伐採作業
丸太の壁を乗り越えてくる敵を撃退し続けても埒が明かないので、思い切って攻めに転じることとなった。
初めは様子見を兼ねた偵察となっている。
それで精鋭部隊を集めたメンバーが、ラッミス、俺、シュイ、ヘブイ、そして情報収集と解析担当としてヒュールミ。ここまでは理解できるが、何故か闇の会長も付いてくることになった。
参加メンバー全員がやんわり断ろうとしたのだが、
「会長やからいうて、安全圏でのんびりやるわけにはいかん。安心してや、わいは元ハンターやし、清流の会長と同じグループに所属していたんやで。体調も快調やしな、会長だけにっ」
ハイテンションで返されて、何を言っても無駄だという結論に達した。
しかし、熊会長と一緒に戦っていた過去があるのか。あのメンバーと共に行動していたのなら闇の会長の実力は大したものだが。
武器も手にしていないし、防具も金ぴかのコートのみ。戦いに赴く格好じゃないよな。
「あれっ、知り合いだったら、お爺ちゃんお婆ちゃんと園長先生も知っているの」
「もちのろんですがな。みんな元気にしとりましたか。シメライはんとユミテはんの夫婦は、清流の湖階層におるっちゅう話は聞いとりましたが」
「二人とも元気で仲良しで、園長先生も今は清流階層にいるよ。子供たちと一緒に」
迷路階層もそうだが、ダンジョン内の人々が清流の湖階層に集まってきているな。キコユたちもいるので、今やもっとも戦力が集中している階層ではないだろうか。
「安心しましたわ。人間は年取ったら直ぐに体が弱なるから、心配しとりましてん。まあ、あの夫婦なら老化していても、ろうかしそうやしな」
それを言うなら「ろうかじゃなくて、どうか」だろ、とツッコミを入れたいところだがやめておこう。この人は無理があってもギャグを入れないと落ち着かないのだろう。
強引な言い回しのギャグが俺の言葉足らずの発言と被ってないか少し心配だ。
「今回は門から出て、周りの木々を伐採して道を作り、魔物が襲ってきてやばいと判断したら速攻で帰るからな。今回は敵の実力を測るのが目的だ」
ヒュールミが今回の方針を熱心に語っている――俺の頭の上で。
また俺の体に自分の体を固定する道具を作ったのだが、ラッミスで挟み込むようにすると、視界が妨げられるので頭の上に場所を変えている。
頭の上で胡坐を掻いて座っているのだが、視界を真上に移すといい感じに潰れている尻が見えた。
深い意味はないが、これはこれでありな気がする。
「ハッコン、すまねえな。上に座り込んじまって」
「い い よ ありがとうございました」
「何がありがとうなんだ?」
つい本音が漏れてしまった。自動販売機にそういった欲望はないのだが、うん、まあ悪くないかな。
「まあ、いっか。んじゃ、ラッミス門を開けてくれ」
「はーい。よいしょっと」
普通なら屈強な男性が二人がかりで何とか押し開けることができる門扉を、ラッミスは片手で苦も無く押していく。
「マジか……」
門番らしき人たちが、その光景に思わず声を漏らして目を見開いている。
自分たちが苦労して開けている門扉をいとも容易く開けられたら、そうなるのも無理はないよな。
門から出ると素早く閉めて正面へと全員が向き直ると、鬱蒼と生い茂る森の前に多くの魔物が待ち構えていた。
「大歓迎ですね。では、まずは掃除しましょうか」
「そうじようか」
闇の会長がヘブイの発言に絡んできたが、全員がスルーした。
野菜系の魔物は多種多様であらゆる種類の野菜が魔物化しているようだ。
スイカは短い手足が生えているのだが、体の真ん中に口だけが存在していて、そこから種をマシンガンの弾のように吐き出している。
俺の方に飛んできた種は〈結界〉で弾いているが、狙いが外れた種は地面に結構深くまで潜り込んでいるので、威力は馬鹿にできないようだ。
取り敢えず、側面から転がってきたスイカの魔物は、パチンコ玉入りペットボトルで砕いておいた。硬さは本物のスイカと大差ないらしく、簡単に割れて中身が飛び散っている。
スイカの中身と果汁が本物の血みたいで嫌だなぁ。
小さな根菜類はシュイが矢で地面に縫い付けているので、止めは後回しにされている。
枝葉を振り回し迫ってくる動く木は、ラッミスの拳で幹を粉砕されていく。
本来は耐久力があり苦戦する相手なのだが、動きが鈍い時点でラッミスにとっては的に過ぎない。相性が抜群に良いようだ。
それがわかっているのだろう、いつもより激しく動き回って活躍を見せつけている。
うん、凄いと思うけど、一つ忘れてないだろうか。俺を背負ったままということは、ヒュールミもセットなのだよ。
「う、うっぷ、もう、ダメかもしれん……すまん……ハッコン……」
ヒュールミの顔が蒼白で口元を手で押さえている。これはもしや、酔ったのか。ちょ、ちょっと待って! そこで嘔吐されたら俺の体にっ!
「今日は絶好調かも!」
「ら っ い す」「ら っ い す」
俺が連呼してようやく気づいたようで、急停止して首を限界まで後ろに向けている。
「どうしたの、ハッコン」
「あ っ ち」
取り出し口からスポーツドリンクを出して〈念動力〉で俺の頭の方へ移動させる。それを目で追うラッミスが気づいたようだ。
「ヒュールミ、顔色悪いけど大丈夫?」
「だ、い、じょう、ぶに見えるか……わりぃ降ろしてくれ」
息も絶え絶えなヒュールミが何とか応えると、慌てて俺を置いた。
久しぶりに〈子供用自動販売機〉にフォルムチェンジして背を低くしたので、ヒュールミでも楽に降りることができた。
まだ辛そうなので、そっとスポーツドリンクを近くに運んで置く。
「ええと、それじゃあ、ハッコン。ヒュールミのこと守ってあげてね」
「ま か せ て」
俺とヒュールミは戦場のど真ん中で見学となった。
普通なら敵地のど真ん中に放置されたら殺されるだけなのだが、〈結界〉があれば何とでもなる。
「あっ、上が空いたなら、乗ってもいいっすか!」
「い い よ」
駆け寄ってきたシュイが身軽に俺の上へ跳び乗った。
射手として高くて見晴らしのいい場所から狙撃すると楽なのだろう。次々とさっきよりも効率よく野菜型魔物を地面に繋ぎ止めていく。
ああ、そうか。角度があるから地面に突き刺しやすいのか。〈結界〉で防御の心配も必要ないので固定砲台として優れている。
敵はそんなこともわからずに接近してくるので〈結界〉で弾かれるか、俺の改造ペットボトルで叩き潰されるかの二択だ。
「ハッコン、ありがたいっす」
「いらっしゃいませ」
いつものように返事をする余裕があるので、戦場を全体的に見回してみる。
俺という重荷が消えたラッミスは素早さが増している。前までなら制御できない強大な力を持て余して、まともに走ることすら難しかったのだが今は何とかやれているようだ。
時折、目で追うのが辛い速度で動いている。
俺を背負っていると防御力が上がるが、降ろすと素早さが上がる。もっと、状況に合わせて使い分けることも考えた方が良いのかもしれないな。
その背中にいられなくなるのは、少し寂しいけど。
ヘブイは安定した戦い方だ。棘の付いた鉄球を花の魔物や植物型に振り下ろして、一撃で息の根を止めている。
死角から迫る敵や攻撃も余裕を持って躱しているのは、〈感覚操作〉で視覚や聴覚を増強させているからなのか。
闇の会長は金のコートが目立つな。突っ立ったままで何もしていないように見えるが、敵が近寄る前に地面から伸びた黒い影がその体を貫いている。
よく見ると闇の会長の足元から黒い影が伸び、それが自在に姿を変えて敵に襲い掛かっている。あれは闇魔法か何かなのだろうか。それとも自分の体を伸び縮みさせているのか。
どちらにしろ、敵を一切寄せ付けない強さだ。口が達者なだけではないらしい。
「野菜は真っ二つになりやさい」
影で野菜を切断しながら何か言っているが、聞かなかったことにしよう。
ギャグは兎も角、あの能力は便利で強い。制限があるのかは不明だが、十メートルぐらいは軽く伸びているし、植物系の魔物を簡単に両断できる切れ味。
この階層は木になった人以外の被害が少なかったのは、会長の活躍によるものが大きかったのかもしれないな。
「ラッミスはん、敵も減ってきたんで、木々の伐採頼んます」
「はーい!」
動く木を殆ど粉砕したラッミスは後を他の面子に任せて、目の前に生えている普通の木の幹にしゃがみ込むと、手を回して抱き付くような格好になった。
そして、そのまま指を幹にめり込ますと引っこ抜いた。根に大量の土が纏わりついている。
強引すぎる力技による伐採で抜かれた大木を立ち上がった時の勢いで、そのまま後方へと投げつけた。
大木が弧を描いて飛んでいき、集落の壁を乗り越え中へと落ちていく。
普通なら大惨事になりそうな暴挙に見えるが、予め計画していた通りの行動だ。門付近は広場になっていて、そこには誰も近寄らないようにハンターたちへ言い含めている。
門前の木々が凄まじい速度で消えていくのだが、木々を傷つけると魔物が大量に発生するので、伐採の手を休め再び魔物処理をしなくてはならないのが面倒だな。
結局三時間程度戦ったのだが、引っこ抜かれた木は三十ぐらいで倒した魔物は数え切れない程だった。
門の前はさっぱりしたが森全体から比べるとほんの僅か。この戦法だと時間が幾らあっても足りないぞ。何か別の策を考えないと駄目かも知れない。