もめごと
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戦力外となった怪我人たちは荷台で休んでもらい。護衛に人数を割き、実力者のみで集落にいるであろう蛙の王様――王蛙人魔を倒しに行くことになった。
物語の主人公ならここで、退治するメンバーに組み込まれるのだろうが、自動販売機の俺とラッミスはお留守番である。
まあ、食料提供が本命だから当たり前と言えば当たり前なのだが。
ケリオイル率いる愚者の奇行団という、眉があれば眉根を寄せたくなるネーミングセンスの一団は全員、王様退治に行ってしまった。
あとは拠点である集落に王様とその取り巻きが残っている程度らしいので、俺たちはのんびり待っていればいい。ということは、商売ターイム!
荷台の近くに置かれたので、少しポイントを稼がさせてもらうとしよう。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
「温かい料理も飲料も取り揃えていますよー、飲み物は銀貨一枚でーす!」
俺の呼び込みに反応して、ラッミスも手伝ってくれている。
丁度、一息吐くタイミングだったらしく、カップ麺と紅茶、スポーツドリンクの売り上げが赤丸急上昇中だ。
スポーツドリンクは当初、今まで経験したことのない味が集落の人々に不評だったのだが、ハンターが討伐後の疲れ切った時に飲むと、疲労が回復したという情報が広まり、ハンター内で大流行となった。
そもそも、青と白のロゴで有名なスポーツドリンクは、薬として開発されたという話を聞いたことがある。水分補給に優れていて、風邪や下痢のさいに大変お世話になった過去を思い出す。
今の状況にはピッタリな飲料だ。飲む点滴って言う人もいるよな。
「はぁー火を起こさないで温かいもの食えるのって、たまんねえな」
「後片付けが必要ないってのも、嬉しいよね」
「うちのチームにも一台欲しいぜ」
自動販売機の性能はハンターたちにとってかなり有益なようで、羨ましそうにこちらをチラチラと見る輩が大量にいる。無精ひげ団長だけでも厄介なのに、他のハンターたちにも気を払わなければならないのか。
ラッミスは俺の人気が高いことが嬉しいらしく、いつにも増してにこにこと笑っている。周りの視線の意味に気づいて……ないよな、この調子だと。
「すまん、誰か怪我人の手当て手伝ってくれんか」
「あ、うちやるよー! ハッコンちょっと一人にするけど、寂しいからって泣かないでね」
「またのごりようをおまちしています」
「何よそれ。じゃあ、行ってくるー」
茶目っ気のある問いかけだったので素早く切り返すと、頬を膨らまして少し拗ねたような振りをして、走り去っていった。
これが生身の付き合いなら恋人同士に見られるかもしれないが、俺、無機物だしな……。
「っと、あのお人好しいないな。今のうちか」
小柄でひょろっとした出っ歯の目立つ男が、辺りの視線を気にしながらこっちに歩み寄ってきている。人を見た目で判断するのは最低の行為だというのは理解した上で、言わせてもらいたい。胡散臭いぞ、こいつ。
何と言うか見るからに雑魚っぽい。ザ小悪党という称号を与えたいぐらいだ。鼻歌交じりに近づいてくるが、視線が全身を舐めるように這いずり回っている。
視線を追うと、硬貨投入口を気にしているようだが。
「さってと、何買うか」
雑魚っぽいハンターはわざとらしく大きな声でそういうと、コイン投入口に細い針金のような物を差し込もうとしている。
ああ、こいつ俺の金を盗むつもりなのか。ならば、それ相応の対応をさせてもらうとしよう。
「いらっしゃいませ」
最大音量でかましてみた。
「うえぃ!?」
おっ、飛び上がるぐらい驚いたか。俺の音声と小悪党の思わず漏れた声に、周囲の視線が集まっている。さあ、この状況でどうするのかな。
「へ、へえ、マジで話せるのか。大したもんだ」
感心しているように装っているが、頬が引きつっているぞ。
これで素直に購入して帰るなら放っておくが、そんな素直な人間には見えない。
「てめぇ、言葉がわかっているなら大人しく金だしやがれ……壊されたくなかったらなっ」
小声で凄んできたか。おっ、こいつ爪先で俺を蹴っているぞ。ほほう、自動販売機で手足が無いからって舐めているな。
自衛できる自動販売機の実力を見せてやろうじゃないか。
俺は取り出し口にミネラルウォーターを一つ落としてやると、男の顔が喜色をあらわにしている。そして、手を突っ込み中を弄っている……ところで、追加の商品を落としてやる。
「また、音が……あっちいいいいいぃぃぃっ! あつ、あつ、ぎいああああっ!」
ふはははは、限界まで温めた灼熱コーンスープはどうかね。更に数を増やしてやろうじゃないか。
「あたりがでたらもういっぽん」
続いて数本、コーンスープを落とすことにより男の手が抜けなくなった。我がボディーを傷つけ金を奪おうとしたことは許すわけにはいかん。暫く、苦しむがいい。
「くそっ、くそっ、箱の分際で舐めやがって! ぶっ壊してやる!」
男が腰に携えていた短剣を抜き出し、大きく振りかぶった。〈結界〉で弾いてもいいが、このまま受けても損傷は僅かだ。お前さんの愚行を周りに知らしめるためにも、ここはあえて受け止めることにしよう。
そう決意して迫りくる切っ先を眺めていたのだが、俺に触れる寸前で動きがぴたりと止まる。
「ハッコンに何しようとしているの……」
この低く凄味のある声はラッミスか。騒ぎを聞いて駆けつけてくれたみたいだ。この子はこんな声も出せたのか。
手首を掴まれた男が振り返ったまま硬直している。それぐらい、ラッミスの顔には迫力があった。日頃可愛い顔を見慣れているだけに、眉尻を吊り上げ目を大きく見開いた形相が恐ろしい。
「ち、違うんだ。品を取ろうとしたら、大量に落ちてきて腕が抜けなくなったんだって!」
「その前に何か変なことしなかった?」
流石ラッミスだ。その察しの良さと勘の鋭さ、惚れそうになる。
「何もしてねえよっ! こいつが勝手におかしな動きをしやがったんだ!」
「ハッコン、本当にこの人変なことしてない?」
「ざんねん」
「ほら、ハッコンは違うって言ってるよ」
「何言ってんだ。お前は俺とこの鉄の箱の言うこと、どっちを信じ――」
「ハッコンに決まっている」
被せてラッミスが即答した。俺に対する圧倒的な信頼度の高さ。腕が合ったら抱きしめたくなるぐらいに嬉しいぞ。
そして、嘘つき男には更に缶のプレゼントだ。温度は冷えてきたようだが、この重さで押し潰してくれる。
「いたたたたたたっ! この箱野郎っ、やめろっ!」
「そういや、貴方って団長さんが言っていた要注意人物の人かな。もしかして、グゴイルさん?」
「へっ、い、いや、違うぜ」
うわー、見るからに胡散臭い。芝居下手だな、露骨に顔を逸らしてこめかみから汗が流れ落ちているし。そうです、って言っているようなもんだろ。
「ラッミスちゃん。そいつグゴイルだぜ、手癖が悪いことで有名な」
荷台から顔を出した髭もじゃのオッサンが教えてくれた。あ、この人、前に部下らしき人たちの前で自動販売機の使い方を説明していた人か。心のメモ帳良い人リストにメモっておこう。
「ふううううん。じゃあ、容赦は必要ないよね?」
腕をぽきぽき鳴らして見下ろすラッミスは笑顔を浮かべているというのに、何故か迫力があった。
結局、あの男は荒縄でぐるぐる巻きにされて、怪我人と一緒に荷台へ放り込まれている。今までもハンターの金を盗んだ前科があるらしく、周りの人もラッミスの味方をしてくれたので、あっさりと解決したな。
あれからは、まったりと時が流れている。拠点に向かった連中は今頃戦っている最中なのだろうか。王蛙人魔がどの程度の強さかがわからないので、心配する材料すらない。こういう時、会話が出来るなら情報を集めることも可能なんだが、聞き役専門だからどうしようもない。
「想像以上に敵も多かったが、その分、臨時の報酬が期待できそうだ」
「早く集落に戻って一杯やりたいぜ」
居残り組は完全に戦勝ムードだな。誰もかれもが寛いでいる。荷台の怪我人が九名。護衛が六名。戦いってのは何があるかわからないから、油断しすぎな気もするが、戦闘もできない俺にどうこういう資格はないし、そもそも言えない。
集落に戻ったら新商品で酒を追加すると儲かりそうだな。酎ハイ、日本酒、カクテルもあるが、どれがこの世界の人に受けるのか。
そういや、炭酸飲料を提供したら飲めるのかね。子供が初めて炭酸を飲んだら喉が痛くてイヤだって言う子もいるしな。まあ、それでも慣れたら平気みたいだから、置いてみるのもありかもしれない。
以前一度、ラッミスに試してもらったことがあるのだが、プルトップの開け方が良くわからなくて、あれこれ弄り回している内に中身が振られてしまい、開けた途端に中身が飛び出し、炭酸塗れにしてしまったことがある。
あれ以来、ラッミスは炭酸飲料に怯えてしまったので、商品として並ぶことが無かった。彼女以外にだったら解禁しても大丈夫だろう。それも炭酸控えめなら。
「ハッコン、無事終わりそうだねー。帰ったら体綺麗にしてあげるから、もう少し辛抱してね」
「いらっしゃいませ」
それは楽しみだ。感覚がある訳じゃないのだが、濡れた布で全身拭いてもらうのは結構好きだったりする。体も気分もさっぱりしたような感じが心地いい。
戦いに参加すると聞いたときは心配だったが、ハンター側には死者も出ずに無事帰還できそうだ。俺も気分がいいから、祝いも兼ねて集落に着いたら割引セールでもしようか。
「や、やべえぞ。おい、みんな、ここから撤退しろ! でけえのがこっちに向かって来ていやがる!」
荷台にいた胸元に包帯を巻いた男が、遠くを指差し叫んでいる。
その切羽詰った感じに促され、そちらを見ると――炎に包まれている巨大な蛙が飛び跳ねてきているのが見えた。