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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
五章

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秘密

 宴会が終わった翌日から、集落は活気を取り戻しつつある。

 非戦闘員は清流の湖階層に残したまま、始まりの階層を維持することにしたようで、現在は大工、武器防具職人が力を合わせてバリケードの強化をしている最中だ。


「転移陣はここと清流となら安定して移動できるように調整したぜ。おまけに魔物に悪用させないよう、ちょっと弄っておいたから安心してくれ」


 ヒュールミの説明によると、ダンジョンの中で産まれた魔物は特有の魔力を有しているので、その魔力を微量でも発生させている個体は転移陣が反応しないらしい。

 あまりにも専門的な用語が多すぎて半分も理解できたか自信はないが、たぶん、こんな感じだったと思う。


「おー、頑張っているねー。感心感心」


 この呑気な声はケリオイル団長か。愚者の奇行団はあれから指揮官の尋問を担当していたのだが、清流の階層で得た情報とほぼ同じで、価値のある情報はなかったそうだ。


「ここが落ち着いたら、清流の階層に戻るとすっか」


「そうですね。もう、用はありませんし」


 フィルミナ副団長が髪を掻き上げ同意している。実は団長よりも年上という話を聞いて以来、見る目が変わってしまっている。

 混血とかはどうでもいいのだが、どうみても二十代にしか見えない。これこそまさに、異世界の神秘か。


「団長、見回り終わったよー。ふあああぁ、だっりぃー」


「集落に残党はいないみたいー。つっかれたぁぁ」


 紅白双子が武器を肩に担いで、瓦礫の向こうから欠伸交じりにやってきた。

 最近はずっと二人で見回りを担当してくれている。愚痴を零しながらも、やることはやっているので文句は言われない。


「団長、何でこの変態と一緒なんっすか!」


「やれやれ、私は幻覚魔法を使っていませんよ。どこに変態がいるというのですか」


 同じく見回りから戻ってきたシュイが団長に食って掛かっている。

 この数日、ヘブイと組まされ続けて鬱憤が溜まっているようだ。


「誰かが見張ってないとダメだからな。辛抱してくれや」


「いえいえ、お気になさらず。か弱い女性を守るのは紳士の役目ですから」


 しれっとヘブイが答えると、シュイが射殺しそうな目で睨んでいる。

 この場に居る全員が「見張りが必要なのはお前だ」と喉元辺りまで声が出かけているが、ぐっと堪えたようだ。


「団長も副団長も最近直ぐに何処か姿をくらますし。代わってください!」


 語尾に「っす」がつかないぐらい追い詰められているのか。団長に縋りついて懇願している。


「どうしたのですか、シュイさん。悩み事があるなら、私に幾らでも相談してくれていいのですよ。懺悔や告白は聞き慣れていますので」


 背後に歩み寄ったヘブイが、そっとシュイの肩に手を添えて、優しく微笑んでいる。


「うがあああああっ!」


 シュイがヘブイの首元を掴んで激しく揺らしている。この数日で鬱憤が限界近くまで溜まってしまったようだ。


「ま、まあ、落ち着けシュイ。見回りを一緒にしているだけなら、変態活動も大人しいもんだろ」


「おーとーなーしぃぃぃぃ!? 毎回、崩れた民家を見つける度に玄関から靴を掘り当てて、そっと並べる! 名残惜しそうにじっと見つめて動かない! 素知らぬ顔をしながら、鼻をぴくぴくさせて臭いを嗅ごうとする! 靴を探して姿をくらます! マジキモいっす!」


 苦労したんだね、シュイ。うん、後で甘い物、山盛り食べていいから。

 見事なまでの取り乱しっぷりに、団長たちも反省したようで全員で慰めている。


「情緒不安定なようですね。可哀想に」


 ヘブイが本気なのかボケているのか判断がつかないが、どっちにしろ……死なないといいな。

 怒りが頂点に達したシュイが本気で矢を連射している。その攻撃を躱しながらヘブイが後退っているが、顔に笑顔を貼り付けたままだ。

 目にも止まらぬ速さで矢をつがえ弦を弾き、俺の目では追いきれない速度で矢が迫っているというのに、脚捌きのみで全ての矢を避けていた。

 ここだけ抜き出せば高い次元の戦いなのだが、きっかけと内容は酷いもんだ。


「まあ、ストレス発散にちょうどいいか。放っておこうぜ」


「いつものことだし」


「そだな」


 誰一人として慌てていない。見慣れた光景なのか……放置決定なのか。

 飛び交う矢の中でも笑顔なヘブイを見ていたら、どうでもよくなってきた。俺も無視しよう。


「お、あいつらのせいで忘れていたが、この後、ハッコン暇か。ラッミスとヒュールミとミシュエルにも声かけてんだけどよ」


「う ん」


 三人も呼んでいるのか。何の用事かは知らないけど、この階層は人が少ないから仕事も少なくて暇だから何の問題もなかったりする。


「そりゃよかった。お前らも一度、愚者の奇行団の拠点に来てもらおうと思ってな」


「え っ こ こ に」


「ああ、始まりの階層にあるぜ」


 意外だったな。始まりの階層に拠点があったのか。冥府の王が手を出した時に、慌ててこの階層に戻ったのはシュイの事だけじゃなく、自分たちの拠点も心配だったのかもしれないな。


「一応、仮とはいえ団員だからな。そろそろ、拠点に来てもいい頃合いだろ」


「そうですね。知ってもらった方が……いいですね」


 今、フィルミナ副団長の顔に影が差さなかったか。拠点に行くだけだというのに、そんな深刻そうな表情を何故。

 何だろう、紅白双子のまとう雰囲気も変わった気がする。何かあるのか?


「おーい、お前ら。いつまでもじゃれ合ってんじゃねえぞ。拠点に帰んねえのか」


「ちょっと待って欲しいっす! もう少しで脳天に突き刺せそうっす!」


「おやおや、精神干渉系の魔法を使っていないのに幻聴が聞こえますね」


「よっし、そこを動くんじゃないっす!」


「動かなくても構いませんが、それ幻影ですよ?」


 まだまだ終わりそうもない戦いに諦めたのか、ケリオイル団長が肩を落として息を吐くと、二人に背を向けて歩きだした。

 紅白双子と副団長も後に続いている。


「ハッコン、悪いが。ラッミスたちを待って、そこの馬鹿共が落ち着いたら、一緒に拠点まで来てくれ。お前ら! 終わったら、ハッコンたちを拠点まで連れて一緒に来いよ!」


「了承致しました」


「一人は死体運搬っすけどね!」


 あーあ、団長たちが先に拠点へと帰っていった。

 二人は飽きもせずに無益な争いを続けている。これは、暫く終わらなさそうだ。





 あれから十分が経過し、ラッミスたちが合流する頃には矢が尽きたようで、ヘブイの粘り勝ちとなった。

 シュイも思う存分、矢を射たことで気分が晴れたようで、さっきよりかは機嫌がいい。


「愚者の奇行団の拠点がここにあるなんて初耳だぜ」


「目立たないようにしていたっすからね。ここに拠点があったから、知り合えたっす」


 孤児院と同じ場所に拠点があったことが、シュイが愚者の奇行団に入ったそもそもの切っ掛けなのか。


「シュイって、愚者の奇行団に入って何年ぐらい?」


「まだ二年も経ってないっすよ」


「じゃあ、ヘブイさんの方が先輩ってことになるのかな」


 ラッミスは素朴な疑問を口にしただけなのだが、シュイは唇を噛みしめ忌々しそうにヘブイを見ている。


「ええ、私が先輩です。とはいえ、愚者の奇行団には先輩後輩のわずらわしい上下関係などありませんよ。あるなら、私は赤さんと白さんも先輩として敬わなければなりませんし」


 紅白双子の方が明らかにヘブイより若い筈だ。だというのに、彼らの方が先輩なのか。


「意外だな。あの双子の方が年下だろ」


「ええ、ヒュールミさん。そうなのですが、愚者の奇行団の初期メンバーは、ケリオイル団長、フィルミナ副団長、赤さん、白さんの双子。この四名ですよ」


 戦士、戦士、戦士、魔法使い。って、バランスの悪い組み合わせだな。ゲームなら序盤で詰みそうな構成だ。


「私は勧誘されて入りましたので、五番目となりますね。当時から四人の連携は見事なもので、四人はかなり古くからの付き合いのようですよ」


「そうなんすか。知らなかったっす」


 シュイは初耳らしく、素で驚いているな。同じ団に所属しているとはいえ、あまりプライベートな話はしていないのか。


「そういえば、四人は親し気な感じもするね」


「確かにな。文句を口にすることはあっても、本格的ないざこざもねえみたいだし」


「仲は……悪くないっすね。言われてみれば、四人が揃って姿を消したり、一緒に行動することが多いっす。今まで、気にしたこともなかったっすけど」


 古くからの仲間だから、一緒にいることが当たり前になっているのかもしれないな。

 今も四人だけで先に拠点に向かっている。まあ、二人が暴れていたのが原因だが。


「気になるのであれば、後で訊ねてみてはどうですか、拠点で」


 俺としては、そこまで詮索するつもりはないので、対応はみんなに任せておくか。

 人のプライベートに口を突っ込むと碌なことにならないのは生前に経験しているので、自動販売機らしく聞き役に徹するとしよう。

 そういや、さっきからずっとミシュエルが黙っているな。顎に手を当てて、何かを考え込んでいるようだが。


「だう し た」


 よっし、今のは我ながら上手く繋げられた。「どうした」と聞こえた筈だ。


「あっ、すみません。少し考え事を。先程の話を聞いて、一つ前から引っかかっていたことを考えていまして」


「う ん」


 何だろう、興味あるな。


「気のせいだと思っていたのですが、赤と白さんの気配が……いえ、忘れてください。ハッコン師匠。憶測でものを言うべきではありませんので」


 そこでやめられると非常に気になるのだが、今は追及するのが難しそうなので、機会があれば、今度じっくり聞いてみよう。





 歩き始めてから十数分経過すると、目の前に木製の骨組みだけの家があった。

 壁もなし、屋根もなし、家具もなし。作っている最中の家にしては木材が黒ずみ劣化しすぎている。


「ここが、愚者の奇行団の拠点っす」


「風通しのいい家だな」


 胸を張って説明するシュイにヒュールミのツッコミが飛んだ。

 ここを拠点とするなら、そこら辺の広場でも同じだと思う。


「あ、違うっすよ。ここの隠し扉の先にあるっす」


 屈みこんだシュイが石床の隅を軽くコンコンと叩くと、床の一部が回転して下に連なる階段が現れた。


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