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溶岩人魔

 黒八咫が朝の出発前に戻ってきた。

 俺たちは既に食べ終わっていたが、黒八咫は朝ご飯がまだなのでキコユが与えた野菜を豪快に食べている。

 全て食べきると羽繕いを始めた。何かを忘れているのではないだろうか、黒八咫は。


「溶岩人魔は見つかった?」


 キコユに頭を撫でられて思い出したらしく、何度も頷いている。

 触れているだけで相手の声が聞こえる能力を発動しているのか、言葉にしなくても通じているようだ。


「見つかったそうです。溶岩人魔が」


「そうか、ご苦労だったな、黒八咫。場所を詳しく教えてもらえるか」


 熊会長が地図を広げると、黒八咫が迷路の端を嘴で突いた。

 北西部なのか。大通りから離れすぎているので、大通りまで引っ張るのは難しそうだ。


「溶岩人魔は移動速度が遅く、動きも鈍重だ。それ故に、逃げるのは容易なのだが……誘き出すとなると厄介なことこの上ない」


「だな。通路が細すぎて、ハッコンが巨大化して落ちるスペースがありゃしねえ。違う策を考慮すべきか」


 地図を覗き見してわかったのは通路の幅が狭く、日本一の大きさを誇る自動販売機では、迷路の壁にぶつかり地面まで降りられないってことだ。

 上から真っ逆さまに落ちて壁の上に乗っかるって、相当間抜けな図だな。

 これで対溶岩人魔の必勝法が封じられたわけか。身体が溶岩なだけあって柔らかいらしく、圧倒的な質量で押し潰せば楽だったのだが、作戦の練り直しか。

 あれ、この地図の場所は見覚えがあるな……ああっ、そうか! 俺が階層割れから落ちて、風船で何とか浮かんだ時に飛び込んできた映像だ。そこから、風に流されて大通り近くに降り立ったのか、なるほど。


「ハッコンの巨大な身体を配置できる空間は近くには皆無だな。さて、どうすっか」


「体の表面を冷やすだけなら、放水だけでも何とかなるのではないか」


「私が冷気をもっと上手に操ることが可能なら、お手伝いできるのですが……」


 相手を冷やす方法か。氷、水、冷気だよな。

 妥当な方法は大量の水か。〈高圧洗浄機〉になるよりは〈温泉自動販売機〉の方が放水量は多いか。筋力と素早さが上がっているので、かなりの勢いで温泉を出せる。

 でも、水は冷えていた方がいいよな。溶岩が相手なので氷水でも気休め程度かもしれないが、やらないよりましだ。

 溶岩人魔が歩いている通路の道幅は三メートル程度で、横向きにしても巨大自動販売機は入りそうにない。今まで得た機能を使って何とかならないだろうか。

 迷路の壁は高さ十メートル以上。溶岩人魔は東へ進んでいるが、鈍足で亀の様な歩みらしい。通路は曲がりくねっているが分岐路のない一本道が続いている。

 一つ、思いついたが上手くいく保証はない。とはいえ、試してみる価値はあると思う。

 まずは、皆に伝えられるかだが……いざとなったらキコユに心の声を読んでもらえばいいか。





 結局、準備に丸二日と少しかかったが、筋力や素早さを上げる前ならもっと日数が必要だった。これでも、かなり効率よくやれたと思う。

 溶岩人魔はゆっくりと歩み続け、俺たちが待ち受けている場所へと徐々に近づいている。

 真っ赤に溶解した体だというのに、溶岩が何とか人の体を保っている。歩く度に溶け落ちて減りそうなものだが、体積が縮むことはない。

 目は黒い空洞で口も同じく黒い闇が見えるだけだ。

 手の指も存在しているのだが、指先から溶岩がぽたぽたと垂れている。それが地面に触れる度に穴が幾つも穿たれていく。


 あの曲がり角から顔を出したら作戦を決行する手筈になっている。しかし、空から見ると相手の動きが手に取るようにわかるな。これも黒八咫のおかげだ。

 今、俺は黒八咫の三本足に掴まれたまま、空に浮いている。もちろん、〈ダンボール自動販売機〉にフォルムチェンジしてからだが。

 頭上から羽ばたく音が流れてくるが、普通は鳥って蜂のように空中に静止――ホバリングはできないのに、僅かな揺れしか感じさせずに見事に静止している。

 今日が無風だとはいえ、鳥ができることじゃないよな。どれだけ羽ばたく力が強いのか。本気で飛んだら凄まじい速度で飛行できそうだ。


 溶岩人魔がいる場所は景色が歪んでいるな。熱で空気の屈折率が低くなって、どうやらこうやらという話を学生時代に聞いた気がする。陽炎の原因だったか。

 ゆっくりと曲がり角から姿を現した溶岩人魔の動きが止まった。先に続いている筈の通路が行き止まりになっているからだろう。

 通路の壁よりは幾分低いコンクリートの壁が、本来あり得ない場所にある。

 それは〈自動販売機設置据付用コンクリート石版〉を並べて作られた壁だ。大きさの異なる何種類もの自動販売機を利用して、道幅ピッタリになるようコンクリート石版を並べて急遽作られた壁。


 そして、その壁は――二枚ある。

 溶岩人魔の前と更に奥にもう一枚。通路の前後をコンクリートの板で塞ぎ、そこに出ることも入ることも叶わない四方を壁で囲まれた空間を作り出した。

 何故、そんなことをしたのか。それは壁の頂上近くまで満たされた、氷の浮かぶ水を見れば理解してもらえると思う。

 さあ、思う存分、氷水浴びを楽しんでくれ!


 溶岩人魔側のコンクリート石版を自分の意思で消した。

 大量の水が解放され、激流となって溶岩人魔を呑み込んだ。

 触れた途端、水蒸気が噴き上がり視界が白に染まる。少量の水ならそこで終わりだっただろうが、この水量を全て蒸発できるわけもなく、氷水に溶岩人魔が沈む。

 水面が泡立ち、後方へと流れる水の氷は全て溶けているが、溜め込んだ氷水はまだ流れ続けている。

 キンキンに冷えた氷水をこれだけぶっかけたら、流石に冷えるだろ。

 全ての水が流れ、全身を水に浸した溶岩人魔が片膝を突いた状態で、真黒な身体を晒している。表面の水は既に乾いているな。

 あれだけ冷やしても表面が固まった程度に過ぎないのかもしれない。


 だけど、今はそれで充分だ。

 もう一枚の壁を形成していたコンクリート石版も消し去り、控えていたボタンが駆けだした。

 当初は熊会長が突っ込む予定だったのだが、突進力はボタンの方が上だと判断して担当が入れ替わった。

 全速力で駆けるボタンの背を目掛け、黒八咫が降下していく。

 俺を掴んだまま風を切り裂き、ボタンの背へ降り立つと、予めボタンの背に装着されていた背負子に俺の体を固定する。

 三本の足で器用にベルトを締め付けると、上に乗ったまま羽ばたく。


 疾走するボタンの上に俺、更に上に黒八咫という動物サンドイッチ状態のまま、溶岩人魔へと突き進む。

 溶岩人魔の急所は喉の少し下で、そこを貫けば倒せるかもというヒュールミの不確定な情報を元としている。今はそれを信じるしかない。

 相手が膝を突いているが、このまま突っ込んでもその位置には届かない。だが、ボタンは数メートル手前で大きく跳躍した。

 手足の短い猪の体格とは思えない見事なジャンプ力だが、手前過ぎて相手に到達する前に落ちそうだ。

 しかし、そこで黒八咫が漆黒の羽を広げ、勢いを殺すことなく滑空する。


 俺は〈ダンボール自動販売機〉のまま〈結界〉を発動させた。自分から一メートル以上〈結界〉を広げることは不可能だが、ギリギリ二匹をカバーできた。

 ボタンと黒八咫の体を青い壁が包み込むが、ボタンの角と黒八咫の羽は〈結界〉から飛び出ている。

 黒八咫はぶつかる直前に羽を畳み、何とか青い壁の内側に収納できた。ボタンの角は鋼鉄よりも硬く熱にも強いそうなので、〈結界〉から突き出ているままだ。


「クカアアアアッ!」


「ブフウウウウウゥ!」


 おおっ、二匹が気合の鳴き声を発している。格好いいじゃないか。

 最速の勢いで突撃すると、〈結界〉から突き出された円錐状の鋭く尖った先端が、溶岩人魔の喉元へと突き刺さる。

 やはり、固まっていたのは表面だけだったようで、角が抉り込む過程で灼熱の溶岩が周辺に飛び散っている。〈結界〉がこっちに飛んで来た溶岩を全て弾いているので被害はない。

 そのまま、ボタンの角が溶岩人魔を貫き、俺たちは後方へと抜け出る。

 背後では黒く変色した頭が地面に転がり、勝利を確信した。

 黒八咫が羽ばたき、溶岩がない場所まで移動すると、ボタンと一緒に着地する。


「またのごりようをおまちしております」


 決め台詞はいただいておこう。

 動物たちとの見事なコンビネーションで倒せて良かったよ。キコユたちとここで会えたのは幸運だった。

 溶岩人魔はあのまま冷えて固まるのだろうか、それとも消滅して魔石だけ落としてくれるのか。前者だとあとで体を砕くのが少し面倒だ。

 後処理が面倒じゃないといいなと願いつつ、溶岩人魔の状態を確認すると――首元から溶岩が膨れ上がっていく。

 えっ! 溶岩が溢れて丸く頭の形に……再生した!?


 倒したと思っていた溶岩人魔の頭が見る見るうちに元に戻っていく。

 首元が弱点じゃなかったのか。それも確かな情報じゃなかったのだから、こっちが博打に負けただけの話。ここは一度撤退するべきか。

 判断に迷い動けずにいると、首から上を真っ赤に滾らせた溶岩人魔が、膝に手を当てて立ち上がる寸前、唐突に天から降ってきた巨大な氷が激突して――沈んだ。

 な、なんだ! この巨大な氷は一体どこから!

 慌てふためいているところに、空から更に二つの巨大な氷の塊が至近距離に落下する。


 あっ、危なかった……飛び散った破片を〈結界〉が弾いているが、下手したら俺たちに直撃していたぞ。

 意味もわからず、降ってきた空を見上げると青空の一部に――穴があるな。

 穴?

 更に、こっちに向かってくる小さな点が見えた。それが徐々に大きくなるにつれ、姿がハッキリとしてくると体内の機械が軋み異音を上げる。

 手足を広げ落下してくる姿は見慣れた、見慣れ過ぎた人物と一致している。かなり距離はあるが俺には見分けがついてしまった。


 何してんの、ラッミス!?

 再会できて嬉しいと思う余裕もなく、迫りくる姿に焦りしかない。

 このままだと、地面に衝突して見るも無残な姿になるだけだ。ど、どうにかしないと!

 風船を出しても、クッションの足しにもならない!

 俺が浮いて捕まえるには時間がない!

 ええと、あれだ、どれだっ!

 混乱した頭で碌な考えが浮かばず、迫りくる彼女を見つめるしかできないでいた。


 だが、次の光景を目撃した瞬間、驚きと安堵のあまり電源が落ちるかと思った。

 彼女の背から何かが飛び出し、大きく膨らんだのだ。あれって、パラシュートなのか?

 落下速度が一気に落ちて、ふわふわと揺れながら降りてくるラッミスが俺を見つけたようで、大きく手を振っている。

 ふうぅぅぅぅ。よくわからないけど、無事でよかったよ、本当に……。


「あのバカ、勝手にオレの発明品使いやがったな」


 いつの間にか隣にやってきていたヒュールミが空を見上げながら、頭を抱えている。

 発明品……あっ、前に話していた高いところから落ちても大丈夫って魔道具か。それを装着して空から落ちてきたのか。

 どうやって?


「ハッコオオオオオオオン!」


 叫びながら風に流されて、あらぬ方向へと落ちていきそうになったラッミスをじっと見ていた黒八咫は、俺を掴んだまま飛び立った。

 彼女の元まで運んでくれるのか。俺たちの会話で状況を瞬時に理解して判断したのか、本当に賢いな。それに比べ……笑顔で浮かんでいるラッミスには後で説教だっ。


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