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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
六章

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大炎上

 呑気に風呂に入っている場合ではないと、入浴中の女性たちが一斉に体を乾かし服を着こんでいる。

 ラッミスたちは風呂に入る暇がなかったがそれどころではない。

 目に映る赤い炎がさっきよりも範囲を広げ、視界の下半分が赤で染められている。

 全体的に見回してみてわかったのだが、森から突き抜けている老大木が一番激しく燃え上っていた。


「どうなっているというのだ」


 素早く服を着たラッミスが俺を背負って、風呂の順番待ちをしていた男性たちの元へ戻ると、全員が炎を見つめて放心している。


「クロクロ、どうなっている!」


「そんなん急に振られても困るんやけど……誰かが階層主の老大木魔を焼き殺したっちゅうことやろうな」


 熊会長に迫られながら、闇の会長が断言した。

 この状況から、そうとしか考えられないよな。


「考察は後回しにせんか。現状を打破することが何よりも大切なことじゃろ」


 お爺さんに扇子で尻を叩かれ、二人の背筋が伸びた。

 こんな事をしている間に火は勢いを増し、こちらに迫ってきている。うろたえるのは後回しだよな。


「そうであった。大食い団の諸君、お主たちは全力で集落に戻り、残って居る全員に清流の湖階層へ避難する様に伝えてくれ!」


「階層主が倒されたなら、木になっている住民も復活している筈だ。その人たちのことも頼むぜ! あと、転送陣は乗って誰かが地面に触れて、転移と言えば作動するようにしてある!」


 駆けだす直前の大食い団の背にヒュールミが怒鳴ると、四人ともが手を挙げてそれに応えた。

 彼らの足なら炎よりも早く集落にたどり着けるだろう。あっちはどうにかなると信じるしかない。

 それに、彼らのことを祈っていられる程、こちら側に余裕はないのだ。

 延焼は瞬く間に広がり、燃えて爆ぜる木々の音があちらこちらから響いてくる。熱さも増してきているようで、ラッミスは額に薄らと汗を浮かべていた。


「我々は老大木魔が本当に倒されたのか確認をせねばならない! もし、倒されていなければ木と化した人々が焼き殺されてしまうからだ!」


 俺たちも逃げないと、と提案するつもりだったのだが熊会長の説明を聞いて、発言を自重した。

 そうだった。老大木魔が燃えているのは確かだろうが、これで倒されたという保証はないのだ。奴を倒さなければ木にされた人が元に戻ることはない。

 となると、俺たちはここで炎に耐えて老大木魔の現状を確認しなくてはならないのか。更に状況が厳しくなったぞ。


「ラッミス、シメライ、ユミテは周囲の木々を引っこ抜くか切倒すかしてくれ! キコユはそれを片っ端から処理して欲しい。火を少しでも遠ざけられるように!」


「はい!」


「ふむ、了承した」


「未来ある若者を焼き殺させる訳には、いきませんからねぇ」


「はい、頑張ります」


 各々が生き延びる為に必死になっている最中、ヒュールミは手を掲げて、炎を睨みながら顔をしかめている。


「風は炎の位置からしてかなり強めの向かい風か。火の回りは益々早くなっている。このまま、森全体の炎上を止める手立ては……ない。闇の森林が全焼するのは免れない……」


 呟く言葉に耳を傾けているのだが、耳ないけど。冷静に状況を分析している場合じゃないと思うのだが。このままでは近いうちに焼け死ぬだけだ。

 周りの木々が猛スピードで伐採されていくが、それでも助かるだけのスペースを確保できるかは疑問でしかない。


「助かるにはやるしかねえか。ハッコン、頼みがある」


「い いらっしゃいませ」


 真剣な眼差しで至近距離から見つめられて、思わずどもってしまった。

 ヒュールミには何か秘策があるのだろうか。もし、あるなら協力は惜しまないよ。


「よく燃える油を出す機械に化けれたよな、ハッコンは」


「う ん」


「あれになってくれ。そして、その油を全力でこっちより向こう側にばらまいて欲しい」


 えっ、炎が迫っている逆方向に灯油を撒けってことなのか?

 いやいやいや、そんなことをしたら自分の首を自分で絞めるようなものだ。ただでさえ、危機的状況なのに。


「これは考えがあってのとこだ、信用してくれ、ハッコン。頼むっ」


 俺の体を掴んで、額を当てて懇願している。

 そんな姿を見せられたら、信じるしかないよな。わかったよ、ヒュールミ。どうせ、このままじゃヤバいんだ。やるだけやってみよう!


「いらっしゃいませ」


「信じてくれて、ありがとよ、ハッコン」


 そう言って嬉しそうに微笑むと強く抱きしめてきた。

 ヒュールミなら大丈夫。そう断言できるぐらいお互いに信じられる関係を築いてきた。彼女を信じるしかない。

 ガソリンスタンドで見かける〈灯油計量器〉にフォルムチェンジすると、灯油を全力で風下の方へばらまいた。筋力が上がっているので広範囲に届き、枝葉にしっかりと灯油が付着している。


「よっし、完璧だぜ、ハッコン」


 ヒュールミは荷台に載せていた背負い袋の中から二本の松明を取り出して火をつけると、一本を地面に突き刺し、もう一本を大きく振りかぶった。

 灯油を撒いた木々に松明を投げつけるつもりかっ!

 そんなことをしたら……ああ、そういうことか!

 ここで、ようやくヒュールミの狙いが理解できた。彼女が投げつけた松明は灯油まみれの木にぶつかると、一気に炎上した。

 更にもう一本、道を挟んだ反対側へと投げつける。

 後方からも燃え上り、仲間が驚いて振り返りその光景に唖然としている。


「何を考えておるのだ! こちらにまで火を放てば炎に囲まれ、死を待つのみだぞ!」


 駆け寄ってきた熊会長が激昂して、ヒュールミに掴みかかろうとしたので傍に立つ俺が〈結界〉で弾いた。


「何をする、ハッコン! この状況がわからぬ、お主ではあるまい!」


「ち ゃ ん と」

「ね ら い が」

「あ り ゅ よ」


 最後が締まらないのはいつものことだ。

 言葉足らずだが意味は伝わったようで、熊会長の表情から怒りが消え失せ、少し冷静になった顔が再びヒュールミに向けられた。

 他の人たちも作業を進めながら注意はこっちに向いている。

 伐採しながらじゃ声が良く聞こえないだろうと、昔の百円を入れて利用するカラオケの機器へと変化した。実はこれも自動販売機のジャンルに当てはまるのだ。

 今の時代では見かけなくなった古いタイプのカラオケは、一曲歌うごとに百円を投入しなければ歌えなかったのだ。今の時代のカラオケボックスを利用している若者には信じられないと思うが。

 もっとも、俺だって近所の元スナック経営をしていた友達の家で初めて見て驚いたので、人のことは言えないのだが。

 とまあ、過去を懐かしんでいる場合じゃない。〈カラオケ〉になると、そのマイクを〈念動力〉で操りヒュールミの近くへ運ぶ。


「ここに先に火を放てば、風下へと燃えていく! ここの木は異様に火が付きやすく燃え尽きるのも早い! 先に燃やしておけば風上から火が届く前にここら一帯より後方の木々は焼き崩れて、俺たちが火に囲まれることはない!」


 カラオケのスピーカーで増幅された声はみんなにも聞こえたようで、ラッミス以外は理解できたらしく、感心した表情で納得しているようだ。

 一人キョトンとして首を捻りながら作業を続けているラッミスには、後で懇切丁寧に説明をしてあげてくれ。

 つまり、先に後ろの方を燃やしておいて、そのまま風下へと火が移り燃えていくことにより、後ろの木々が燃え尽きて風上からやってきた炎はそこで止まるということだ。

 ただし、これは火が消えたのではなく、風下の集落へ向けて炎の到達時間が早まることになり、集落の危険度が増すことになる。

 俺たちは助かる見込みがでてきたが、集落へと火が迫る時間が少し早まった。それでも、先に送り出した大食い団なら間に合うと信じての行動だろう。


「そう、いうことか! すまぬ、早合点をしたようだ」


「いや、これは賭けだぜ。風向きが変われば俺たちが死ぬ率が上がる。だが、以前から風を探っていたが、この階層は一定の方向にしか風が吹いていない。だから、分の悪い賭けじゃない筈だぜ」


 そうやってニヤリと笑うヒュールミ。

 くうう、男前だな。本心は兎も角、この場面で自信ありげに笑ってみせる彼女には感心させられる。

 そこまでカッコいいところを見せつけられたら、俺も頑張るしかない。

 今度はさっきなったばかりの〈温泉自動販売機〉へ戻り、最大水量で近くの木々へと温泉をぶっかけておく。

 強風が吹き荒れる風上とはいえ火が移ることが考慮されるので、木々を濡らすことで少しでも近くの木に火が燃え移らないようにしておこう。


「気が利くじゃねえか。やっぱ、ハッコンはオレの良き理解者だぜ」


 拳で軽く俺の体を叩くヒュールミの表情は、今にも泣き出しそうなぐらい感情が高ぶっていたが、それは悲しいのではなく嬉しくて笑っている様に見えた。


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[良い点] 爆発消化かと思った
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