オートレストラン
伐採と魔物討伐が順調に進み、陽が落ちてくる頃には集落から離れてしまっていたので、ここで野営することとなった。
夜目の利く大食い団の面々もいるので、夜襲への対応も問題ないと判断してのことだ。
今日は日が暮れてからも敵の攻撃が激しく、食事を取るタイミングを失ってしまい敵の攻撃が収まったのは二十二時を過ぎていた。
「ハッコオオオオオン! お腹空いたっす、もう動けないっす!」
「ボクもボクも」
シュイとペルが俺の体に縋りついて懇願している。
大食い団の残り三名も後ろにならび、涎を垂れ流しているのが不気味だ。
「うー、さっみいな。やっぱ森の中は冷えるぜ」
ヒュールミが寒そうに肩を抱いている。
闇の森林内部は冷たい風が時折吹き付けてくるので、防寒対策をしっかりしておくのがここで狩りをするハンターとしての常識らしい。
「うちは全然寒くないよ。ハッコンからもらったこのマントがあるからっ」
ラッミスは縦縞のマントを着込んで、微笑みながらヒュールミに見せびらかしている。
それは武器屋で売っていたマントで。ちゃんとお金を支払って俺が購入してラッミスにプレゼントをした。
戦闘中は邪魔になるので着ていなかったようだが、寒くなってきたので羽織ってくれたようだ。
「あれ、買ったのかよ……ハッコン、オレのは?」
「またのごりようをおまちしています」
「はぐらかしやがったな」
前に工具渡したじゃないか。まあ、拗ねている振りをしているだけで、半分以上は冗談だとは思うけど。
「いちゃいちゃいするのは、後にして欲しいっす。もう、お腹と背中がくっついて新たな生物に進化するっす」
それはそれで見てみたいが、シュイが本当に限界に近いようだ。
今日は寒いので、カップラーメンが美味しいだろう。ならいつものように……いや、ちょっと待て。もう二十二時を過ぎていて、今日は一度もフォルムチェンジをしていない。
制限時間は全く減っていないのか。なら、ちょっと趣向を凝らした晩御飯にしてみよう。
俺は自動販売機レトロシリーズから、〈うどん自動販売機〉を選択した。
オートレストランという言葉を聞いたことがあるだろうか。俺がまだ生まれる前、1970年代、自動販売機で自動調理をして食事を提供するレストランが流行った時期があった。
道路沿いに作られトラックや車の運転手を狙って作られた二十四時間いつでも食べられる、自動販売機のみのレストラン。
その後、テレビゲーム機が普及し始めてゲームセンターが現れると、そこに調理された料理が出てくる自動販売機が置かれることとなり、一大ブームが起こったのだ。
でも、それは長くは続かなかった……コンビニの存在である。
80年代になると各地でコンビニが増加して、二十四時間いつでも販売できることが売りの自動販売機を利用しなくても商品が購入できるようになり、その姿を徐々に消していったのだ。
四十年近く経っても未だにメンテナンスされ稼働している自動販売機は数少ないが現存していて、マニアの間では聖地の様な扱いになっている。
俺も車を走らせて食べに行ったことが何度かある。
偶然、古いホテルやゲームセンターで遭遇することもあり、そんな時は写真を撮ってから購入するのがお決まりだった。
そんなレトロな自動販売機の数々で売られている商品を今回は提供しようと思っている。
うどんの自動販売機も主なメーカーが二種類あってどちらにしようか迷ったのだが、個人的に好きな方を選ばせてもらった。
ちなみにこのこだわりは、友人に言わせると「理解不能」らしい。フォルムと湯切り方式とか違いがあって面白いのだが。
体が長細くなり身体の一部に、一見ステンドグラスのようなデザインで『うどん』と書かれている。体内をらせん状に配置されたうどんの入った器が下に流れ、お湯が注がれて上部を押さえて湯切りされたのがわかる。
そして、出汁が注がれうどんが完成となった。
体内でうどんが作られる様子を覗けるというのは、自動販売機冥利に尽きるな。良い体験させてもらったよ。
「うわ、いつもの温かいパスタとは違うっすね! 何か太いっす」
熱々の肉うどんを器ごと受け取り、シュイが好奇心に目を輝かせている。
後ろに並んでいたみんなも興味津々なようで、彼女が食べるのをじっと見つめている。
そんな周囲の視線を気にもせずに、自分の背負い袋から取り出したフォークで肉ごとうどんを突き刺し、湯気の立ち昇るそれを口へと運んだ。
「はあああう、温かくて旨いっす! パスタが太いから食べごたえがあって、それにこのスープが格別っすよ。肉の味じゃなくて、不思議な味がするっす」
昆布出汁がこの世界ではないのか。それに、海が近くないと海の幸を食べる機会が全くないので、この味は初体験のようだ。
彼女があっという間に完食したのだが、こっちも素早さと器用さが上がっているので、普通の自動販売機と比べて製造速度が段違いだ。既に大食い団四名には渡し終えていた。
シュイが素早くまた後方に並んでいるな。お腹が少しは膨れただろうから、次の順番までは我慢してくれるだろう。
全員にうどんを渡し終えると再びシュイが待ち構えていた。
次も肉うどんを食べるつもりのようだが、そうはいかない。次のメニューは変更となる。
フォルムチェンジをして今度は〈ハンバーガー自動販売機〉になった。
白い立派な顎髭を蓄えたお爺さんがハンバーガーを手にしている絵が、機体の上部三分の一を占める。
そして、下に三つのボタンがあり、シンプルなハンバーガーとチーズバーガー等が選べる。俺が見つけた一台目は全てチーズバーガーのみだったが、それも雰囲気があっていいものだ。
今はその中身も自動販売機を設置しているオーナーが手造りをして入れ替えている場合もあり、各地で味が異なりそれも楽しみの一つだったりする。
「あれ、また違うのになったっすね。この絵と同じのが食べられるっすか」
シュイが興味を持ってくれたようで、目にも止まらぬ速度でチーズバーガーのボタンを押した。
本来なら六十秒必要とするのだが、直ぐに出来上がり取り出し口に流れ出る。
「あれ、思ったより小っちゃいっすね」
絵はかなり大きい感じに書かれているから、小さめの箱が出てきた少しがっかりしているようだ。確かに箱の大きさは、某有名ハンバーガー店のより小さめだ。
ただ、値段がお手頃なのと後は……開けてみたらわかるかな。
箱を開けると包み紙に包まれたハンバーガーが出てきた。紙を剥がすとかなり肉厚でチーズがとろとろに溶けて絡んでいる。
そう、このハンバーガー意外に縦にかさばっているのだ。パテとバンズが厚めなので実は食べごたえがあり、箱の大きさで判断してはいけない。
まあ、これも自販機によって異なるので一概には言えないのだが。以前食べた中で一番の当たりをチョイスしておく。
「はうううぅ、肉汁が溢れてっ! うん、これもいけるっすね!」
よっし、これも好評のようだ。
二巡目になった大食い団も既に並んでいたのでハンバーガーを渡し終えると、他の人たちも後ろに続いていた。
最後尾にシュイがいるのは、まあ当然だろう。
オートレストラン定番の自動販売機で今日はとことんやってみるか。
さて、王道でいくなら次はアルミホイルに包まれたトーストか、それともうどんと似たような仕組みのラーメンもありだな。
この自動販売機の良いところは、自動販売機でありながら手作り感があるところだ。味が統一された既製品との違いを感じられる。
どちらが優れているというわけではなく、このレトロな自動販売機の良さは他の商品とは異なる人の温かみだと勝手に思っている。
四十年もの間、稼働し続けてメンテも一苦労だろう。そんな手間を考えるなら、新しい自動販売機に置き換えるか、いっそ廃棄してしまった方が楽に決まっている。
だというのに、それを使い続ける人の優しさと、物を大切にする素晴らしさも含めて味わえる、そんなレトロ自動販売機がたまらなく好きだった。
「うわ、ハッコン、これすっごく美味しいよ。ポカポカするね」
「だな。オレはこの肉を挟んだパン気に入ったぜ」
ラッミスとヒュールミが食事をしながら和気藹々と会話が弾んでいる。
その光景が少し羨ましく、一緒にご飯を食べられないこの体が少しだけ……恨めしく思えてしまう。
だけど、生前の自動販売機マニアだった頃は一人で各地を巡り、一人で商品を買って満足していた。こうやって自動販売機の良さをアピールできて喜んでもらえていることは、マニアとして嬉しいことだ。
自分が良いと思ったことは他の人にも知って理解してもらいたい。誰もが抱く感情だろう。
生前は無駄遣いだと家族や友人が眉をひそめていた趣味が、こうやって人の役に立っているのだ。贅沢を言ったら罰が当たる。
まだまだ途切れそうにない列を見ながら、日を跨ぐまで次々と出来たての食事を渡していった。