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敵の刺客

 黒く焼け焦げた老大木魔をバックに上からゆっくりと下降してくる者がいた。

 重力に従わない落下速度なので、飛行能力があるのかそういった魔法が使えると考えた方がいいだろう。

 それは、かなり異様な格好をしている。

 体に貼り付く黒く光沢のある革製のワンピースで肩と胸元が剥き出しになっている。腰や首や腕には銀色の細い鎖が巻き付き、独特なセンスをしているようだ。

 何と表現すればいいのだろう。煽情的で画期的な格好をした囚人といった感じだろうか。

 目元も黒くふちどりされていて唇も黒い。髪は黒髪で腰より下まで伸びている。

 黒焦げた老大木魔をバックにそんな格好では溶け込みそうなものなのだが、何故か全身が少し発光しているのだ。


「靴はブーツですか……でも透けていますので脱がせそうにないですね」


 ヘブイに言われて気づいたのだが、確かにほんの少し体が透けている。ということは、幽霊や精霊といった存在なのかもしれない。

 ラッミスは相手を興味深げに眺めているだけだが、他のメンバーは自然体を装いながらも警戒しているようだ。


「お主は何者だ」


 熊会長が問いかけると、透けている女性は空中でピタリと動きを止めた。

 こっちを面倒そうに見下ろす目つきは、お世辞にも友好的なものではないな。


「てめえらこそ、何者だぁぁ! 俺様は絶叫の歌姫と名高いカヨーリングスだぜぇ!」


 名乗り通り絶叫を上げて舌を出し、首を掻っ切る仕草をしている。女性なのに俺様って……キャラが濃い人がまた増えたのか。

 ここ最近出会ったまともな相手は、キコユと黒八咫とボタンだけかもしれない。

 本来なら驚く場面なのだろうが、見た目のインパクトは闇会長に劣るし、声が大きくて口が悪いだけで正直リアクションに困る。

 もっとキャラを立てたいならヘブイの変態性や闇会長ぐらいの個性が欲しいところだ。

 見た目の奇抜さと目元の縁取りと唇の色のせいで誤魔化されているが、その変な化粧を落として大人しい格好をさせたら似合いそうだな。


「名高い? ヒュールミ知ってる?」


「そっち系は疎いからな、聞いたこともないぜ」


 ラッミスの素直な疑問に素っ気なく答えている。

 仲間を見回し見ても誰一人として、名高いらしい絶叫の歌姫を知る者がいないようで、小首を傾げているぞ。

 自称有名人だとしたら、中々に痛い人だ。


「ふむ、お主が何者かは知らんが、こんな場所で何をしている」


「おいおい、俺様を知らないなんて何処の田舎者だ」


「何処って、ここは何処やと思ってんねん。ダンジョンに決まってるやんけ」


 闇の会長が相手に手の甲を突き出す感じのモーション付きで、ツッコミを入れている。

 実は外の世界では有名人なのだろうか。


「あーやだやだ。穴倉に引きこもって世情にも疎い馬鹿共の相手をするのは。おつむまで暗くなってんじゃねえのかっ」


「ふむ、馬鹿で結構なのだが、お主はこんなところで何をしている」


 熊会長は罵倒されても意にも介さずに、冷静な態度で質問をしている。

 二人のテンションが真逆だな。


「けっ、俺様か。俺様の目的はこの階層を火の海にして、左腕将軍の邪魔をしている愚か者と、階層中の人を皆殺しにすることだぜええええっ!」


 両腕を天に掲げる必要があるのかと問いたいところだが、今はその発言の方が重要だ。

 火を放ったのはこいつで俺たちを含めた全員の殺害が目的だと口にした。それにしては、標的である俺たちのことを把握していないようだが。

 この場に居る殆どの人がそのことを考慮していたようで、全員が武器を構えている。


「つまり、冥府の王側と判断して間違いないのだな」


「そうだぜえええっ。俺様は冥府の王の忠実なる配下の一人、小将軍カヨーリングス!」


 小将軍ときたか。確か魔王軍では右腕将軍、左腕将軍、右脚将軍、左脚将軍と呼ばれる四人の肢体将軍がいて、その二十指将軍がいるのだったか。

 俺たちが相手にしている冥府の王は左腕将軍で、配下に小将軍、薬将軍、中将軍、人差将軍、親将軍を揃えている。

 小将軍ってことは五人の将軍の中では最も地位が低いのか。

 それでもかなりの強敵であるのは確かなのだが、冥府の王を相手にした経験があるので、あの時程の絶望感がない。

 それよりも、ようやく内情を知ってそうな人物の登場に胸がざわつく。

 この相手を捕えることができたなら、今後の展開が少しは楽になりそうだ。


「てめえら、どうやって生き延びやがった」


「こやつは死霊系か。普通の武器は通用せぬようだ、心してかかってくれ」


 相手の質問には答えず、全員が臨戦態勢をとっている。

 冥府の王の配下と知って戦うことに決めたのか。味方の強さは把握しているが、相手は仮にも将軍。どの程度の実力なのか正確に見極めなければ。


「おいおい、マジか。俺様とやろうってのかっ! ここはもっと激しく罵りあう場面だろうがよおっ! まあ、力でねじ伏せるのは嫌いじゃねえ。おら、どっからでもかかってこいや!」


 相手が挑発するまでもなく既に戦いは始まっていた。

 半透明の体をしているので物理的な攻撃が通用しないと高を括っていたようで、飛来する矢を避けようともしていない。


「矢なんぞ、効くかよおおおおおおおっ!? 何だ、いてええぞ、こらあっ!」


 半透明の肩に見事に矢が突き刺さっている。


「それぐらい対策していますよ。魔法を付与した矢ですからね」


 片膝立ちで弓を構えるシュイの隣に立つヘブイが、既に魔法を唱えていたようだ。

 幽霊の様な存在にも魔法は通用するのか。現代日本なら幽霊対策なんて清めた塩ぐらいしか思いつかない。


「うるさい女は苦手じゃわい」


 お爺さんが頭を軽く左右に振ってから、金色の扇子を上から下へと振り下ろした。

 晴天だった空に突如雨雲が現れたかと思えば、そこから発生した雷撃がカヨーリングスを捉える。


「ギエエエアアアアアアアッ!」


 稲光の直撃を喰らいその名の通り絶叫を上げているな。効果は覿面のようだ。

 地面に叩きつけられて何とか立ち上がったはいいが、体中から煙を立ち上げて髪がチリチリになっている。半透明なのに効き目があるのか。

 体はふらつき俯き気味で、今の一撃は相当なダメージを与えたようだ。


「て、てめえらっ! 俺様を舐めんなよオオオオッ!」


 体中に巻き付けてあった鎖が手を触れてもいないのに、まるで自我がある生物のように動き始めた。

 地面に墜落したカヨーリングスに肉薄していた熊会長に鎖が襲い掛かるが、赤い光を纏った爪で全て弾いている。


「なんだ、なんだ、てめえら! ただの雑魚じゃねえなっ! まさか、左腕将軍の言ってた要注意人物ってのが、お前らかっ!」


 取り乱しながら今頃思い出しても遅い。

 驚愕の表情を浮かべるカヨーリングスの目の前には、ラッミスの怪力により低空飛行で投擲された――正座した格好のユミテお婆さんがいた。


「女性はもう少しお淑やかな方が好まれますよ」


 仕込み杖から解き放たれた刃が煌めき、銀の光が幾条にも体を走り、声を上げる間もなく地面に倒れ伏した。

 お婆さんはそのまま何処までも飛んでいきそうな勢いだったが、途中で空から舞い降りた黒八咫が肩を掴んで確保してくれた。出来る鳥だな、黒八咫は。

 殺したわけではないようで、相手の透明度は上がっているが消えてはいない。

 碌に活躍もなく態度がデカいだけで、あっという間にねじ伏せられたカヨーリングスは目が覚めたらどんな気持ちなのだろうか。

 火を放った悪党だとわかっているのに、このメンバーに一人で戦いを挑んだ彼女に少し同情してしまいそうになる。

 強いことは知っていたが、仮にも魔王軍の将軍相手にこんなにも一方的な勝利になるとは。人数差もあるが熊会長、シメライお爺さん、ユミテお婆さんの実力のおかげだ。


「美味しいところを婆さんに持っていかれてもうた」


 お爺さんが若干悔しそうだ。あの雷も大活躍だったが、止めを取られて納得いかないようだ。

 いいじゃないか、俺なんて何もしてないよ。

 今回の戦いは出番がなかった。あっという間の出来事だったな。

 俺としても対策は考えていたのに。除草剤を結界で弾き飛ばすとか、新たな機能を使ってラッミスを活躍させるとか。

 他にも、どんな敵がいるかもわからないと思って、空の樽に深夜一人でローションを溜め込んでいたのだけど、これどうしよう……。


「幹部の一人を捕まえられたのは大きい。これで、詳しい情報が得られると良いのだが」


 半透明の体を特殊な魔道具の縄で括り、簀巻き状態のカヨーリングスを熊会長が小脇に抱えている。

 この面子だから活躍の場もなく倒されたが、お爺さんやお婆さんがいなければ苦戦は必至な相手だったかもしれない。

 この二人が常に行動を共にしてくれるのであれば、これからの戦いも楽になるのだが、高齢なのでダンジョンを連れ回すわけにもいかないか。こうやって手伝ってもらえるだけでも充分だと思わないと。

 いざという時に頼りになる人が後ろに控えているだけでも安心感が全然違う。


 残る階層も少なくなってきた、このまま順調に全ての異変を解決すれば、ケリオイル団長たちと遭遇する日も遠くないのかもしれないな。

 あの人たちを止めたいという気持ちはあるが、会ってどうすればいいのか。未だに結論は出ていないが、お互い歩み寄ることは必要だろう。

 その結果、意見が再び食い違い、最悪の展開が待っているとしても。


「はぁー、気が抜けたらお腹空いたっす! ハッコン、ご飯くださいっす!」


「あっ、うちも欲しい!」


「オレも飲み物くれよ」


 シュイとラッミスが砂煙を上げて本気走りで、他の仲間たちはゆっくりと歩み寄ってきている。

 難しいことを考えるのはここまでにして、俺は自動販売機らしく飲食料品を提供して、その胃袋を満たすとしますか。


これにて第六章終了となります。

第七章も続けていく予定ですので、今後ともよろしくお願いします。

あと数日で文庫として販売となりますので、皆さん、そちらの方もどうぞよろしくお願いします。

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