王様蛙
「おいおい! 何で王蛙人魔がこっちきてんだ! 討伐に行った奴ら何してやがる!」
怒鳴り散らすハンターを無視して、巨大カエルを凝視する。
少し後方から何人ものハンターが追いかけているな。あの大きさから割り出すと、王様蛙は体長3メートルぐらいか。マンションの二階ぐらいまで届きそうだ。
カエル人間と違い、あれはほぼカエルだ。二足歩行もしていないし、手足もカエルのままだ。ただ、体に土色の鎧のようなものを装着しているので、ただのカエルって事は無さそうだが。
まあ、それよりも何よりも、身体が炎に包まれているのはどういう仕組みなんだ。あれってハンターの誰かが燃やしたのかと思っていたのだが、平然としているところを見ると、自力で燃えているのか?
「くそっ、憤怒状態じゃねえか。あれじゃ、近づけねえぞ!」
あ、やっぱりカエルが自分でやっているのか、あの炎。加護のようなものなのだと予想はつくが、俺の結界にしろ何でもありだな加護の力。
跳ねる度に、機械の体が揺れるのを感じる。3メートル程度の大きさだというのにかなり重いのか。そういやカエルの体って筋肉質で掴むとかなり硬いって聞いたことがある。
と、冷静に考察してみたが……ヤバくないこれ?
「撤退しろ! 全員、撤退だーっ!」
「逃げろおおおおぉ! 荷物何て置いていけ!」
全員が一斉に撤退を始めている。ここで慌てふためき混乱状態に陥るかと思っていたら、皆手際良いな。数秒で既に逃げ出しているハンターが大半だ。
「え、あ、え?」
ラッミスはどうしていいかわからずに、キョロキョロと辺りを見回しているだけだ。こういう咄嗟の判断とか苦手だろうとは思っていたけど、俺のボタンを連打しても何にもならないから! 落ち着け、落ち着きなさい!
「ざんねん」
「はっ、そ、そうよね落ち着かないと。ハッコンうちらも逃げよう!」
やっと正気になってくれたか。俺を背負って逃げ出そうとしたところで、ラッミスの動きが停止した。急かそうと思ったが、彼女が見ている方向を確認して納得がいった。
「くそぉ、ウナススが動きやがらねえ! あれに、びびってやがるのか。動け、動いてくれ!」
角の生えた猪がウナススと呼ばれているのは知っているが、あの巨大な蛙を目撃して硬直してしまったのか。蛇に睨まれた蛙というのは聞いたことがあるが、蛙に睨まれたウナスス状態なんて皮肉でしかない。
怪我人が乗ったあれが動かなければ、怪我人たちは自力で歩くしかない。傷は塞がっているが血と体力を消耗している彼らが、走って逃げられる可能性は皆無だろう。
ラッミスが助かる為には迷う必要なんてない。ここで一番大切なのは自分の命だ。彼らを見捨てることになるが、非常事態で他者を見捨てることは罪じゃない。だから――
「助けないとっ! ウナススが動けないなら、うちが引くよ!」
そう言うと思ったよ。そんなラッミスだから俺も助けられたんだしな。いざとなったら俺が全力で〈結界〉を張るから、好きにすればいい。何があっても彼女だけは救ってみせる。
荷猪車に駆け寄ると、怯えているウナススの背を優しく撫でて、その拘束を外した。そこで、我を取り戻したようで凄まじい勢いで走り去った。
「な、なんで、逃がしやがった! 俺たちに死ねとい」
「言いません! 私が代わりに引きます」
怪我人の言葉を遮り、ラッミスが叫ぶと荷車を両手で握りしめる。そして、歯を食いしばり一歩踏み出した。
本来なら大人が九人も乗った荷車を少女が一人で引けるわけがない。だが、彼女には自動販売機である俺を楽々と背負える怪力がある。それを知っている俺にとって驚く結果ではない。だけど……。
「ふぬううううう」
その歩みは遅い。地面はぬかるみで足を取られ車輪が重いことだろう。それを遅いながらも動かせるだけで圧巻なのだが、この状況では何の意味も持たない。
背後から迫る王様蛙がかなり近くまできている。このままだと、あれに踏みつぶされるか巨大な口に呑み込まれるのは時間の問題だ。あと焼死もあるか。
俺が話せるなら背負っている自動販売機を降ろせと言えるのだが……もし言えたとしても彼女なら拒否をするだろう。
どうする、どうしたらいい? 結界で相手の攻撃を耐えてみせるしかないのか。ラッミスだけなら救えるかもしれないが、怪我人は助けられない。
腕の立つ面々が仕留めきれないでいるあれを、怪我人だけで倒すのは不可能。護衛で残っていたハンターは真っ先に逃げている。
だとしたら、何とか足止めをする方法はないのか。
相手を驚かすか邪魔することが出来ればそれでいい。時間を稼げば後方から追ってきているハンターたちが何とかしてくれる筈だ。何か、時間稼ぎか邪魔を出来るような商品が何かないのか!?
ざっと、商品に目を通すが、徐々に大きくなる揺れと怪我人の悲鳴が、焦りを誘発してくれる。ああ、くそ、何か、何かっ!
俺が今まで購入したことのある商品のラインナップに、有益な品は……ちょっと待て、あ、これとこれを使えば時間稼ぎぐらいは!
ポイントは幾つある? 6000を越えているなら足りる!
先ずは機能追加と変更だ。今まではペットボトル500mlが最大の大きさだったが、ポイントを1000消費して2リットルのペットボトルも置けるようにする。
そして、新商品の購入。炭酸飲料であるコーラ2リットルをずらっと並べる。それも最近は見かけなくなった名前にダイエットと付いた方だ。他の商品は今、必要ない。
商品を変更しただけでは背負っているラッミスが気づかないから、取りあえず一本落とす!
「うあっ、何今の音!? 追いつかれた?」
「違うぞ、ラッミスちゃん。その背負っている、ハッコンだったか。その姿がちょっと変わって何かが勝手に落ちてきたみたいだぞ」
ナイスアシストだ髭面の人。それで気づいてくれ、ラッミス。
「ど、どいういうこと、この状況で商品を落として。もしかして、ハッコン何か意味があるのこれに?」
「いらっしゃいませ」
「何か策があるんだよね。信じるよ!」
ラッミスは荷台から手を離し、迷うことなく俺を地面に降ろし、2リットルのペットボトルを取り出してくれた。
「えっ、この泡がぷくぷくなっているのって……あの変なジュース?」
あの時の事を思い出したようで、しかめ面になっているが理解してくれているならよし。この調子で大盤振る舞いといくか。
次々とコーラを取り出し口に運んでいく。ラッミスがそれを抜き出しては荷台の上に置いていくという流れ作業となっている。
そういや、地鳴りがしなくなったな。何か進展があったのか?
ちらっと、王様蛙に目を向けると、何とか追いついたハンターの面々が攻撃を仕掛けている。だが、劣勢のようであの炎を前に攻めあぐねているように見える。
このままだと、どっちにしろ近いうちにここに到達するのは確実。だったら、俺たちが何かしなければならないという現状は変わらない。
更に機能追加購入して、フォルムチェンジだ!
体が光に包まれ、今までとは違う急激な変化が始まった。四角形の体から角が無くなり、円柱のような形になった。
下半身はカラフルな彩りとなり、丸い模様が至る所に描かれている。そこから上は透明のボディーとなり中身が透けて見え、中には新たに購入した棒状の包み紙に覆われたお菓子が満載されている。
そのお菓子と言うのは囲碁の碁石に似た形状をしているキャンディーが幾つも入った物だ。普通に食べたら美味しいキャンディーなのだが。
「えっ、えっ、ハッコンが丸くなった!」
それだと性格がきつかったみたいに勘違いされそうだな。って、そんなことを考えている余裕はなかった。このキャンディーも無料でご奉仕しよう。
「えっ、えっ、これも受け取ればいいんだよね」
「いらっしゃいませ」
取り出し口から溢れ出すそれをラッミスが拾ってくれている。ここまではいい、問題はここからだ。どうやって彼女に――理解してもらうか。
どうやったら伝えられる? 出来うる範囲でやってみるしかないか。
「こうかをとうにゅうしてください。こうかをとうにゅうしてください。こうかをとうにゅうしてください」
「えっ、商品いっぱい出ているのに、硬貨を投入するの?」
「ざんねん。こうかをとうにゅうしてください。こうかをとうにゅうしてください」
「ど、どういう」
こんなんじゃ説明不足にも程があるよな。でも、これ以外は俺にどうしようもないんだ。無茶だとはわかっている。だけど、どうにか……。
「ラッミスちゃんよ、そいつ壊れたんじゃ」
「そんなことない! ハッコンは必死になって、うちに何か伝えようとしている!」
今、泣きそうになった。俺の事を信じて、何とか読み取ろうとしてくれている。これがもし伝わらなくても、俺には後悔はない。ここまで信じてくれたラッミスがいてくれたら、もう、それでいい。
「この炭酸飲料。お菓子。硬貨を投入。でもそれは違う……この飲み物は前に、噴き出したやつだよね。ええと、ってことはあの時のように……でも、このお菓子は。お金を入れないで出たのに、硬貨を投入して、じゃなくて……」
あと一歩、あと一歩なんだ。頼む気づいてくれ。
「どうでもいいけどよっ! 俺の縄を解きやがれ! お前らと心中するつもりはねえぞ!」
あの煩いのは荒縄でぐるぐる巻きにした小悪党か。存在を忘れていたよ。
「てめえ、うっさいぞ! 口に何か放り込んで黙らせておけ!」
「お、おう。じゃあ、これでも入れればいいか」
あ、髭面のオッサンに怒鳴られて、怪我人の一人があのキャンディーを包み紙ごと口に放り込んだ。
「なんふぁこのひゃみはっ! がっぺっ、紙の棒なんか突っ込みやがって。まだ口に残ってやが、あれ、ナンダコレ、うめええええっ! あ、でも喉が渇くな。誰か、水くれよ、水、水!」
吐き出す時に包装紙が破れて中身が口内に零れ落ちたのか。こっちは切羽詰っているのに、呑気に味わいやがって。
「だああ、うっせえな。これでも飲ませておけ!」
オッサンがコーラを投げ渡して、受け取った男が蓋を開けて小悪党に飲ませた……あっ。
「ぶふぁるふあああああ」
小悪党の口から噴水が上がった。それを見たラッミスは――全てを理解してくれた。
「これの中に硬貨じゃなくて、このお菓子を投入……入れたらいいんだね!」
「いらっしゃいませ」
正解だよ、ラッミス。包装紙を引き裂き、中のキャンディーを一気にコーラの中に放り込んだ。凄まじい勢いで中身が噴き出し、ハンターたちがびしょ濡れになっている。
「な、なんだ。爆発しやがったぞ」
「何この甘ったるい臭い……あ、目が痛ぃ」
そう、これこそが動画投稿サイトで一躍有名になった現象だ。コーラに特定のキャンディーを入れると一気に中身が間欠泉の様に噴き出される。実は塩やラムネでも可能だったりするが、これが一番勢いがある。あと、コーラもこの種類の物が最も反応する。噴き上がる高さは4、5メートルに到達……と経験者が語っておく。
やるべきことを理解したラッミスが怪我人全員にコーラとキャンディーを配り、軽く説明をしてくれている。行き渡ったのを確認した。さあ、駄目で元々ぶっかけるとするか。




