全速力
七章開始です。
キャラも増えてきたので序盤は穏やかに今までのキャラ説明も兼ねた展開にしようと思っています。
敵の幹部を捕え連行しつつ、闇の森林階層の集落を目指している。
地面は炭化した木々で埋め尽くされ黒と灰色で染められている。自然豊かだった森林はもう何処にもない。
燃え広がった炎は全てを燃やし尽くして自然鎮火した。
「また、何十年かはこの階層を使えんようになってしもうたなぁ」
漆黒の闇を人型に凝縮したような外見の闇の会長は、辺りを見回しながら大きくため息を吐いた。
闇の会長の纏う空気のせいか、派手すぎる色彩の金色のコートが今は色あせて見えてしまう。
表情のわからない真っ黒な顔だというのに、どこか寂しげだ。
「気を落とすな……と言われても無理であろうが、住民たちは全て清流の湖階層で受け入れる。そこは安心していい」
「ありがとうな、清流の会長はん」
巨大な熊である清流の会長が闇の会長を気遣って声を掛けた。
返す言葉は安堵した声で、いつも無駄にハイテンションな口調は鳴りを潜めている。
そりゃ落ち込むよな。自分が担当していた階層がこんなにも無残な姿を晒しているのだから。
この階層が元に戻るには数十年かかるそうだ。魔物も発生しなくなるそうなので、もうこの階層にハンターたちがいる意味もなくなってしまう。
「みんな、ちゃんと避難できたかな」
「大食い団の足なら火が到達する数時間前には着いている筈だぜ。それに、あの嗅覚と聴覚があれば、人を探して誘導するのも楽ってもんだ」
「そうだね、うん」
大きな胸を抱え込むように腕を回して不安そうなラッミスを励ますように、ヒュールミが大声で説明している。
小柄な体格なのに俺を楽々と背負う彼女の密着した背中が、少しだけ震えている。
そんなラッミスの不安を感じて、ヒュールミは闇の会長にも良く聞こえるように、わざと大きな声で言っているのだろうな。
彼女は話し方が少し乱暴できついことを言ったりもするが、姉御肌で実は根が優しいことを俺は知っている。今もミルクティー色の髪を掻きながら照れているのがその証拠だ。
集落を出てから約一週間でここまでやってきた。だけどそれは、木々を伐採しながら進んだので距離的にはそんなには稼げていない。
大食い団の足なら全力で駆ければ半日も経たずに集落にたどり着ける。
そこからハンターたちに説明して彼らと一緒に木となっていた住民を探し、転送陣を起動させて清流の湖階層に送ればいい。
木に変化している住民がいた場所は闇の会長が集落の地図に書き込んでいたので、そんなに時間はかからないと思う。パニック状態だったとしても、大食い団の見た目の愛らしさで和んでくれるのを期待しよう。
「やるべきことはやったのだから、今更うじうじ考え込まんでええ。もし、最悪の結果が待っておったとしても、これ以上の成果は得られんかったと、わしは思うぞ」
「そうですね。人事を尽くしたのです、あとは天命を待つしかありませんよ」
シメライお爺さんとユミテお婆さんの声がすっと心に染み入る。
酸いも甘いも噛み分けてきた老夫婦の言葉は重く、優しかった。
二人も着物のようなデザインの服を着込んでいるので、たまにここが何処なのか混乱しそうになる。
和服に似た服が存在するということは、この異世界の何処かに日本と似た文化の国があるのか、もしくは俺や畑さんのように転生した日本人が遠い過去にいたのかもしれない。
「それに、みんな無事かもしれないっすよ! 命があれば、全てを無くしても結構何とでもなるっす!」
明るく元気よく言い放てるのは、シュイが孤児院で育ってきたという経験があるからだろう。同じ言葉を平和な日本で生きてきた俺が口にしても説得力は皆無だろうな。
彼女は髪が短くて背も低いので一見、男の子のように見えるのだが体は立派な女性だった。一度、裸を見たことがあるので間違いはない。
「人は足と靴があれば歩いて行けるのです。それがどんなに困難な道であっても」
良いことを言っているように聞こえるのだが、ヘブイが靴を絡めると途端に胡散臭くなってしまう。
見た目は理想的な人の良い聖職者で白いコートの様な法衣も似合っているのだが、中身は靴フェチの変態だ。
「そうですよね。諦めちゃダメですよ。強く想う心があればなんだって出来ます」
「ブフォオオ」
「クワッカ」
白いコートを着込んだ可愛らしい姿でキコユが何度も頷くと、それに合わせてボタンと黒八咫も鳴き声を上げている。
小さな少女にしか見えない彼女だが実年齢は不明で、実際はラッミスと大差ないか少し上ではないかと予想している。
ボタンは白いウナスス――角の生えた猪なのだが、その体格は一般のウナススを遥かに凌駕している。
黒八咫はカラスに似たキリセという鳥で、目と脚が三つあるのだが怖いという感情を抱くことがない。鳥だというのにきりっとした目つきで知的なのだ。実際、この二匹は人間に匹敵するぐらい頭がいいらしい。
そんな彼女たちは俺と同じく日本から転生してきた畑を救う為に、俺たちと同行している。いつか彼に会って話をしてみたいものだ。
「そうだな、悩んでいても仕方がない。帰路を急ぐとしよう」
熊会長が二足歩行から四足歩行モードになり、本気で走る準備に入った。
ラッミスは俺を背負った状態で走るようだ。普通は自動販売機を背負えるだけでも凄いことなのだが、俺を背負っていても平然と走れるのだ。
「ボタン少し速く走ってもらっていい」
「ブフォブファ」
ボタンが嘶き、足元を前足で引っ掻いている。走る気満々のようだな。
特製の荷台を引っ張っているのだが、その上にはヘブイ、シュイ、キコユ、老夫婦、闇の会長、ヒュールミが乗っている。特殊な紐で簀巻きにされた冥府の王の配下であるカヨーリングスもいるが、彼女は幽霊みたいな存在なので重量はない。
あと、樽も幾つか載せていたのだが二つを除いて捨ててきた。除草剤はもう必要ないので邪魔になると。
一斉にスタートを切ったのだが、まずトップに躍り出たのは紳士な熊でお馴染みの清流の会長こと熊会長だ。
日頃は二足歩行なのだが、本気で駆ける時は四足になり速度が比べ物にならないぐらい上昇する。
数メートル離れて後を追うのは俺の相棒ラッミス。自動販売機を背負うという尋常ではないハンディーがありながらも、常人よりも速く走っている。
このまま、熊会長の独走となるかと思った矢先、後方から追い上げてきたのは白い弾丸ボタンだ。
スタートダッシュは遅れたが、徐々に加速して今や最速で迫ってきている。
荷台を含めた重さはラッミスに匹敵……いや、それ以上だろう、だというのにあの脚力は流石の野生動物というべきか。ぐんぐんと距離が縮まっていく。
「あかんよっ、このままやったら負けてまう!」
何となくレース実況をしている気分になっていたが、全員が真剣に本気で競い合っているな。ラッミスも負けたくないようだ。
ここでフォルムチェンジをして〈ダンボール自動販売機〉になったら一気に軽くなるが、二時間しか変化できないのでいずれ追い付かれる。となると、俺の取るべき手段は――商品を消すことだ。
自動販売機の中に満載されているペットボトルや缶を全て一時的に消した。
これにより数百キロ減ることになる。自動販売機は商品がない状態だと四百キロ程度で、商品を満載すると品にもよるが重さは八百キロ近くなる場合もある。
「あ、軽くなった! ありがとう、ハッコン」
「いらっしゃいませ」
相棒として当然のことだからね。お役に立てたのなら光栄だよ。
俺は自動販売機だから自分で歩くことも動くこともできなかった。そんな時、ラッミスに出会い世界が一気に広がった。
彼女がいてくれたから、今の俺がいる。
ただの駆けっことはいえラッミスを負けさせるわけにはいかない。二人が組めば勝利は間違いなしだ。
「う、うおおぉぉぉぉ、ちょ、ちょっと速すぎないかあああぁぁ」
「ボタン、ねえ、ボタン。そんなに本気で走らなくてもいいんだよ。ねえ、ボタンさん、聞いてるっ!?」
ボタンが引く荷台でヒュールミの叫び声と、必死に説得して速度を緩めようとしているキコユの声がする。
そんな声には聞く耳も持たず、ボタンは前だけを向いて疾走している。野生の血が騒ぐのかイノシシの本能か。これこそ猪突猛進というやつなのかもしれない。
老夫婦と闇の会長は平然と俺から購入した飲み物を口にして談笑している。これが場数の違いか。
ヘブイは平然を装っているが汗が一筋流れ落ちたのを見逃さなかった。シュイは拳を振り上げて「いけいけー!」と煽っている。
熊会長も負けていられないと更に速度を上げた。会長とはいえ元ハンターとして勝負事で負ける気はないようだ。
くっ、このままではラッミスが負けてしまうかもしれない。こうなったらコーラスプラッシュで相手の妨害をするしかっ!
と邪魔をしようかとも考えたのだが、純粋な脚力勝負に水を差すのは駄目だと判断して大人しく見守ることにした。
かなりの距離を走り抜け、焼け焦げてはいるが辛うじて立っている門跡が目に入った。
ラッミス、ボタン、熊会長が一瞬だけ目を合わせて小さく頷く。
どうやら言葉にせずともあの門跡がゴールだとわかりあえたようだ……今更だが何やっているのだろうな。
全員がラストスパートをかける。ここまでの距離を走ってきたというのに体力を全員残していたようで、更に速度が上がっている。
ちらっと荷台に視線を向けると、キコユとヒュールミが荷台のへりにしがみ付いていた。万が一振り落とされても、お爺さんが魔法で何とかしてくれるだろう。
門跡まで残り十メートルぐらいか、ここで〈ダンボール自動販売機〉にフォルムチェンジだ!
背中の重量が一気に消え去り、足かせとなっていた重さから解放されたラッミスは、急に消えた背中の軽さにバランスを崩して――豪快に転んだ。
「あぶぶぶぶぶぶあぁぁぁ」
俺を背負った状態でヘッドスライディングをしている……ごめんよ、ラッミス。体頑丈だから大丈夫だと思うけど、後でお婆さんかヘブイに治療してもらおうな。
ラッミスが俺のせいで自爆したことにより、ボタンと熊会長の一騎打ちとなった。
ゴールは目前で残り数歩で到達する。今のところ角の長さでボタンが有利だ。これはもう、ボタンの勝利確定か。
そう思っていた俺の考えを嘲笑うかのように、黒い弾丸がボタンと熊会長の頭上を掠め門跡に跳び込んでいった。
「なんと、黒八咫か」
すっかり忘れていたが黒八咫も上空から参戦していたようだ。
ゴールした熊会長とボタン、そして転んでいるラッミスと俺を見下ろし、優雅に上空を旋回している黒八咫がいた。
「鳥だけに、美味しいとこどりやな」
闇の会長の下らないギャグで競争の幕が下りた。