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一台と一人




「ハッコン、背後から敵がきたら教えてね」


「いらっしゃいませ。あたりがでたらもういっぽん」


「あたりがでたらって言ったら、敵が来たって事でいいんだよね」


「いらっしゃいませ」


 ラッミスとの意思の疎通がスムーズになってきているような。彼女の勘の鋭さに助けられている面も大きいが、お互いに話さなくても何となく考えていることがわかり始めている……気がする。

 しかし、ラッミスは本当に落ちこぼれだったのか? 動きが見えるようになってから、彼女の一挙手一投足をつぶさに観察しているのだが、背中の俺が邪魔で肘を後ろまでやれないというのに、自動販売機に一度しか肘をぶつけていない。

 足もすり足で決して素早い動きではないのだが、相手の攻撃を躱す時には最小限の動きで、最短距離を進むようにしているようだ。

 そんな窮屈な動きだというのに、俺は一度たりとも被弾していない。素人目線だが格闘家のようなキレのある技や足捌きしていないか。


「あー、この動き。そうよ、この動き! 師匠に岩を背負わされて修行させられた日々がっ、あの地獄めぐりツアーの日々がっ」


 師匠? もしかして、ラッミスはかなり厳しい格闘の訓練を受けてそれなりの実力があるのに、活かしきれていなかっただけなのか。俺を背負うことで似たような訓練の経験を思い出して、本来の動きを思い出した。というのは都合が良すぎる解釈か。

 何にせよ、今のラッミスなら安心して見ていられる。しかし、自動販売機を背負うと強くなる設定ってどうなんだ。むしろ普通は重りを剥がし軽くなって、能力がアップするのが定番だろうに。


「お、やるじゃねえか。その破壊力と受け流しの技、大したもんだぜ」


「いやー、そんな言われたら照れるやんか」


 無精ひげ団長に褒められて恥ずかしがるのは後にしてくれ。褒められ慣れていないから嬉しいのはわかるけど、戦場の真っ只中だ。頭を掻くのもあと、あと! ちゃんと戦闘に集中してくれ、見ていて怖すぎる!

 ってほら、敵が接近しているって。


「あたりがでたらもういっぽん」


「もう、ハッコンまで褒め過ぎやって」


 意思の疎通とは何だったのか。さっきの会話内容、頭からぶっとんでいるだろ。ああもう〈結界〉発動っ!

 背後から迫ってくる二体のカエル人間を、体に触れる直前で止める。あっぶなぁ……間一髪だった。


「この青い光はどういうことだ。敵の攻撃を防ぐだけじゃなく、通り抜けることすらできないのか。聞いたことも見たこともない……これはお前さんの加護か?」


 〈結界〉ってレアなのか。無精ひげ団長が結界を武器や指で突いて唸っているぞ。あんたも戦闘中だというのに余裕だな。あっ、飛び込んできたカエル人間を、振り返りもせずに斬り捨てている。無精ひげ侮りがたし。


「ううん。これはハッコンの力だよ」


 あ、ラッミス。この人には秘密にしておいて欲しかったんだが、仕方ないか。人を疑うことのない純粋さも彼女の魅力だしな。

 無精ひげの口元に浮かんだ笑み。悪巧みをしてそうな顔だ。本気で俺を盗みかねないぞ、こいつ。要注意人物に格上げだ。


「ハッコンとはこれからも仲良くしたいぜ」


「うんうん、仲良くしてあげてね」


 周りにカエルの無残な死体が転がっていなければ、ほのぼのした日常の一コマっぽい。あと、無精ひげと仲良くするのはお断りです。

 それと、和むのは後にしてくれ。楽しく会話する場面じゃないから――と思ったのだが、意外と苦戦していないな。この護衛の一団はかなり優秀らしく、危なげなく処理している。


「ここは、あらかた片付いたか。お前ら、ちゃんと舌切り落としておけよ。後で協会に提出するからな」


「団長もやってくださいよ。ねばねばしてキモいんですよこれ」


「ふっ、そういう面倒くせえことをするのが嫌だから団長やってんだよ」


「横暴っすー」「幼女趣味だー」「給料安いぞー」


「てめえら、いい根性してやがるな……」


 意外とアットホームな職場なのか。罵倒しているようで、じゃれ合っているようにしか見えない。この無精ひげ団長、目ざといだけで悪い奴には見えなくなってきた。

 いや、仲間内から慕われていても、他人には外道な輩もいるだろう。油断は禁物だ。


「さーてと、これからどうすっか。稼ぎとしては悪くないが、欲を出すなら前線に向かうのもありだが」


「我々の任務は、食料の運搬及び鉄の箱と、それを運ぶ女性の護衛ですよ」


「んなことは、わかってるってーの。でもよフィルミナ副団長、ここで稼いでおけば団の運営がかなり楽になるぞ。お前らにも賞与だせるかもしれないのに、残念だ。実に残念だ」


 無精ひげ団長がわざとらしく、額に手を当てて頭を振っている。フィルミナさんは副団長だったのか。自由人っぽい団長に振り回されて苦労してそうだな。


「はぁー、わかりました。備品も新しくしたいところでしたし、前線のお手伝いに向かいましょう。ただし、ラッミス様も納得されたらですよ。我々の任務はあくまで彼女とハッコンさんの護衛ですので」


「わーってる、わーってるって。そんなに小難しいことばっか考えてると、小じわが増えるぞ。もっと気楽にいこうぜ」


 うわー、親指を立ててウィンクをしている無精ひげ団長に、フィルミナ副団長がイラッとしている。一発殴ってもいいんだよ?


「ということで、ラッミス様はどうなさいますか。もちろん、ここで待機と言うのであれば従いますので」


「行こうぜー、戦おうぜー、お前さんも、もっと戦いたいだろー」


 あ、うざい。いい年をしたオッサンが、子供みたいに駄々をこねている。くねくねと体を揺らしている動作が神経を逆なでしたようで、フィルミナ副団長から水の塊をぶつけられている。


「ええと、向こうが苦戦しているなら手伝ってあげたいので、いきましょう! ハッコンもそれでいい?」


 ラッミスならそう言うと思ったよ。もちろん、異論はない。


「いらっしゃいませ」


 こっちに敵が流れてきているということは、本陣はかなり苦戦している可能性がある。援軍に向かうことに口を挟む気はないが……まあ、口を挟みようがないけど。混戦に巻き込まれる可能性が高い。〈結界〉をいつでも発動できるように気を張っておこう。





 荷猪車と一緒に進行すると、そこら中で泥まみれのバトルが繰り広げられていた。

 無精ひげの一団が意気揚々とカエル人間に襲い掛かっている。他のハンターは押され気味だったようで、彼らの乱入を素直に喜んでいるようだ。

 しかし、数の差が酷いな。多く見積もっても五十匹だろうという事前情報だったのだが、少なく見積もっても百匹はいるよな。それも、地面に転がっている死体を合わせたら二百近いんじゃないか。


 ハンター側の負傷者も結構な数に達していて、白いローブを着込んだ人が手から白い光を出して、怪我人を癒している。まるで時を巻き戻しているかのように、酷い傷が見る見るうちに塞がっていく。

 あれは俺でも知っている。加護の〈癒しの光〉だったか。所有者がそれなりに多い加護なのだが、傷を癒せるという能力は重宝されているので、所有者は仕事に困らないそうだ。ちなみに常連である老夫婦の御婦人の方が使えるそうだ。

 三十人近くいたハンターのうち、まともに戦えているのは半分ぐらいか。傷が癒されても流れ落ちた血と体力は戻らないので、大怪我を負ったハンターは戦線復帰が厳しい。


「怪我人を荷台に運ばないとっ!」


 ラッミスは戦闘に参加するよりも、怪我人の確保に回るのか。俺を背負ったまま駆け寄る姿に、怪我人たちが目を見開き戸惑っているが、問答無用で抱きかかえては荷台に運んでいく。

 しかし、大の大人を軽々と運ぶな。背中の俺も相当な重量だというのに、これだけ身体能力が高ければ、そりゃ強くない方が嘘だというものだ。

 こういう時、手伝えることが無いのが困る。何か出来ることは……スポーツドリンクの差し入れでもしておくか。彼女が荷台に怪我人を搬入した直後に、スポーツドリンクを取り出し口に落とし「あたりがでたらもういっぽん」と音を出すと、それだけで察してくれた。


「これ怪我人に渡したらいいんだよね」


「いらっしゃいませ」


 次々とスポーツドリンクを落とし、それを拾ってはラッミスが荷台に並べている。二十ぐらいあればいいか。


「ハッコンからのサービスだから好きなだけ飲んでいいからね」


「お、う……ありがとうよ」


 心から相手を心配して気遣う姿に、むさ苦しいオッサンたちが厳つい顔に弱々しい笑みを浮かべている。弱っている時に純粋無垢なラッミスに癒されたら、大半の男はこうなるだろう。

 戦線を離脱した怪我人の全てを荷台に放り込み終わると、あれ程いたカエル人間の群れも二割程度しか残っていない。この乱戦を軽傷、もしくは無傷で戦い続けている面々はかなりの猛者らしく、カエル人間を軽々と葬っている。

 ここまで実力差があると圧倒的物量の差も問題にならないのか。


「助かったぞ、ケリオイル君。流石、愚者の奇行団といったところか」


 熊会長がのしのしと歩み寄ってくる。爪が血で赤く染まっているので凄味が倍増しだ。この人も無手で戦うのか。いや、素手と言っていいのか……あの鋭い爪はそれだけで刃物に匹敵しそうだが。

 しかし、変な名前をしている団体だな。


「暇していたので、余計かとは思ったのですが」


「助力感謝する。予想外の数がいてな、キミたちのおかけで何とか討伐できた。しかし、他の集落にいた蛙人魔も合流したのか。一集落の数にしては予想の倍は軽く超えていた」


「それに異常なまでに好戦的でしたよ。通常、蛙人魔は全滅するまで襲い掛かるような真似はしませんので」


 無精ひげ団長と熊会長の話に割り込んできたのはフィルミナ副団長か。

 確かに、カエル人間は俺を襲った時も、通用しないとわかると退いて、その後も襲ってこなかった。無謀な突撃を繰り返す生物ではないというのは同意できる。


「ふむ、となると考えられることは……」


「やっぱそうですかね……」


「まあ、そうなります」


 三人とも渋面をしているな。今の物言いといい、この状況が何か嫌な予兆だというのだろうか。そこは含みのある話し方ではなく、ずばっと言い切って欲しい。こっちは訊きだすことができないのだから。


「ねえ、何のことなの?」


 ナイスだラッミス! それが訊きたかった。


「ああ、すまぬ。これは憶測に過ぎんのだが、王蛙人魔が現れた可能性が高い」


 お、王蛙人魔だと……何だそれ。名前からして強そうだよな、嫌な予感しかしない。


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すごく読みやすくて面白いです!
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