販機コンビニ〉にフォルムチェンジをしてお勧めの商品を並べていく。


「おおおっ、なんだこれ!? 見たことがない商品しかねえぞ。この三角形のは何だ? 一番下の段の飲み物っぽいやつも見たことねえぞ!」


 良いリアクションだ、カリオス。宣伝担当として百点を上げよう。

 その叫びに反応した住民たちが一斉に俺へ注目した。

 列に並んでいた人々も体をずらして並んでいる商品を覗き込んでいる。見たことのない商品の数々に興味津々だな。


「あの下から二段目のは何だ。食い物だとは思うけどよ」


 その質問を待っていたよ、カリオス。それに対する返答はこれだ。


「お か し だ よ」


 その声が聞こえたようで、キコユの列に並んでいる女性陣が目を限界まで見開き、こっちを凝視している。

 女性を落とすには甘い物が一番というのは異世界でも変わりはない。

 見るからに旨そうなケーキもあれば、見たこともない味の想像がつかないスイーツの数々。あっちの果物は素の状態でも旨いそうだが味の想像はつく。

 こっちは見た目だけでは全く判断できない。さあ、どっちを選ぶかな。

 ふらふらと女性陣がこっちに吸い寄せられてきた。よっし、ここで一気に虜にしてみせるぞ。

 キコユがチラチラこっちを見ているな。若干悔しそうな表情だ。


 別に恨みがある訳でもなく、彼女も食料が足りなくて困っていた人たちに売っただけの行為で咎められ恨まれるいわれはない。

 だけど、商売とは客の奪い合い。これも世の中の非情さだ勘弁してほしい。と上から目線で調子に乗っていたら、翌日。


「はい、並んでくださいねー。あまーーい、石焼きシテミウマまだまだありますよー」


 焼き芋を始めるとは考えたな。

 季節は夏を過ぎた秋。そこで焼き芋を出されたら、そりゃ女性客の大半がそっちに流れる。

 ぐぬぬぬぬ、このライバルとは厳しい戦いが続きそうだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 闇の森林階層で、木に変えられた女子供、老人が、その場から無事に立ち去ったかの描写が無かった。人間の姿に戻れたなら、元の位置から木が無くなってた記述があっても良さそうなものだが。 あとハ…
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