切り札
「ヘブイ、動きが鈍くなっているんじゃねえか」
「まさか、毒を刃に塗っているとは思いませんでしたよ」
ケリオイル団長の指摘にヘブイが苦笑いを返している。
さっきからヘブイの傷が深くなってきているのは、疲労のせいだと思っていたのだが、まさかの毒か。
なりふり構わず、本気で倒しにきている。
「その毒は死に至らしめるようなものじゃねえから、安心しな。ただ、体内に取り込まれることにより、全身に激痛が走る。俺たちの息子の痛みに比べれば軽いもんだがな。さて、そろそろ負けを認めてくれないか……起死回生の何かがあるなら別だが。お前の精神干渉系の魔法も幻覚魔法も広範囲に影響を与える。イチかバチか、ここで使ってみるか。俺は耐える自信があるぞ」
「でしょうね。ですが、団長は勘違いされているようですよ。私のそれは……魔法ではありません」
「おいおい、この期に及んでハッタリか」
と言いつつ、ヘブイの発言が気になるようで団長の手が止まり、睨み合う形になっている。
「時間稼ぎをするつもりならお前さんが不利になるだけだぞ。毒が全身に回り痛みが増すだけだからな」
「ところで、素朴な疑問なのですが。仲間とはいえ手の内を全て晒すような人間に私は見えますか」
「お前、嘘は許せないって言っていただろうが」
「嘘は許せず、自分の秘めた趣味も明らかにして、何でも素直に受け答えしている。そんな人間相手だと油断しませんか。こいつの能力は全て見切ったと。さて、今の私が激痛に苦しんでいるように見えますか?」
さっきまでは苦痛に顔を歪めていたのだが、今は平然と髪を掻き上げ、軽くステップを踏む余裕すらある。
「芝居……には見えねえな。ヘブイ、毒を解除する魔法も使えたのか」
「いえ、そんな便利な魔法知りませんよ。解毒剤も飲んでいません。今は痛くないだけです」
「おいおい、この状況で言葉遊びをする気はねえぞ。どういうことだ」
「痛みを一時的に消したのですよ。私の加護の力で」
「お前の加護の力は怪力だけだった筈だよな。痛みを消す加護だと?」
「ええ、幻覚も精神干渉も魔法ではなく……感覚操作の加護の力ですよ」
感覚操作の加護。初めて聞く加護の種類だ。
「初耳だぞ、そんな加護。ハッタリにしちゃお粗末すぎねえか」
「自分の知りうる知識が世の中の全てではないのですよ。ヒュールミさん、貴女なら聞いたことがあるのでは」
傍観者に徹していたところに話を振られて、ヒュールミは少し仰け反ったが姿勢と表情を整えてから口を開いた。
「聞いたことはある。ハッコンの結界に匹敵するぐらい希少な加護らしいが」
「どういう能力だ」
「教えていいのか、ヘブイ」
「ええ、構いませんよ」
今まで秘匿していた割には、あっさり情報を開示するな。何か狙いがあるのだろうか。
「相手の感覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などの感覚を操れる。その他にもヘブイが言ったように痛覚を操作することも可能みたいだな。それ以上の詳しいことはオレも知らねえが」
「ちょっと待て、マジで痛覚を操作できるのなら、息子の痛みを消せるのか!?」
団長が武器を構えることも忘れて問いかけている。
その悲痛な叫びを浴びせられたヘブイも武器を下ろした。
「ここで、そうです、と言えば凶行を止められるのでしょうが、残念ながらそれは無理なのですよ。この加護には幾つか制限と制約がありまして。負の効果を与える……そうですね、視覚を操作して幻覚を見せるのは広範囲無差別で発生できます。ですが視覚を強化して視力を上げるのは、己にしか作用しないのです。感覚を強化する操作は人には施せません。痛覚を無くす効果は、残念ながら強化の方に分類されるようです」
この状況で思うことではないのかもしれないが、〈感覚操作〉面白い能力だな。やりようによっては、かなり強くないか。
「そうか、残念だぜ。お前の精神干渉系の魔法には期待していたが、もう用済みか」
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
嫌味に対して慇懃無礼な態度で返す、ヘブイの神経の図太さには感心させられる。
再び両者が武器を構え、戦闘状態へと移行した。話し合いの結果、振り出しに戻っただけか。
ああ、くそ。何の策も思い浮かばないで、何もできない自分がもどかしい。
「もう、お互いに話したいこともねえよな。じゃあ、終わらせるぞ」
「そう簡単にいくといいですね。会話中に傷は癒しておきましたので、まだまだ粘りますよ」
ちゃっかりしているなヘブイは。確かに傷口から流れ落ちていた血も止まり、傷跡も消えている。自分の加護を明かしたのも治癒の時間を稼ぐためだったのか。持久戦になるとヘブイの方が有利なようだが。
「それは無理だぜ。息子たちもやばそうだから、終わらせねえと」
ミシュエルと紅白双子の戦いは終盤に差し掛かっている。まだまだ余裕があり息も整っているミシュエルと、今にも倒れそうで疲労困憊の双子。
どっちが優勢なのかは一目でわかる。
「あーもう、マジだるい」
「もっと手加減を要求する!」
「そうしたら、逃げますよね」
会話だけ聞くならスポーツでもしているようだが、やっていることは真剣での戦い。だというのに双子の口調は軽く心が折れていない。
「うちらは口を挟めないよね」
「付き合いの浅いオレたちが、偉そうに語るべき場面じゃねえからな」
「う ん」
完全に部外者の立ち位置にいるよな。
俺たちの仕事は入り口を見張って、逃がさないようにするだけか。
「フィルミナ、赤、白、いいか。やるぞ!」
「はい」「おう」「あいよ」
団長が大声を張り上げ、それに反応した副団長と双子が反応して武器を掲げる。
何か仕掛けてくるのか! 一挙手一投足を見逃さないように全員から目を離さないようにしないと。
「ぐああああっ!」
突如上がった悲鳴は――ヘブイのものだった。
膝を突き、額を地面にこすりつけて苦痛の呻き声を漏らしている。どういうことだ、さっきまで平然としていたのに。
予想外の人物の反応に仲間の視線が集まってしまっている。その隙を見逃すことなく、紅白双子がミシュエルを迂回して壁際を走り、俺に迫ってきた。
フィルミナ副団長もこっちに走り寄ってきている。我に返ったミシュエルが副団長を遮るように動こうとしたのだが、団長が投げつけた短剣を弾く為に足が止まる。
その脇を通り抜け、四人が俺の結界の前まで接近してきた。
またも団長が短剣を構えて投げつけようとしているが〈結界〉がある限り、そんな攻撃は通用しない。
ヘブイに何をしたのかはわからないが、何をされようとも〈結界〉で全てを弾いてみせる!
「ヘブイだけが、実力を隠している訳じゃねえんだぜ!」
この状況で勝ち誇った笑みを浮かべる団長の瞳が紅く染まったかと思うと、青い光を放っていた〈結界〉が――消滅した。
なっ、解除してないのにどうして!?
絶対の自信があった鉄壁の防御が崩され、団長が投げつけたナイフがシュイの弓の弦を断ち切った。
更に視界が白い靄で覆われる。これは鰐人魔との戦いで見せたフィルミナ副団長の魔法か。
「まさか、冥府の王用の切り札を使わされるとはな。今まで楽しかったぜ、すまねえな」
頭頂部に誰かの手が一瞬だけ触れた。そして、後方から遠ざかる足音と共に聞こえてきた声は、団長の謝罪だった。
逃げられたのか……今更追っても、間に合いそうにない。それに、胸を押さえて苦しんでいるヘブイを放ってもおけない。
「すみません、ハッコン師匠! 逃がしてしまいました。今から跡を追いますっ」
「ミシュエルやめておけ。団長の能力がわからない今、一人で追うのは危険すぎるぜ」
「くっ、そう、ですね」
「まずは、ヘブイさんを」
そうだ。まずは、苦しみもがいているヘブイをどうにかしないと。
「はぁ、してやられましたね。流石、団長と言うべきでしょうか」
ヘブイが平然と立ち上がり、頭を掻いている……って、おい。
「えっ、何、平然としているっすか! まさか、団長たちを逃がす為の芝居っすか!」
「それは心外な。さっきまでは激痛で動けなかったのですよ。団長の加護だと思うのですが、それにより私の痛覚操作が打ち消されて痛覚が戻っていました。今はもう一度発動させて痛覚を消しているだけですよ」
詰め寄るシュイをあしらいながら、ヘブイは団長たちが立ち去った階段をじっと見つめている。
「痛覚操作を消し、ハッコンの結界も消し去る加護か。さっき、団長の目が紅く光ったよな」
「うちも見たよ。瞳が真っ赤になっていた」
「う ん う ん」
俺も目撃したよ。紅い光を発したかと思ったら、結界が消え失せた。
「となると、考えられるのは破眼の加護か。加護の力を打ち消せる伝説級の加護だな。書物によると、この世界を一度征服しかけた英雄が所有していたという噂があるぜ」
加護を打ち消す加護って、物語なら主人公級の力だよな。能力を無効化する能力か。小説や漫画で何度も見かけたことのある定番の能力だ。
正直、今まで団長はパッとした目立つ能力がない人だと思っていた。地味に強いというイメージだったのだが、とんでもない能力を隠していたのか。
団長の〈破眼〉は俺にとって厄介過ぎる加護だ。〈結界〉〈念動力〉を封じられたら、ただの便利な自動販売機になってしまう……あ、うん、自動販売機としては問題ない。
でも、そんな加護があるなら何故、息子の負の加護は消せなかった。一時的に消す能力だから意味がないと判断したのだろうか。この辺の疑問は本人から聞きださないと答えが出そうにもない。
「完全にしてやられました。私たちを集めて告白したのも、互いの能力を理解した上で逃げ切る自信があったからなのでしょう。取りあえず集落に戻るとしましょうか。会長に報告もしないといけませんし」
誰も反論を口にすることなく、大人しく従った。
今になって疲労感が押し寄せ、団長たちの裏切り行為が心に浸透してきたようで、みんなの足取りが重い。
階段を上る前に振り返ると、そこには水晶の中で眠る少年の姿があるだけだった。




