自販機コンビニ
「おっ、戻ってきた……か。何で、ヘブイだけびしょ濡れなんだ」
「一身上の都合により湖に落ちました」
「なんだそりゃ」
戻ってきた俺たちを胡散臭そうに見ている、ケリオイル団長。
まあ、一人だけずぶ濡れで帰って来たら、不審にも思うか。
分岐点を守っていた団長たちは目立った傷もなく、疲労も殆どないようだ。
突入時に比べて敵の数が減っているようで、今はミシュエルだけが敵の対応をしている。
「もうそろそろ、昼だがどうするよ」
投げナイフを手首のスナップだけで投げつけているケリオイル団長が、欠伸交じりに呑気に訊いてきた。ちなみに、ナイフは緑魔の喉に突き刺さっている。
「動きっぱなしでしたから、皆さんお腹空いているでしょう。ハッコンさん、少し多めに提供していただけますか」
もちろんだよ、フィルミナ副団長。
休憩を挟んでいるとはいえ、あれだけ多くの敵を倒してきたのだから、全員かなりカロリーを消耗している筈だ。
さて、飲食料品を何にするか。今までだと、定番の商品を並べるだけだったのだが、少し面白い機能を選んだので、それを試してみようと思っている。
食べ物となると最近定番のものばかりだったので、ここで心機一転、商品を選ぶ楽しさを思い出してもらおう。
この機能は今まで選択画面になかったのだが、最近になっていきなり現れた。ランク3のように、何かしらの条件があったのかもしれない。食料品と飲料品を一定数以上仕入れるとか、何種類以上揃えるとか。
そんな条件があっても不思議ではないぐらい、新たな自動販売機は高性能だ。
他の機能に比べるとポイントがかなり割高だったのだが、必要経費と割り切り新たに得た〈自販機コンビニ〉に姿を変えた。
この自動販売機はその名の通り、コンビニの商品が24時間買える自動販売機だ。実際に大手のコンビニが提携している。
シンプルなデザインで白を基調としているのは、通常時と同じなのだが右上に『Kazoku Itiba』という文字が青で描かれている。身体の幅も殆ど同じだが、少しだけ厚みが増している。
そして、一番の違いは商品のラインナップだ。コンビニに置いてある商品がズラリと並んでいる。おむすび、パン、弁当、総菜、カップ飲料、菓子が何種類もあり、この自販機になるとコンビニに置いてある飲食料品の殆どが選べるようになる。
本物の自販機コンビニは毎日業者が商品の入れ替えをしているそうだが、俺の場合は好き勝手に入れ替えができるのが強みだ。ポイントは消費するが。
同時に並べられる商品の数には限界があるので、どう配置するのかも腕の見せ所となる。
六段あるので、最上段はおにぎりで揃えるか。鮭、マヨツナ、昆布は外せない。後は梅干し……うーん、異世界では無理かな。鳥五目が個人的に好きだったから入れておくか。
二段目はサンドイッチにしよう。卵、ハム、ミックス、カツ、海老カツかな。ホットドッグと焼きそばパンも捨てがたいな。
三段目と四段目はお弁当だな。まずは定番から揚げ弁当。かつ丼、親子丼、中華丼と丼ものを三種。中華弁当と焼き肉弁当は必須か。生前、よく食べていた。
五段目はスイーツで埋めるか。最近のコンビニのスイーツって侮れないからな。我が家の近くにあったケーキ屋よりも遥かに美味しい。プリン、シュークリーム、タルト、チーズケーキと俺が好きなスイートポテト置いてみるか。
最後の六段目は飲み物だ。缶やペットボトルの飲料ではなくカップ飲料とパック飲料で攻めるぞ。ちょっと割高だけあって味にこだわっているラインナップで、みんなを虜にしてみせよう。
よっし、理想的なラインナップだ。さあ、小さなコンビニと化した自動販売機の力を思う存分、味わってもらおうか。
「いらっしゃいませ」
ずらりと並ぶ、今まで一度も見せたことのない商品の数々に、戦闘中のミシュエルを除く全員が見入っている。
「えっ、ハッコン、見たことない食べ物がいっぱいあるよっ!?」
ラッミスが目を剥いて驚いている。その顔が見たかった。
「う、うわあああぁ。宝の山じゃないっすか……と、取りあえず全部食べるしかっ」
「ボ、ボクも上から下まで全部制覇しないとっ!」
「落ち着け、ミケネ。飲み物は後回しだっ」
大食いのシュイとミケネとショートは目の色が変わっている。荒い息を繰り返し、口の端から湯気のような物が吹き出ているのは、きっと気のせいだと思いたい。
「パンがマジで旨そうなものばかりだな。こっちのは飲み物か。ほおぅ、こりゃ迷うぜ」
「これはお菓子ですよね。これは、試してみないといけません」
団長と副団長も興味津々のようだ。やはり、女性はスイーツに目がいくのか。
「どれにするよ。なあ、どれ食おうか、赤」
「白、落ち着けって。お互い違うの選んで、半分こしよう」
双子の話を聞いて、その手があったかと、わかり易く表情を変えている副団長とラッミスがいる。
ラッミスは結構食べるが、副団長は見るからに食が細いからな。目移りするスイーツを全部食べるのは無理だと考えていたようで、ラッミスに相談を持ち掛けている。
お互い満足そうに頷いているので、話しはまとまったようだ。
「私の靴コップに注ぎ込むと栄えそうな色合いの、この飲み物をいただきましょうか」
靴の中に注がれる苺ミルクはどうなのだろうかと思ったが、もう突っ込むのも面倒なので、放置することにした。
おむすびは開け方がわからないだろうと、〈念動力〉で実演すると歓声が上がった。
そういや、三歳ぐらいの姪っ子のおむすびを開けたら、同じような反応をしたことがあったな、懐かしい。
ずらっと並ぶ飲食料品は、コンビニと全く同じ商品なので間違いなく美味しいのだが、俺としては缶入り食品や飲料の独特な味わいの方が、自動販売機らしくていいとも思っている。
〈自販機コンビニ〉の方が食の質は高いが、良くも悪くも自動販売機独特の物珍しい品がないので、マニアとしては少し不満だったりする。
俺の感想は兎も角、どの商品も大概は好評なのだが、お弁当は微妙な反応だった。
「美味しいけど、これ温かかったらもっと美味しいんだろうね」
少し残念そうに、ミケネが呟いているのを聞き逃さなかった。
そうなのだ、それがこの〈自販機コンビニ〉の数少ない欠点。商品が豊富で味も文句なしなのだが、自動販売機内の温度設定が弱冷蔵と冷蔵しか選べないので、温めると旨味が増す商品も冷たい状態で提供しなければならない。
だが、普通〈自販機コンビニ〉はオフィス等に置かれることが一般的で、そういう場所だと電子レンジが常備されているので問題はない。
持ち帰る場合も家で温めればいいだけの話で、異世界だからこその問題点なのだ。
温かい飲み物が欲しい場合でも、隣に普通の自動販売機が並んでいるのが普通なので、これも現代日本では問題にすらならない。
後は、基本の自動販売機以外は二時間縛りがあるので、長時間この姿になれないことか。避難場所で多くの人間を相手にする場合、時間がオーバーする恐れがあるので、少人数で時間に余裕があるとき以外は控えた方が良い。
つまり、たまの贅沢をする時に使う機能となりそうだ。
常連のお客にサービスで提供するぐらいが丁度いいかもしれないな。合計で金貨一枚分をご購入の方にだけ利用できる特別バージョン、というのはどうだろうか。
そうなると、門番ズは余裕で条件を満たしているな。今度、二人だけの時に変化してみよう。楽しみだ。
「あ、あのー。おくつろぎのところ、申し訳ないのですが。そろそろ、誰か交代していただけないでしょうか」
美味しい物をたらふく食べて、思い思いの格好で寛いでいる仲間に、ミシュエルが申し訳なさそうに声を掛けている。
あっ、ごめん、ミシュエル。一人だけ戦闘中だったな、すっかり忘れていたよ。
「ボク、お腹いっぱいで動けなぃー」
「ああ、無理だな」
大食い団二人は漫画みたいに腹が膨張している。どれだけ食べたんだ。
「申し訳ないっす。まだ食事中っす」
シュイはスイーツに取り掛かったところのようで、両手にシュークリームを握りしめて、ご満悦だ。それ置いて、弓と矢を持ちなさい。
「皆さん、敵が弱いとはいえ油断しすぎですよ」
「うんうん、そうだよね」
非難するような言葉を口にしているが、フィルミナ副団長も同意しているラッミスも、どうやら限界に近いようで、動く気配が全くない。スイーツ食べ過ぎたか。
「かぁー情けねえな。団長として恥ずかしい限りだぜ。後は頼んだヘブイ」
大の字で地面に転がったまま、団長が帽子を振っている。
いやいや、危機感をもう少し持とうよ。食料を提供した俺が言うのもおかしいけど。
「皆さん、危機管理がなっていませんよ。ここは魔物の巣くう迷宮の一部なのです。常時、気を張って節度ある行動を心掛けなければ。動けなくなるぐらい食事を取るなんて、ハンター業を営んでいる者にとって恥でしかありません。誘惑や欲望に耐える理性がなければ生き残れないのが、この稼業なのを忘れていませんか」
ヘブイによる見事なまでの正論なのだが、全員が反省しながらも何とも言えない表情を浮かべている。
日頃の言動と比べて文句の一つも言い返したいところなのだろうが、自分たちが間違っていることを理解しているので、何も言えないようだ。
それを完全に理解した上で、ヘブイは口にしているよな。あのドヤ顔が、仲間の怒りを誘っている。
「ミシュエルさん、お疲れ様でした。頼りにならない仲間ばかりですみません。後はお任せください。ゆっくり食事を取って下さいね」
穏やかに微笑むヘブイと対照的に、ミシュエルは頬が引きつり、こめかみからすーっと汗が流れ落ちている。
ミシュエルの方向だと、ヘブイの後方に座っているメンバーが良く見えるからな。
紅白双子は仲良く中指を立てて、怒りを体で表現している。シュイは黙って弓を構えているし、副団長は杖を掲げている。先端に水が集まっているのだが止めた方がいいのだろうか。
団長は我関せずと帽子の縁を傾けて、視界を閉じている。
大食い団の二人に至っては、気にもせずに寝ているな。
ラッミスだけが反省しているようで、何度も頷いている。偉いな、ラッミスは。
「さて、皆さんの尻拭いをするとしますか。そうだ、もし迷惑を掛けたと反省しているのなら、皆さんの悪臭漂う靴をいただければ、それで構いませんの――」
その言葉を最後まで口にすることはできなかった。自分に向けて飛来する、石礫と矢と魔法を避ける必要があった為に。
その攻撃をヘブイが軽々と全て交わし、流れ弾が魔物たちを撃ち抜いていく。
とんでもない光景だな。仲間の攻撃を微笑みながら避け、それに巻き込まれた魔物たちが次々と倒れ伏す。
「ははははっ、それは残像ですよ」
集中攻撃に晒されているというのに、ヘブイは楽しそうだな。
「アイツがいると、途端に愚者の奇行団らしくなるな。まったく、困ったもんだ」
ケリオイル団長は、ぼやきながらも何処か楽しそうだ。
これが愚者の奇行団の本来の姿なのか。彼らの態度はヘブイの合流も大きな要因なのだろうが、素の状態をさらけ出してくれているということは、俺たちが仲間として受け入れられている証明なのかもしれないな。