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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
六章

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天から降る娘

「ハッコン、無事だったんだね! えっ、鳥さんに捕まっているよ!」


 こらこら、空中で暴れない。

 黒八咫に掴まれている俺を指差して、ラッミスが慌てふためいている。


「と も だ ち」


「クワッカー」


 簡潔に伝える為に友達と言ったが、黒八咫もまんざらではなさそうだ。


「あ、そうなんだ。初めまして、ラッミスだよ!」


「クワックワッ」


 挨拶は大切だと思うが、空に浮かんだ状態ですることじゃないよな。

 黒八咫は距離を調整して俺をラッミスに手渡すと、上へと昇っていく。パラシュートもどきを上から掴んで、運んでくれるようだ。助かるよ。


「ハッコンが無事でよかったー。うちはね、運よく清流の湖階層に戻れて――」


「こ ら」


 怒っているのが伝わるように大きめに音を調整する。

 更にダンボール自動販売機には三つ缶が並んでいるのだが、全て温かいに変更しておいた。


「もしかして、ハッコン……怒ってる?」


「う ん い か り」

「し ん と う」


「ええええっ、違うのハッコン。うちはハッコンのことが心配で、転送陣も動かないから」


 俺を心配して無謀な行動に至ったのは予想通りだよ。だからこそ、怒っている。

 下手したら死んでいたかもしれない無謀な行為で、無事に着地できたとしても迷路の中に降りたら、怪力があろうと無事で済むとは思えない。

 無謀なことなら俺もするけど、それは他に方法が思いつかない切羽詰った状況でのことだ。

 落ちてきた氷が当たりそうになったとかはどうでもいい。何よりもラッミスが命の危機に晒されたという事実が許せない。


「ええとね、階層割れを割ったら――」


「言い訳ならオレたちにも聞かせてくれよ」


 もう地面の近くまできていたのか。

 笑顔を浮かべながらこめかみをひくひくさせているヒュールミと、腕組みをしている熊会長がいる。

 ラッミスに気を取られて溶岩人魔を放置していたのだが、足元に黒ずんだ岩の欠片が散らばっているな。爪痕があるので弱ったところを、熊会長が止めを刺したのだろうか。


「あ、あれ? ここは、会えて嬉しいって流れじゃ」


 着地したラッミスが片腕で俺を抱えたまま、もう片方の手で頭を掻いている。


「ラッミス。偶然にも階層割れから落ちてきた氷で溶岩人魔を弱らせた、それは感謝しよう。だが、何故、階層割れに跳び込むような真似をしたのだ。お主はハッコンが階層割れに落ちた時、どれ程心配したか忘れたとは言わせぬぞ」

 熊会長に叱られて、自分が何をしたのかを理解したようで身を縮めている。

 そうなのだ。再会できて嬉しいし、偶然の産物だとしても最高のタイミングで氷を落としてくれた。それは本当にありがたかった、でも……あれ、何で氷が空から落ちたのかわからないな。


「まずは、あれから何があって、どうして空から落ちてきたか教えてくれ。怒るのはそれを聞いてからだ」


 そうだよな。やむを得ない事情があったのなら、怒るのはお門違いだ。俺も冷静にならないと。

 ラッミスは横目でキコユたちを見ている。気になっているようだが、今はそれどころじゃないと自重しているのか。

 キコユも空気を読んで口を一切挟まないで、距離を置いて傍観者に徹してくれている。


「えっとね、うちは運よく清流の湖階層に移動できたの。あと、始まりの会長も一緒だったよ。それで、転送陣が全く動かなくなっていて、お爺ちゃんに何とかしてもらおうと思ったけど、調整に時間がかかるって言うから、うちなりに考えたの」


 始まりの会長も清流の湖階層に移動できたのか。これは朗報だな。となると、まだ消息が不明なのは、ミシュエル、シュイ、ヘブイの三名か。

 ミシュエルとヘブイはどんな境遇でも生き延びれそうだが、シュイが心配だな。遠距離攻撃がメインという点と……食糧事情が。


「お爺ちゃんが言うには、あと一週間もあれば上下の階層には繋げられるやもしれん。ってことらしいけど、うちは何もできない自分が嫌だったから何とかしようと思って」


 そこで口を噤むと、ちらちらっとヒュールミを見ている。


「ラッミス、続きはどうしたぁ」


「えっとね、怒らないで聞いてね。会長が階層割れは衝撃を与えたら、また割れるかもしれないって話していたのを思い出して、階層割れを見に行ったら池になってたの。だから、どうにかして階層割れを割れないかなって思って、ヒュールミの魔道具が入っている箱を漁っていたら――」


 あ、ヒュールミの双眸が怪しい光を放っている。今までに見たこともない表情を……俺は聞き役に徹しよう。


「ほら、前に説明してくれた高いところから落ちても大丈夫な背負い袋と、水を凍らせる魔道具が一杯あったから、どれぐらいで凍るかわからなかったから、全部池に放り込んじゃった。てへっ」


 頭を軽く小突いて舌を出して、可愛さアピールをしているようだが、ヒュールミの目が糸のように細くなっただけだった。


「あの、冷気を閉じ込めた魔道具……製作費……幾らだと思う?」


 無表情なまま側頭部を肩に乗っけてヒュールミが首を傾げている姿。昔、ホラー映画で似たようなシーンを見た覚えがある。


「えっえっとぉ、銀貨十枚ぐらいかなぁ」


「おっしぃー、金貨十枚だ」


 前半は明るく後半は凄味のある声でヒュールミが答えた。


「支払いは出世払いで、お願いしますっ!」


 腰を九十度以上曲げる見事な姿勢だ。自分の非を体で表現している。


「はぁ、まあ、それはいいや。で、続きを話してくれ」


「うん、それでね。凍った池を全力で殴ったら階層がまた割れちゃって、真っ逆さまに落ちて……こうなりました」


「はぁー」


 熊会長とヒュールミが同時にため息を吐いた気持ちが、痛いほどよくわかる。あまりにも無謀すぎる行動だ。


「ラッミス、迷路階層にオレたちがいなかったら、どうする気だったんだ」


 そうだ、何か確信があっての行動なら、まだ理解はできる。


「えっとね、何となくいる気がしたの……」


 まさかの勘だった。


「それに、魔道具が正常に動かなかったら、どうするつもりだったんだ」


「えっ、ヒュールミを信じてるもん」


「うっ」


 迷いなく言い切ったラッミスの信頼する言葉に、ヒュールミは思わず頬を染めて動揺している。


「小言はここまでにするとしよう。ラッミスよ、皆、お主が心配だからこそ、怒っていることだけは理解してほしい」


「うん、みんな、心配かけてごめんね」


「おう、また会えて嬉しいぜ、ラッミス」


「う ん う ん」


「無事で何よりだ、ラッミス」


 落ち込んでいた表情が一変して破顔すると、眩しいばかりの笑顔見せて大きく口を開いた。


「ただいま、みんな!」

 




「そうなんだ、キコユちゃんは畑さんに会いたいんだね。うんうん、わかるよ」


「わかってくださいますか。とても大切な方なのです」


 説教も終わり、落ち着いて食事を取ることになったのだが、ラッミスとキコユは気が合ったようで食事中も食後もずっと話しこんでいる。

 女子の会話に男が加わっても碌なことにならないので、熊会長と黒八咫とボタンと一緒に壁際にまとまって寛ぐことにした。


「ああいう、会話って苦手なんだよなぁ」


 何故、女子がこちらのグループにいるのだろうか、ヒュールミ。

 話の大半は聞こえてこないが時折「恋愛」やら「好き」とか近寄りがたい単語が響いてくるので、ヒュールミには似合わない会話だというのは予想がつく。

 男勝りでさっぱりしている性格なので、ヒュールミがあの会話に和気藹々と自然に混ざるのは無理がある。というか、想像できない。


「こっちは実用的な話なんだが、溶岩人魔から出た魔石は転送陣の起動に使えそうだぜ。あれだけ魔力がありゃ、お釣りがくるぐらいだ」


「これで転送陣を使えるようになる。清流の湖階層にようやく戻れるか」


 熊会長は清流の湖階層を取り仕切っているのに、最近は何かと階層を離れることが多かったからな。そろそろ、腰を据えて集落の復興に力を入れたいのだろう。

 夜空を見上げているように見えるが、その目は空の先にある清流の湖階層を見据えているように思えたのは、気のせいだろうか。


「今度は転送陣も念入りに調べるから安心してくれ」


「ああ、期待している」


 前回の失敗が魔道具技師として、かなり堪えたようで、二度と失敗をしないという意気込みが見て取れる。転送陣の事はヒュールミに任せておけば問題はない。

 元の階層に戻ることができれば、お爺さんとヒュールミが協力して取り組めるので、転送陣の問題も早めに目途がつきそうだ。

 そうなると、どこの階層に移動すればいいのかって話になるよな。はぐれてしまった三人を探し出さないといけないし、各階層の問題も残ったままだ。

 やるべきことは、まだまだあるが、この階層に飛ばされて良かったこともある。

 キコユたちに会えたことが何よりの収穫だが、畑に転生されたという同じような境遇の日本人がいることは、俺にとって大きな心の支えになってくれた。

 いつか彼に会うことが、異世界での目標の一つだ。その日を夢見ながら、夜が明けるのを待つことにしよう。


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