探索と思惑
前衛が入れ替わり、ラッミスの戦闘をじっくりと観察して思うことは、本当に強くなったなという感想だ。
俺と出会ってからは戦いの中に身を置き、多くの戦闘経験を積んできた。更に惜しみなく技術を伝授してくれる、熊会長やお婆さんとの出会いもあった。
身体能力だけなら一流のハンターに匹敵する素材なのだ、こうなることは確定事項だったのかもしれないな。
特に相手の魔物が雑魚だと、その怪力がどれほど異常なのか一目で理解できる。
繰り出された拳は、熟れすぎの果実の様に容易く緑魔の頭を弾けさせ、振り上げられた蹴りを喰らった魔物は、天井に激突して圧縮された哀れな躯を晒していた。
完全にオーバーキルだな。もう少し威力を抑えた方が体力の消耗も減ると思うのだが、微妙な力加減が、まだ苦手なようだ。
普通、圧倒的な力を前にすると逃げるか、怯えて体が萎縮するなりするものなのだが、緑魔たちは戦意を失わず無謀な突撃を繰り返している。
やはり、冥府の王に操られているのだろう。指揮官を倒さないと本当にキリがないな。
ラッミスはこのまま安心して見ていられる戦いぶりなので、他のメンバーに目を向ける。
ケリオイル団長は相変わらず、無駄の少ない老練な動きだな。最小限の動きで最良の結果を生み出している。
相手の急所に迷わず突き出される一撃。相手の動きを予測しているらしく、まるで相手が自ら切っ先に飛び込んでいるように見える。
敵の攻撃も少し体をずらす程度で、楽々と躱している。戦いの最中だというのに、たまに欠伸をする余裕。団長は心配する必要が皆無だ。
大食い団の二人はこのメンバーでは目立たない戦力だが、それは比較対象が凄過ぎるだけで、充分すぎる活躍を見せている。
背の低さを生かし、四足歩行で戦場を駆け回り、通りすがりに相手の足を鋭い爪で切り裂き、動きを鈍らせていく。そして、時折、咆哮を放って集団を混乱させ相手の注意力を削ぐ。
隙だらけの相手の首筋に噛みつき、一瞬にして引き千切ると新たな獲物を探して、再び疾走する。野生の肉食獣の狩りを見ているかのようだ。
「彼らも靴を履いているのですね……」
不意に後ろの方から声が響いてきたので視線を向けると、すぐ近くまで歩み寄ってきてたヘブイが、ミケネの足元を興味深く見つめ、熱い眼差しを注いでいる。嫌な予感しかしない。
「ヘブイさん。こんな場所まで来たら危ないよ!」
変態発言に気を取られていたが、治癒役が敵陣の真っ只中に居るのは問題があり過ぎる。
「お気になさらず」
お気になるよ! 何で、ちょっと散歩している感を出しているんだ、この人。ヘブイの役割は後方での怪我人の治癒だと自分でも言っていただろうに。
「団長、そろそろ、交代の時間ですよ」
敵は大声を出しているヘブイの横を素通りしている。何で、無防備で突っ立っているヘブイを魔物は無視しているんだ。
「お、交代の時間か。んじゃ、ヘブイ、後頼んだ。一度、後方に下がって休憩すんぞ」
ケリオイル団長はそう言い放つと、後衛の仲間の元へと戻っていく。何か強力な魔法でも使うのかと思ったのだろうか、ラッミスも首を傾げながらも従っている。
前衛が撤退しているというのに敵が襲ってくることもなく、何故か辺りをキョロキョロと見回しているだけだ。
俺たちと魔物の間に壁でもあるかのように、そこから先へ進んでこない。
そして、魔物と俺たちの間に立つのは、ヘブイだった。
「あ、あれ、何で魔物動かないの」
「あー、たぶんっすけど、魔物たちの目には、見えない壁が見えているんじゃないっすかね」
シュイが説明してくれたが、ラッミスには理解できなかったようで眉根が寄っている。
「シュイ、それでは説明不足ですよ。ヘブイは光を操り幻影を見せることや、脳に直接影響を与える精神干渉系の能力に優れています」
牢屋で住民の姿を隠していた時のようにか。
「緑魔の前には巨大な壁が立ちはだかっているように見えている筈ですよ」
フィルミナ副団長の話を聞いてラッミスも納得したようだ。安心して、その場に座り込むと提供した飲み物と軽食を口にしている。
「抵抗力の弱い相手だと、精神干渉系の威力えぐいんだよなぁ」
「俺たちでギリ耐えられるけど、防ぐのに精いっぱいで動くのが辛いんだよ。広範囲で無差別だもんな」
紅白双子がヘブイを見つめながらぼやいている。
対象相手を絞れない。だから、一人で敵の前に突っ立っているのか。
「靴を履かない相手に興味はありませんので、遠慮なくやらしてもらいましょうか」
何処から取り出したのか、両手に一本ずつ鉄の棒を握っている。その先端にはソフトボールぐらいの大きさで凶悪な棘の生えた鉄球が乗っている。
確かモーニングスターだったか、あの凶悪な鈍器の名前は。モーニングスター二刀流とはマニアックな。
錯乱状態で武器を構えることもなく、挙動不審な緑魔に歩み寄ると無造作にモーニングスターを振り上げ、脳天に無慈悲な一撃を落とした。
力も相当なものらしく、陥没した頭が半分体に埋まっている。そのまま、無抵抗な魔物を次から次へと葬っていく。
「アイツな、ラッミス程じゃねえが怪力の加護があるんだぜ。幻覚で動けない相手を一撃で葬っていく戦いを得意としている。格下の魔物との戦いだと、ヘブイ以上に頼りになる奴はいないかもな」
それは戦いと呼べるものではなかった。一方的な殺戮。
棒立ちの相手を潰していくだけの作業。魔法の範囲は少なくとも通路の道幅よりは広いようで、通路を抜けてこっちまでくる魔物がいない。
異世界に来てから多くの戦いを見てきたが、あまりにも異質な戦法だった。
「あんな戦いぶりだから、人と組むことができなかったそうだぜ。おまけに、精神に干渉する魔法ってのは、結構恐れる奴が多くてな。愚者の奇行団に入るまでは、単独で仕事をしていたそうだ」
ケリオイル団長は軽い口調で語っているが、そんな相手をあっさり受け入れる愚者の奇行団の懐の深さに驚きだよ。
精神干渉系の魔法か。それも、これ程までに強力となると、見知らぬ間に何をさせられるかわからないという恐怖がつきまといそうだ。
武術や普通の魔法は目に見えて威力がわかる。見えない力に怯えるのは仕方のないことかもしれない。ヘブイは苦労してきたからこそ、あそこまで達観しているのか。
地面に杭を打ち付けるように数十体倒したところで疲れたらしく、突然座り込むと胡坐をかいている。
すると、魔物たちは動きを止めるのではなく、今度は仲間に襲い掛かりだした。
「魔物たちの目には、仲間が人間に見えています。暫くは同士討ちをしてもらいましょう」
ヘブイの魔法の範囲に入ってきた緑魔は目の色を変えて、後方から列をなして行進する仲間へ、躊躇うことなく武器を振り下ろしていく。
「まあ、暫くはのんびり体を休めようぜ」
全幅の信頼を寄せているのだろう、愚者の奇行団は各々が楽な体勢で休憩を始めている。
派手さは無いが、恐ろしい力だ。血みどろの同士討ちを始めている魔物たちを、ぼんやりと見つめているヘブイの後姿に、底知れぬ力を感じていた。
あれから数時間経過すると、魔物のストックもかなり減ったようで、やってくる魔物の数が激減している。需要に供給が追い付かなくなっているのか。
軽く魔物を蹴散らしながら行軍速度も上がり、順調に進んでいた俺たちの目の前に分岐路が現れた。
「さてと、道が二つに分かれているわけだが。どっちに行くかね」
ケリオイル団長が道を交互に指差しながら、顔をフィルミナ副団長へ向けた。
「地図によりますと、右は少し進んだ先に大きめの空間に小さな湖があります。その先に道は無いようですね。左はかなり先になりますが、三方向へ別れた道があるようです」
「まずは湖の方を調べたいが、全員で向かって指揮官がこっちの道から現れて、通り過ぎたら笑い話にもなんねえな。んじゃ、二つに分けますか。湖の方を探索するのと、ここでやってきた魔物の討伐ってことで」
それが妥当なので、誰からも反論の声は上がらない。
チーム分けとなったのだが、まずは大食い団と紅白双子は一人ずつ別れることになった。大食い団の聴覚と嗅覚は必須の能力で、双子はお互いに連絡が取れるので携帯電話代わりに重宝するからだ。
「あとは、遠距離担当のシュイと副団長を分けて、ヘブイとラッミスは好きな方でいいぞ」
「私は湖の方に参加させていただきます」
即答したな。ヘブイはにこやかに微笑んでいるが、あの細い目の奥で怪しい光が見えた気がした。
湖に向かうことで、彼にとって何のメリットがあるのかわからないが、何かよからぬことを考えていそうだ。
「ハッコン、うちらどうしようか」
うーん、どっちかと言えば迷宮の湖を見てみたいけど、ヘブイが一緒なのが気になる。
凄く下らない事を考えていそうな気がしてならない。でも、悪党じゃないしな……変態だけど。ラッミスに実害はないだろう。
「あ っ ち」
そう発言して、予め取り出していたペットボトルを湖に続く道の方向へ倒した。
「湖に行きたいんだね。うん、わかった。団長、うちらは湖に行くよ」
こうして、俺たちは湖の探索へ向かうこととなった。
気のせいだとは思うが、ラッミスが選んだ瞬間、ヘブイの口元が一瞬笑ったように見えたのだが……。