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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
五章

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総力戦

「敵、現れないね」


 ミケネが首を傾げている。

 敵の存在を素早く察知する為に、先頭は大食い団の二人が担当しているのだが、その能力が活かされる場面が今のところ皆無だ。

 耳をぴくぴくと動かし、鼻を鳴らしているが、真ん中の通路に入ってから一度も敵と遭遇していない。


「こりゃ、相手にも感づかれたか。ちとばっか、面倒なことになりそうだぜ」


「団長。敵は戦力を集めて待ち構えていると?」


「まあ、そう考えるべきだろうな。ちょくちょく現れていた魔物が全くこねえとなると、そう考えるのが妥当じゃねえか」


 ケリオイル団長とフィルミナ副団長の会話を聞いて、団員たちの顔に緊張の色が――ないな。


「雑魚なんて、密集したって雑魚なのにな、そう思うだろ、白」


「だね、赤。副団長の魔法で一掃してもらおうよ」


「矢を適当に撃ち込んでも、当たりそうで楽っす」


「私は治癒に従事しますので、皆さん頑張ってください」


 相手を舐めているというより、自然体なのだろう。仲間としては頼もしいことなのだが。


「ハッコン師匠。露払いはお任せください」


 ミシュエルは最近、イケメン弟子モードという新たな進化を遂げている。というより、イケメン状態で弟子として振る舞うので、何もしてないのに俺への評価が勝手に上がっていく。

 名の売れている評判のハンターが自動販売機を師匠と崇めていたら、そりゃ目を引くに決まっている。

 心配なのは第三者から見たらただの鉄の箱に、礼を尽くすミシュエルの評判が下がらないか、それだけだ。


「指揮官が見つかるといいよね。そうしたら、始まりの階層の集落を捨てないで済むし。頑張ろうね、ハッコン」


「う ん」


 ラッミスはいつも通り元気はつらつだ。変に気負っている感じもない。

 昔は蛙人魔一体に対しても、緊張して戦っていたのに……大きくなって。

 ずっと彼女の背から見守ってきただけに、肉体も精神も急成長していることが嬉しくてならない。ただ、このままだといつか、俺が必要なくなりそうで少し寂しくもある。


「和気藹々なのは構わねえが、もうちっとで着くぞ。ちょい、静かにしてくれ」


 団長の忠告に雑談をしていた団員たちの会話がピタリと止んだ。さっきまではしゃいでいた人たちと同一人物とは思えない真剣な表情で、まとう雰囲気も一変している。

 こういった切り替えの早さが、愚者の奇行団がトップクラスのハンターチームと呼ばれる、ゆえんの一端なのだろう。

 弧を描いて進んでいるのだが、ここも下り坂になっているな。地面は岩肌が剥き出しなので硬く、足跡が一切残っていない。

 ちらっとヘブイに目をやると、足元を見つめて少し不満げな表情をしている。この人、ぶれないな。


「この先を曲がったら敵が待ち構えているぞ。あー、ミシュエルは気配察知できたな。あと、ミケネ、ショート、音と臭いで何体ぐらいいるかわかるか」


「敵の数ですか。あまりに密集しすぎていて気配が混ざりあって……少なくとも百は覚悟した方が良さそうです」


「臭いは緑魔が臭すぎてわかんないよ。あと、話し声は全く聞こえないかな」


「そうだな。音は呼吸音ぐらいしか聞こえない」


「そんなもんか。通路から出ところにはいねえようだが、気配を殺せる個体がいることも考慮しねえとな。んじゃ、先頭で突っ込んでもやられる可能性が低い、俺とミシュエルが前衛でいいか」


「私は問題ありません」


 敵が最低でも百体いるというのに、ミシュエルも団長も全く物怖じしていない。

 ここのメンバーで一番緊張しているのはラッミスのようだ……いや、俺か。

 あれこれ考え過ぎているのも緊張を誤魔化す為に、無意識でやっていたのかもしれない。よっし、落ち着こう。敵が不意打ちしてきたら即座に〈結界〉を張れるように意識を集中しておこう。

 仲間が飛び込む前に俺ができることなんてない……本当にないのか? 灯油をまくのは今から突っ込む仲間の足止めになってしまうから、却下。


 勾配のある坂道だから何かを転がすことは可能だろうけど、この状況で缶やペットボトルを出したところで仲間が動く邪魔になるだけで、相手にも何の影響も与えない。

 潜んでいる相手に影響を与えて、密集している魔物たちに嫌がらせをする方法。敵の動きを鈍らせるには、移動を困難にさせればいい。動きにくくなる方法か。

 ランク2の機能欄にあるこれは使えそうだな。人生で二度だけ友達の付き合いで遊んだことのあるパチンコの〈玉貸機〉に変化しよう。


 最近は各パチンコ台の横に設置しているらしいが、俺が昔に付き合いでやった時は、かなり古い店だったので自分で取りに行くタイプだった。

 古びた藍色の体の上部には赤く太字で『自動玉貸機』と描かれている。

 中心より少し下に湯沸しポットの注ぎ口を無骨にさせた感じの出っ張りがあり、そこに玉を入れる箱を置いて上に押し上げると、玉が流れ出る仕組みになっている。


「え、ハッコン、どうしたの」


 重さが変わったので、ラッミスが気づいたようだ。いつもより小さくレトロな感じになった俺を全員が取り囲んで、物珍しそうにこっちを見ているな。


「また、珍妙な姿になったな。何だこりゃ」


「きっと、美味しいお菓子か食べ物がここから出るっすよ」


 シュイの願望に大食い団の二人も反応している。そこから、出てくるというのは当たりだが、残念ながら食べ物ではないぞ。


「の い て ね」


 本当は「どいて」「離れて」と言いたかったが、ラッミスの方言が通用するのだから、意味は通じてくれるだろう。

 ちゃんと理解してくれたようで、全員が俺から離れてくれた。

 これだけ坂が急ならいけるだろう。パチンコ玉を大量放出すると、坂道を勢いよく転がっていく。玉のポイント変換は異様に安いので、千個ほど転がしておくか。


「ハッコン師匠、何ですか、この鉄の玉は!」


 どう説明していいものやら。ミシュエルだけではなく、みんなが疑問に思っているようで、詰め寄ってくる顔が近い。


「う ご く」


「こ て ん っ」


 あ、眉間にしわが寄っている。やっぱ、これじゃ通じないか。


「えっと、動くと玉が邪魔で、こてんって転ぶってこと?」


「せ い か い」


 大正解だよ、ラッミス。ハッコン通訳検定一級を進呈します。


「広場から魔物の悲鳴かな、変な声と倒れるような音がしているよ」


 ミケネの耳が広場の混乱を聞き取ってくれた。思惑が上手くいったのか。


「おっし、ハッコンがお膳立てしてくれたんだ。俺たちも突っ込むぞ」


「了解!」


 元の自動販売機に戻って、ラッミスに背負ってもらう。いつも、すまないね。

 足下にパチンコ玉が残っていないか確認すると、全員が通路を疾走して広場へと飛び出した。

 そこは野球場が入っても余裕があるぐらいのスペースがあり、地面は通路と同じく硬質の岩でできている。砂や土ならパチンコ玉は直ぐに動きを止めていただろうが、思いの外、遠くまで転がっていて、入り口付近には一つも見当たらない。

 やはり、近くで待ち伏せていた緑魔が十数体いたのだが、パチンコ玉に足を取られ倒れているか、正体不明な玉に異様なまでに警戒して、手にした棍棒で必死になってパチンコ玉を払っているかのどちらかだった。


「お手柄だぜ、ハッコン」


 足下のパチンコ玉が気になり注意力が散漫の魔物に攻撃を加えようと、団長たちが駆け寄っていくのを見て、近くのパチンコ玉を消しておいた。これで仲間が転んだらシャレにならない。

 倒れている敵にはシュイの矢と、フィルミナ副団長の魔法が容赦なく突き刺さり、抵抗一つできないまま倒されていく。

 入り口付近にいた敵はあっという間に一掃されたのだが、問題は本命だ。

 広場の半分以上を埋め尽くしている、魔物の群れ。数えなくてもわかる、百は余裕で超えているぞ。

 緑魔、大緑魔だけではなく、更に大きな緑魔や、弓を手にしている個体と、副団長の持つような杖を持っている者までいる。


「やっぱいるよな。弓緑魔に将軍緑魔に魔法緑魔も揃い踏みときたか」


 団長の苦々しい表情を見ながら、口にした魔物の名前を反芻していた。

 確か、この階層の魔物は緑魔ばかりで、他の魔物も緑魔という種族に属するものらしい。弓や魔法が使えるだけで別の呼び名があるというのは違和感がある。

 ただ、将軍緑魔は清流の階層で言うところの王蛙人魔のような存在なので、階層主ほどではないが注意すべき相手だ。それが、見える範囲だけでも五体か。


「だが、これだけ揃っているってことは、指揮官がいると見て間違いねえな」


 団長の確信めいた呟きに、全員が顔を合わせ頷く。

 数が数だけに乱戦は必至だろう。ラッミスはもちろん、愚者の奇行団や大食い団、ミシュエルの動きにも注意して、危なくなったら手を貸せるように立ち回るぞ。


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