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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
六章

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動物と少女

 キコユたちと行動を共にすることとなり、俺は荷台に乗せられることになった。

 白く巨大なウナススであるボタンが引っ張る荷台は特別製で、木製ではなく金属で全てが作られていた。腕利きの職人が作った逸品らしく、頑丈で金属にしては軽い方らしい。

 近くで見ると荷台というよりは古代の戦車――チャリオットみたいだ。

 それでも木製に比べれば重く、荷物も積まれ、更にキコユと自動販売機である俺がいるというのに、ボタンは軽々と引っ張っている。一度ラッミスと力比べをさせてみたい。


 上空では黒八咫が空を旋回しながら辺りの監視をしてくれている。かなり頭のいいカラスで話す言葉だけではなく文字まで理解できるそうだ……俺はまだ簡単な文字しかわからないというのに。

 今は〈念動力〉が使えるので誰かに文字を教えてもらおうと思ったのだが、今はみんなやることが山積みで、教えてもらえるような状況じゃないからな。

 そうそう、クロヤタは黒八咫と書くそうで、自己紹介の後に荷台から紙を持ってきて、自分の名前はこうだとアピールしていた。そこに書かれていた文字は漢字だった。

 畑に転生した魂は日本人で間違いないようだ。事が片付いたら必ず会わないと。


 そういえば、キコユは頼りにならないと自ら断言していたが、そんなことはないと思うのだが。

 使える能力は触れた物を冷たくする。気配を完全に消せる。触れた相手の心の声を聞くことができる。の三種類だけだと謙遜していたが、サポート役としては優秀な能力だよな。

 改めて共に行動しているメンバーを眺めていると、ふと思ったことがある。

 熊会長、ボタン、黒八咫、自動販売機、少女。これ、移動式動物園じゃないか……。

 ここに大食い団を加えたら完璧だな。無事に合流できたら是非加わって欲しい。


 そんな馬鹿なことを考える余裕があるぐらい、順調に進んでいる。

 上空から監視しているので分かれ道や曲がり角に敵が潜んでいても、黒八咫が直ぐに舞い降りて来て教えてくれるので不意打ちもなく、俺という重しから解放された熊会長は、その実力を思う存分、発揮してくれている。

 黒八咫も上から滑空してきては、鋭い爪で切り裂き、嘴で貫き、敵を次々と戦闘不能に陥らせている。超音波みたいな鳴き声がなくても充分すぎる活躍だ。

 敵が多いとワンタッチで外れる荷台から解放されたボタンも加わり、殲滅力が一気に跳ね上がる。頼もし過ぎる動物たちだな。


「辺りが暗くなってきた。今日はここで野営するとしよう」


「はい、わかりました」


 黒八咫は迷路の壁の上に着地すると、そこで周囲の警戒をしてくれているようだ。

 この場所は通路が行き止まりになっているので、一方向のみに気を付けていれば問題がない。対処できない敵が現れた場合、逃げ場がないということにもなるが、そこは俺の〈結界〉で何とかすればいい。


「では、晩御飯は残っているシテミウマと新しく何か野菜を」


「ま っ た」


 畑の欠片を植木鉢にセットしようとしていたキコユを止めることにした。

 昼はそのサツマイモにそっくりなシテミウマに熊会長が虜にされたようだが、今度はこっちの番だ。日本の企業力を見せつけてやるぞ。


「お ら が だ す」


 おっす、とか言い出しそうな話し方になってしまった。足りない言葉を補おうとすると赤ちゃん言葉か方言っぽくなるのが問題だ。


「ハッコンさんの、ご飯がいただけるのですね。楽しみです」


 目を輝かせているキコユの期待に応えないとな。ここで野菜や果物で勝負をしても完敗するだろう。となると、加工された食品か。

 人気のある食べ物となると、まずはから揚げか。更にたこ焼きも珍しい筈だから、異世界にない料理で攻めるとしよう。


「うわぁ、何ですかこれ! 温かくて美味しそう」


 反応は上々だな。

 ふーふーしながら、から揚げを口に入れ咀嚼している。ぱっと目が輝き、満足しているようだ。


「美味しいです、このお肉。鳥の肉なのでしょうか」


 そういや、黒八咫がいるところで鶏肉を出してよかったのだろうか。同類の肉を出しやがってとか思ってないといいが。


「この丸いのも、上にかかっている黒い液体と、中に入っている面白い触感の食べ物が癖になりそう。なんだろうこれ」


 外国の人は蛸が苦手と聞いたことがあるが、キコユも中身を知らずにいた方がいいかもしれない。

 舞い降りてきた黒八咫とボタンは昼間食べたシテミウマを食べている。動物は油ものとか駄目なものが多いから、食べさせるのは止めた方が良いか。

 から揚げもたこ焼きも気に入ってもらえたようだが、本命はそっちじゃない。そう、レディーのハートを鷲掴みにするにはこれだっ!

 俺は〈自販機コンビニ〉にフォルムチェンジすると、ずらっと商品を並べた。それも全部スイーツのみというラインナップだ。

 最近のコンビニスイーツは専門店に引けを取らない味だ。むしろ、有名スイーツの店が協賛していたりするので味は折り紙付きだ。


「ふわぁ、何ですかこれは……見たこともない食べ物ばかりです」


「お か し だ よ」


「これ全部お菓子なんですか。うわぁ、凄いなぁ」


 子供、女性、お菓子。これで堕ちない訳がない。素材の味では圧倒的に不利だとはいえ、多くの人々に好まれるように調理された味なら勝ち目はあるだろう。

 更にスイーツで大事なのは見た目だ。女性受けする可愛らしさも重要なポイント。


「どれも綺麗でこれ本当に食べ物なのでしょうかぁ」


 迷いながらも、キコユはプリンとフルーツがたっぷり入ったケーキを選んだ。

 開け方がわからないだろうから、〈念動力〉で運ぶ際にカバーを外しておく。それを少女の前に置くと、食べていいの、と上目遣いの視線で訴えかけてきた。


「い い よ」


「いただきまーす」


 匙でプリンをすくい口に入れた途端、頬を押さえて口元に笑みを浮かべた。更に二口、三口と手が止まらないようで、瞬く間にプリンを食べ終える。


「美味しかったです。果物の甘さや味とは違った、別の甘味なのでしょうか。こんな食感と喉越しも初体験です」


 見事な表現力だ。見た目が少女の口から出た言葉とは思えない。

 次にケーキを食べているのだが、さっきよりは反応が薄いけど、何やら考え込むようにしてゆっくり味わっている。


「美味しい……これって、畑さんの果物で作ったらもっと、とんでもないお菓子に……」


 呟いている声を聞いて納得がいった。畑で採れた美味しい果物で同じ物を作れないか考えているのか。素材が良ければ味が増すわけだから、実現できたらとんでもないことになりそうだ。


「ごちそうさまでした。とっても、美味しかったです」


 手を合わせてから、満足げにお腹を擦っている。

 野菜や果物の味では勝てないと考えて、肉とスイーツで攻めたのが功を奏したようだ。あと、食後の飲み物も提供させてもらおう。

 自動販売機としてのプライドも保てたし、満足のいく結果だった。


「そのなんだ、すまんが。こちらにも何かもらえないだろうか」


 申し訳なさそうに、佇んでいる熊会長がいる……ごめん、熊会長のことすっかり忘れてた。今から好物を直ぐに用意するよ!





 熊会長も食べ終えたところで、先に会長が見張りをすることとなり、キコユと二匹は先に眠ってもらうことにした。

 俺の体から漏れ出た光に照らされた熊会長が闇に浮かんでいる。

 温かいスープを飲みながら通路の先を眺めている熊会長の姿は、熊だというのにダンディーで絵になっていた。これ録画しておいて流せばCM効果ありそうだ。


「ハッコンよ、キコユという名の少女をどう思う」


「よ い こ だ ね」


「そうだな。気遣いもできて頭もいい。精神と見た目が一致しないほどにな」


 熊会長もそこが引っ掛かっていたのか。まあ、実際にあれぐらいの歳頃の子供と接したことがあれば、違和感しかないよな。

 親戚の子供や友達の子供は、あの歳だったらもっと我儘も言ったり、理解力も低かったりするのが普通だ。あんなにしっかりしている子供は滅多に……いや、皆無だろう。


「初めは冥府の王の手の者ではないかと疑っていたのだが違うようだ。それよりも、気になることがあったのだよ。キコユはおそらく……人の子ではあるまい。半分混ざっているだけかもしれぬが」


 フィルミナ副団長と同じなのだろうか。俺の見立てでは精神年齢は十代後半から二十歳。高校生か大学生というイメージだが。


「あの能力と外見の特徴が、とある種族に一致する」


 熊会長はキコユが何者であるか、既に答えを導き出しているようだ。

 まだまだ、この世界についての常識が足りないので、俺には見当もつかない。


「雪童ではないかと思っている」


 ゆきわらべ? 名前から想像すると雪女の子供バージョンだろうか。


「雪童というのは貴重な種族である雪精人の子供を指して、そう呼ぶのだ。成人になるまで見た目は六歳ぐらいの子供の姿を保っていてな。成人の日を迎えたその日に、大人の姿に急成長するらしい。雪童は特殊な力があり、それを狙う者が後を絶たず絶滅の危機に陥っておる。実際、絶滅したものだと思っておったのだが」


 ということは、見た目と実年齢が異なるってことか。

 それに、狙われる特殊能力って何だろう。良くあるパターンだと願い事を叶えられるとか、食べたら不老不死になるとか。ぱっと思いつくのはそんなものだが。


「雪童が成人……十八歳になった日に首を刎ねると、永遠に溶けることのない氷の彫像と化す。その首は呪詛の言葉を吐き続け、一帯は呪いにより汚染されると伝えられている。実際にそれで滅びた国があったそうだ」


 とんでもない能力だが、発動条件が酷すぎるだろ。首を刎ねて呪いを掛けるって、最低な手段だ。


「実はそれだけではなくてな。首から下の氷の彫像は、傍に置くだけでどんな呪いも解くことが可能な解呪の像となる」


 頭とは真逆の効果が生まれるのか。それは需要があるのも理解できる。だから、絶滅の危機になっているのか……えっ、ちょっと待ってくれ。呪いを解けるって、それは――


「だ ん ち よ う」


「ああ、そうだ。それがあれば、ケリオイル団長の息子に掛かった呪いも解くことが可能だろう」


 何てことだ。これをケリオイル団長が知ったら、どんな手段を用いてもキコユを得ようとするだろう。

 今、行動を共にしていないことが良い方向に転ぶとは思いもしなかった。


「故に、これは我らの胸に納めておく秘密だ。他言無用で頼む」


「う ん」


 団長が心から欲している存在がこんなに近くにいるのか。皮肉なものだな。

 キコユが本当に雪童だったとしても、そんな目に遭わすわけにはいかない。この秘密は誰にも明かさないでおこう。

 ボタンのお腹を枕にして気持ち良さそうに眠っている少女。

 どんな理由があろうと、この子を犠牲にしたらダメだよな。この秘密は絶対に漏らすわけにはいかない。


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