役割分担
宿屋で一晩を明かし、心と体をリフレッシュした一行は再び迷路へと足を踏み入れた。
今度はヒュールミも同行しているのには、ちゃんとした理由がある。まず、魔石がどれぐらいあれば稼働するか判断する為。
そして、もう一つは宝箱を開ける作業を任せたいからだ。ヒュールミは宝箱の知識もあり、実際に罠解除や鍵開けの技能は取得しているそうだ。
少し前ならそれでも危険性が高いので連れて行かなかっただろうが、今は頼りになる戦力が増え、ボタンが引いてくれる荷台もあるので移動もスムーズに行える。ヒュールミがついてきても足手まといにはならない条件が整っている。
荷台には俺とキコユとヒュールミが乗り、戦闘に入ったら二人が俺に寄り添って〈結界〉で守るという流れが出来上がっている。少女と美女に寄りかかられるのは悪くないが、触感がないので変な気にはならないな。
キコユの場合は見た目が子供なので保護欲は湧くのだが。
順調に地図を塗りつぶしながら進んでいたのだが、大通りを横断した時、ふとあることを思い出して空を見上げた。
そこには雲一つない真っ青な空が広がっている。あそこらへんになるのかな。
空の一点をじっと見つめるが、ただの青空にしか見えない。
階層割れに巻き込まれて、自分が上の清流の湖階層から落ちてきた場所を探しているのだが、地上からは全く判断がつかないでいる。
そういや、清流の階層側の階層割れ後はどうなっているのだろう。熊会長なら詳しいことを知っていそうだな。
「か い ち よ う」
「なんだ、ハッコン」
先頭を歩いていた熊会長が歩く速度を落とし、荷台の隣に並んでくれた。
「か い せ う」
「ご し ゃ あ」
「し ゅ う り」
「し た の」
「かいせう、ごしゃー?」
会長が首を傾げ、眉根を寄せて考え込んでいる。
やはり、無理があったか。少ない言葉を駆使して伝えようとしたのだが。
「会長、ハッコンはたぶん、階層割れを直したのか聞いてんじゃねえか」
よくわかったね、ヒュールミ。自分で言っておいて何だが、伝わったことにびっくりだよ。ラッミスの次に言葉を交わしているおかげかな。助かるよ。
「おおっ、階層がごしゃーと潰れたという表現か、なるほど」
真面目な顔で考察されると恥ずかしいのですが。
「階層割れはもう修復して地面も再生されている。だが、一度階層割れが発生した場所は地面が脆くなっているので、目印を立ててそこには近寄らないようにハンターたちには忠告してある。再生中なので陥没していて小さな池のようになっているようだ。水の中からかなり強い衝撃を与えない限り、再び崩落することはあり得んのだが」
それを聞いて一安心だ。あの高さから落ちたら普通は即死間違いなしだからな。特殊な能力でもなければ、助かりようがない高さだった。
「普通の人間は階層割れに落ちたら、そこでおしまいだ。そこで、俺はハッコンの方法を参考にして、実はこそっと高いところから落ちても大丈夫な魔道具を制作していたんだぜ。他にも水を一瞬にして凍らす魔道具と、自己修復機能が付いた服も今度お披露目するから、ハッコンも見物していってくれよな」
「う ん」
ヒュールミはそんな物を作っていたのか。高所から落ちても大丈夫な魔道具……あれか、無重力状態になるとか、魔法の能力が付与されている感じかな。
清流の湖階層に戻れたら、喜んで見物させてもらおう。
「会長さん、地図だとそこを曲がったら、宝箱のある部屋っぽいです」
「お、そうか。話はまた休憩時にでもするとしよう」
熊会長が戦闘態勢に切り替わり、一人前に突出する。
黒八咫が空から舞い降りてキコユの前に着地すると、その背を撫でながら心の声を読んでいるようだ。
「豊豚魔が八体いるそうです。黒八咫ありがとう。会長さんを手伝ってあげてね」
「クワッカ」
漆黒の翼を羽ばたかせて飛び立っていく黒八咫。カラスって日本では苦手だったのだが、黒八咫は凛々しく絵になる。正直、格好いい。
俺たちが曲がり角を抜けると、既に戦闘が終わっていて豊豚魔の死体が転がっていた。
いつものようにキコユが死体処理をしている間に、部屋の隅に置いてある宝箱をヒュールミが調べている。
「鍵付きで、罠もあるみてえだな。まっ、簡単な罠だから問題ないがよ」
細い金属の棒を二本握り、数回動かしただけでカチャリと開錠された音がした。熊会長が苦戦していた鍵開けをあっさりと終わらすとは。
「罠も解除しておいたから、安心してくれ」
余裕の笑みを浮かべて振り返るヒュールミの頼もしさに思わず、姉御最高っす、とか言ったらきっと怒られるだろうな。
前回、姉御と呼んだ後、暫く機嫌悪かったから気を付けないと。ヒュールミはもっと可愛いのが良いって言っていたから、俺の使える言葉でヒュールミが喜びそうな呼び名を考えてみるか。
俺の話せる言葉は「あいうおかくこさしすせにねのたちてとまもらりよをんがござだでぽっゃゅ」だけ。更に一度に話せる文字数が五文字。
この文字を組み合わせて五文字以内で、ヒュールミを可愛く表現しなければならない。
となると、特徴的な部分を呼び名に含めると彼女もわかりやすいか。
んー、特徴的な箇所となると「た い ら」あ、うん、たぶんこれ言ったら壊される。
あとは「あ た ま い い」これもわかり易いが可愛さが微塵もない。
意外と難しいな、可愛さと特徴を両立させる呼び名か。やっぱり姉御がぴったりな気がしてきた。
「外れかー」
ヒュールミの落ち込む声が聞こえたので、ネーミングについて考えるのは一旦止めよう。
宝箱の中から取り出されたのは、柄に凝った装飾のある短剣だった。
「質は良さそうだ。金貨一枚ぐらいで売れそうではあるが、今は無用か」
物は悪くないけど魔石ではなかったのか。まあ、いきなり大当たりとは都合よくいかないか。
それから、半日で三つも宝箱を見つけられたのは黒八咫のお手柄だった。空から宝箱のある場所を探り、最短距離で向かっているので手際よく事が運んでいる。
夜になり食後に本日の成果を確認しているのだが、小さな魔石が一つだけであとは武器と道具のようだ。
「ふむ、直ぐに見つかるとは思っておらぬが、芳しくはないな」
「地図は結構埋まってんな。宝箱って一度取ったら次に復活するのに半年かかるって話だったか」
「情報によるとそうだ。およそ、半年で中身の詰まった宝箱が現れると言われている」
「そうなると、私たちが開けた宝箱は探索中には戻らないと考えていいのですね」
これって運が悪ければ全部調べても出ない可能性があるのか。他にもっといい方法があればいいけど。
「一応、大きな魔石を確実に得る方法はあるが……正直、お勧めはできねえな」
えっ、あるのか。でも、ヒュールミが腕を組んで唸っている姿を見ている限りでは、あまり期待はしない方がいいかもしれない。
「するしないは別として、教えてもらっても良いか」
「ああ。この階層って階層主よりも厄介な敵がいるだろ」
「溶岩人魔か……」
会長は直ぐに思い当たったようで、ヒュールミと同じく腕組みをして唸っている。
「そう、あいつを倒すと巨大な魔石を落とすって話を聞いたことがある」
「ここ、十年、討伐された話を聞いたことがないが、何かしら高価な物を落とすのは確かなようだ。一獲千金を狙って毎年ハンターが挑み散っている」
「溶岩人魔とはどのような魔物なのでしょうか?」
俺と同じく話についていけないキコユが、良いタイミングで疑問を口にしてくれた。
「身の丈はハッコンの三倍程か」
自動販売機の俺の身長から計算すると、五メートルちょいぐらいかな。
「体はその名の通り溶岩が集まり、人の様な形をしておる」
「厄介なのは火をまとっている訳じゃねえから、以前やった方法が使えねえってことだな」
それって階層主だった炎巨骨魔にやった、落とし穴に落としてドライアイスで火を消すって戦法のことか。確かに溶岩でできているなら効果はあまり期待できそうにない。
溶岩が海の中に入り込んでも暫く燃え続けていた映像を見たことがある。水を掛けたところで、まさに焼け石に水だろう。
ゲームとかだと氷の魔法をぶつけるというのが定番中の定番だが、氷満載にして落とし穴に放り込んだとしても、一瞬で蒸発しそうだ。
「かなりの強敵ですね。でも、以前倒した人がいるのでしたら、その人たちはどうやって倒したのでしょうか」
小首を傾げる姿は可愛らしいが、口にしている言葉は大人びている。
「多分、強力な魔法で吹き飛ばすか、圧倒的な力で粉砕するかの二択じゃねえか」
「この戦力で倒すとなると、水か何かで表面を冷やして固め、そこに強烈な一撃を加えて粉砕するしかあるまい。その役目は担当しよう」
熊会長が危険な役割を買って出たが、そう簡単に冷やすことが可能なのだろうか。それに、表面は固めたとしても、攻撃をして溶岩が飛び散れば熊会長もただでは済まない。
「会長、これは最後の手段だぜ。今は宝箱を探す方が確実だ」
どうにもならない場合は、最終手段として俺がまた上空から押し潰すしかないか。〈結界〉で熱も遮断すれば溶かされることもないだろう。
ただ、ポイントの大量消費は覚悟しないと駄目か。巨大自動販売機にフォルムチェンジして〈結界〉が溶岩に触れるだけで消耗は激しくなる。
気になる点は、どうやって当てるか。やはり、前回と同じく落とし穴を使えればいくらか楽になるけど、溶岩人魔が何処に現れるかが問題になってきそうだ。




