各々の望み
ミシュエルと合流して敵を薙ぎ払いながら、愚者の奇行団がいる場所まで後退した。
今も戦闘は続いているのだが、血気盛んな個体だけが攻撃を仕掛けてくるのみで、大半は壁際まで後退して戦況を見守っているだけだ。
意識があるなら、こんな理不尽な強さを有しているハンターに手を出そうとは思わないよな、普通。
「全滅させても構わねえが、ここまで削ったら集落も安泰だろう。通路まで下がるぞ」
ケリオイル団長の指示に従い、フィルミナ副団長が水の礫を撒き散らし、俺も高圧洗浄機で水を浴びせておく。
怯んでいる緑魔たちを尻目に俺たちは通路まで下がり、素早く撤退した。
分岐路まで逃げたのだが敵が追ってくる気配はない。もう二本の通路には今も幻覚の土砂が詰まっていて、敵が行き来した跡もないようだ。
「よっし、任務完了だな。このねえちゃんは、集落に戻ってから尋問すっか」
団長が肩に担いでいる指揮官の女性の尻を軽く叩き、ニヤリと口元に笑みを浮かべている。
「そうですね。ですが、団長。どさくさに紛れて、女性の尻を叩くのはどうなのでしょうか?」
フィルミナ副団長の顔から表情が消えて、団長に詰め寄っている。
「い、いや、今のは勢いというか、そういう流れだろ。別にけつを触りたかったわけじゃねえぞ」
「どうだか」
フィルミナ副団長の尻に敷かれているよな、ケリオイル団長は。口論も多いようだが、何だかんだ言って仲の良い二人だと思う。
二人は歳が十以上離れてそうだが、カップルとしてもそこまで不自然じゃないよな。実際のところ、どういう関係なのかはわからないが。
「仲いいよね、あの二人って」
「う ん だ ね」
ラッミスも同じことを考えていたのか。今の反応だって忠告というよりは嫉妬だよな。
「二人ともいい年して、何やっているんだろうね、赤」
「だよな。毎回、見ているこっちが恥ずかしいぜ」
紅白双子が肩を落としてため息を吐いている。二人のやり取りを毎回見せつけられていたら、うんざりするのもわかる。
「二人ともいい年? フィルミナ副団長って若いよね?」
そうだよな、今の言い方だとフィルミナ副団長まで結構な年齢の様に聞こえる。団長は見た目、三十後半から四十代っぽいけど。
「あ、知らなかったっすか。副団長ああ見えて、団長より年上っすよ」
「見た目は若くても、靴から漂う臭気が正しい年齢を告げていますからね」
シュイと変態――ヘブイの発言に納得いかないラッミスが首を傾げている。俺も同じだよ。どうみても、フィルミナ副団長が年上には見えない。
「えっ、えっ、でも若いよ?」
「ええと、副団長は半分……何かの血が混ざっていたっすよね」
「吸血魔ですよ、シュイ」
吸血魔? 聞いたことのない種族だな。名前からのイメージだとあれだよな。
「ええと、ヒュールミが前に言っていたような。確か、吸血魔って人の血をご飯にしている種族だよね。人間そっくりで綺麗な人ばっかりの」
あ、やっぱり、ヴァンパイアっぽいのか。ニンニクが苦手かどうか試してみたくなるな。今度ペペロンチーノを勧めてみるか。
改めて副団長を見てみると、青い髪も白い肌も言われてみればヴァンパイアの妖艶な美しさの様に見えなくもない。
「補足しますと、吸血魔とは血だけではなく、似たような成分の体液でも補えるそうですよ。なので、人間と結ばれ子を成すことも珍しくない……でしたか」
「そうなんだ、運命的だね!」
胸の前で両手を合わせて、祈るようなポーズでラッミスが感動している。
あれ、この世界では別種族とのハーフって禁忌というか、毛嫌いされたりしないのか。ハーフエルフが迫害されたりするのは良くある話だと思っていたのに。
「ラッミスは何とも思わないの? え、半分吸血魔なのわかってる?」
「ほら、魔物との混血だよ? 忌み嫌われる存在だよ?」
ラッミスの反応が意外だったらしく、紅白双子が一気に距離を詰めて口々に質問攻めをしている。
なるほど、普通は嫌われる存在なのか。にしても、紅白双子の口調からは嫌悪といった感情は全く感じられない。純粋な疑問を口にしているだけに見えるが。
「え、そうなの。でも、種族や見た目が人と違っても、その人に変わりはないから、うちは気にしないけど。ねえ、ハッコン」
「う ん う ん」
だよな。むしろ、ハーフヴァンパイアだなんて、日本なら人気の出そうな種族だ。正直、嫌うどころかカッコイイと思う。
「愚者の奇行団でも受け入れているよね。なら、みんなと同じなだけだよ」
同情して口にしているわけじゃないことが伝わったのか、紅白双子が安心したように息を吐いている。自分のことのように安堵しているのは、フィルミナ副団長のことを慕っているからの反応か。
「ほら、愚者の奇行団って変わり者ばかりだから、基本的に何でも大丈夫だったりするからさ」
白がそう口にすると同時に、全員の視線がヘブイに向いた。
「私は許容範囲が広いですからね。基本的に靴を履く種族であれば、何だっていけますよ」
胸を張って、そんなことを言い切るヘブイを仲間にしている愚者の奇行団なら、誰でも大丈夫な気がする。
「お前ら、雑談は構わねえが歩きながらにしてくれ。集落に戻るぞ」
こっちの会話が聞こえていなかったようで、団長が女を担ぎ直すと副団長と並んで歩きだす。
話は一時中断となったが敵も現れず平和な帰り道となったので、暇を持て余した団員たちとの雑談が再開した。
「そういえば、愚者の奇行団って叶えたい願い事があるって聞いたけど、みんなの願い事って聞いても大丈夫?」
ラッミスがそう切り出すと、場の空気が一変した。
さっきまでは談笑していたというのに、紅白双子から表情が一瞬だけ消えたのを俺は見逃さなかった。その後は何もなかったかのように、いつもの軽薄そうな薄ら笑いを浮かべているが。
「ごめん、言いたくない事もあるよね」
「大丈夫っすよ。望みはただ一つ、お金一杯貰って孤児院の経営を楽にするっす! 毎日、子供たちと一緒に腹一杯になるまで美味しい物食べるっす!」
重くなった空気を払拭するように、シュイが大声を上げて宣言した。
簡潔でわかりやすい望みだと思う。孤児院の状況を知っているだけに純粋に応援したくなる。でもこれって、ダンジョンを制覇して階層主コインと引き換えにする望みにしては……しょぼい気もする。
「じゃあ、次は言い出しっぺの、うちが言うね。望みは、ハッコンを人間に戻すこと!」
あの時に言っていたことは本気だったのか。そう言ってくれるのは嬉しいのだが、望みは自分の欲を満たす為に使っていいんだよ。
「ということは、ハッコンもラッミスも同じ願いって事っすね」
「う ん」
ということにしておこう。色々言いたいことはあるが、ここは話を合わせておいた方が、ややこしくなくていい。
「では、私の望みも告白させていただきましょうか。誰もが予想もつかない願望だとは思うのですが、世界中のく――」
「ヘブイはいいわ」
紅白双子の声が被さり話を遮った。両腕を広げて熱弁を振るおうとしていたヘブイが話の腰を折られて、若干不満そうだ。
「いえいえ、皆様の願望を聞いておきながら自分だけ口にしないのは、人としてあるまじき行為です。恥ずかしくも卑しい望みではありますが、聞いてもらわなければ。私は嘘と裏切りだけは許せない性質なので」
もっともなことを口にしているが、ただ言いたいだけのように見えるのは、俺の心が汚れているからなのだろうか。
「止めても言うんだろ。ならとっとと話してくれ」
「聞き飽きているけどな……」
「そうっすね……」
団員三名はうんざりした顔をしている。ヘブイの望みを聞かされたのは一度や二度ではないみたいだな。俺も何を言うのか予想がつくので気が進まない。
「私の願いは、世界中の履き潰す直前の靴を集め、それで大きな城を建造することです。城下町では靴職人を集め、年に一度の税は一年間使い古した靴を納めさせるという、あまりにも壮大な夢があるのです!」
本当に恥ずかしい望みだなっ!
それは悪夢の方の夢だ。その城の風下に住んでいる人は地獄だろ。
毎日、悪臭が漂ってくる城って最悪にも程がある。この野望だけは本気で阻止した方が世の為、人の為になるかもしれない。
「んじゃ、次は俺たちの番か。俺も白も望みは一緒。な、白」
「そうだな、赤。俺たちの望みは同じ」
二人は芝居がかった動作で背中合わせになると、同時に手を前に突き出した。
「モテモテになることさっ」
同時に髪を掻き上げる仕草が腹立たしさを倍増させる。
当人たちはカッコいいつもりなのだろうが、こちらの女性陣は二人とも呆れた顔をして、左右に首を振っている。
「まあ、今でも女には不自由してないけど、男に生まれたからには世界中の美女を抱きたいと思うのが常識じゃね?」
「だよな、赤。世界中の美女は全て俺たちの前で悶えるのさっ」
「二人とも童貞のくせに、よく言うっす」
ぼそっと呟いたシュイの言葉に紅白双子の時が止まった。決めポーズのまま硬直している。
「ざんねん」
俺の発した素直すぎる一言で紅白双子が崩れ落ちた。どうやら、本当のようだ。
あれだ、今度大人の自動販売機になってエロ本幾つか提供するから、それで自分を慰めておくんだよ。
「残りは団長と副団長だけど」
前に団長も副団長も同じ願いだと言っていた気がする。あの二人の共通する願いか。深刻そうな表情をしていたから、気軽に聞いていい話題ではなさそうだ。
「それは、知らないっす。昔、質問したことがあるっすけど、はぐらかされたっすね」
「右に同じ」
「左に同じ」
シュイたちも知らないのか。団員にも話さない内容なら、俺たちが訊くのはお門違いってものだ。
「人には誰しも秘密があるものです。それが嘘や相手に危害を与えるものでなければ、詮索する必要はありませんよ。私はこういう性格なので隠し事はしませんが」
靴が絡まないとまともなことを言うんだよなヘブイは。
恥ずかしい性癖も暴露しているヘブイだからこそ、妙な説得力があった。
「おい、お前ら立ち止まってんじゃねえぞ。今日中に集落に帰れなくなるぞ」
気が付くと先頭のケリオイル団長たちとかなり距離が開いていた。俺たちは慌てて走り出し、団長たちに追いつくと、今度は足並みを揃えて帰路に着いた。
その際、団長たちの望みが気になり何度も視線を向けたのだが、そこには無精ひげで考えの読めない表情をしている、いつもの飄々とした顔があるだけだった。




