愚者の奇行団と一緒
非戦闘員の全てが清流の湖階層への移動が終わると、バリケードの前に進軍するメンバーが揃っていた。
愚者の奇行団は全員参加となり、ケリオイル団長、フィルミナ副団長、紅白双子、シュイ、靴フェチ聖職者ヘブイの正規メンバー六名に加えて、仮団員であるミシュエル、ラッミスと俺も、もちろん参加する。
大食い団は全員が参加を希望したのだが、集落内の捜索がまだ完全に終わっていないので、ミケネとショートの二人が加わることとなり、ペルとスコは居残りとなった。
総勢十名+一台の結構な人数になったのだが、大量に待ち構えているであろう敵に対して、これでも万全とは言い難い。
ただ、始まりの階層は雑魚敵単体の強さが蛙人魔を下回っていて、通路幅も殆どが五メートルから十メートル程度らしい。なので、上手く立ち回れば、この人数でも対応できるとケリオイル団長が断言していた。
「ここで、威勢よく出発といきたいところだが、邪魔だなこいつら」
バリケードの向こう側から、ひっきりなしに魔物が押し寄せ、槍で貫かれて仲間が死んでいっているというのに、物怖じもせずに次から次へと湧いて出ている。
刺殺された魔物は即座に別の魔物に奥の方へと引きずられていくので、死体で通路が埋まることはないのだが、追加で現れる魔物をどうにかしないと、一向に進むことができない。
今のところバリケードに押し寄せてくる魔物は、全身緑の醜い顔をした、髪の毛が無い小柄なオッサンみたいなのが多い。確か、緑魔だったか。
強さは非力な人間並で、初心者ハンターでも一対一なら問題なく倒せる相手だそうだ。緑魔を一人で倒せるかどうかが、ハンターになれる最低限の条件らしい。
「フィルミナ副団長、魔法でこいつらどうにかできないか」
「数体なら倒せますが、すぐさま補充されるだけだと思われます」
防衛するだけなら槍を突き出すだけの簡単な作業だが、バリケードを外す暇がない。
バリケードを無理やり外して、敵が少数入り込むのを覚悟の上で強引に特攻するしかないのか。
安全に通路に入り込む方法は本当にないのだろうか。隙間から見る感じでは敵が途切れなく現れる。下の方から緑魔の頭が見えたかと思うと体、足……あれ?
「だ ん ち よ う」
「何だ、ハッコン」
「こ こ さ か に」
「ん、ああ、そうだぜ。あそこから暫く一本道の下り坂になっている」
下り坂になっているのか。なら、やりようはあるな。
「あ っ ち に」
「も っ て い て」
ラッミスにバリケードの前まで運んでもらうと、まずは張り付いている緑魔を追い払うところから始めることにした。
ハバネロが大量に入った缶スープを取り出し、バリケード近くの緑魔にぶっかける。
「ゴシュルウウアアアアアッ!」
大きな目にスープが入り込み、緑魔たちが絶叫を上げて悶えている。
坂道はそれなりに勾配があるようで、暴れ狂う仲間に巻き込まれて、何体かが転げ落ちていく。
よっし、バリケード前にスペースが開いた。まずは〈灯油計量器〉に変化して緑魔に浴びせる。ガソリンもありかと考えたのだが、ガソリンは岩肌の床にぶちまけても滑らないので灯油にしておいた。
案の定、スケートリンクに立った子供のように緑魔が転び、立ち上がることもままならない。
商品の一つであるタオルを〈念動力〉で操って灯油に浸し、ライターを取り出し口に落とすと、同様に〈念動力〉で操作してタオルに火をつけた。
そして、〈結界〉で燃え盛るタオルを弾き飛ばし、灯油まみれの緑魔に命中させる。
すると、通路が火の海と化した。押し寄せる熱気にバリケード近くにいたハンターたちが顔を背けている。
酷い有様だが、これも戦法だ成仏してくれ。
残虐非道な行いだとは理解しているので、非難されるかと愚者の奇行団に視線を向けると、平然と炎を見つめている。ラッミスも特に何も言うこともなく炎に照らされていた。
「ハッコンのおかげで、進みやすくなったぜ、ありがとうよ」
「ハッコン、さすがっすね。これで、突っ込めるっす」
「緑魔は靴を履かないのですね……なら、燃えても一向に構いません」
非難されるどころか称賛されている。最後のは判断が難しいが。
命を懸けた戦いで倒し方にこだわる方がおかしいのかもしれないな。まだ、日本人としての感覚が抜けきっていないようだ。
バリケードをラッミスの怪力で横にずらして、全員が通路に入ると、再びラッミスの手によりバリケードが閉じられた。
「もし、俺たちが戻らずに敵の攻撃が激しくなった場合は、迷わずここを放棄して清流の湖階層に逃げてくれ。無理して待つ必要はねえからな。会長にも伝えておいてくれ」
防衛担当のハンターたちに言伝を頼むと、通路の奥でまだくすぶり続けている炎に向かって、進軍を開始した。
しかし、初心者向けの第一階層だけあって親切設計だな。壁や天井が薄ら光っている。都合よく光る苔のようなものが付着しているらしく、灯りがなくても不自由しない。
迷宮の探索となると、俺のイメージでは多くても五人ぐらいで行動するものだと認識していた。ファンタジーな世界が舞台のゲームだと一チーム四、五人というのが基本だから。
だけど、普通に考えたら多いに越したことはないよな。数の暴力は単体の性能を凌駕する。食料の問題はあるだろうが、そんなもの各自が携帯しておけばいい話……シュイのような大食いがメンバーにいる場合を除いて。
じゃあ、何故、大人数で探索しないのか。ゲームだと多くのキャラクターを毎ターン操作するのと、武器防具の管理の面倒さや、単純にゲームの容量の問題もあるのだろう。
となると、小説や漫画でも少人数のチームが多いのは何故か。きっと、キャラクターが多すぎると描写が難しくなる。なんて、裏事情を考えたらダメなのだろうな。
主人公が勇者でずば抜けた才能の場合、仲間は足手まといにしかならないから、という作品は見たことあった気がする。
と、どうでもいいことに意識を取られていると、戦闘が始まっていた。
炎は消え去り、黒こげの死体が辺りに転がる通路で、前衛が横並びに三人武器を構えている。
ミシュエル、紅白双子がまずは前衛に立つのか。
このメンバーだと、ケリオイル団長、大食い団のミケネ、ショート、ラッミスも前衛だ。
後衛はヘブイ、シュイ、フィルミナ副団長となっている。結構バランスのいい構成だと思う。
敵は緑魔と少し体格の大きいバージョンもいるようだ。知らない魔物は録画しておいて、後でヒュールミに教えてもらおう。
ミシュエルの戦いぶりはいつも通りで、格下の魔物に後れを取ることはなく、まるで紙でも斬るように大剣の一振りで、魔物の首と胴体が幾つも宙に舞っている。
紅白双子は各自の得意武器である槍と剣を、派手さはないが無駄のない動きで相手に叩き込み、時折、お互いの背中に目でも着いているのではないかと、疑いたくなるようなコンビネーションを見せつけてくれる。
赤が視線を背後に向けることなく攻撃を避けて、槍を後方へと突き出す。穂先が双子の片割れである白の脇ギリギリを通り過ぎて魔物の額を貫いているが、白に驚いた様子はない。
二人だけに通じる念話のようなものが使えるらしいので、それで状況を伝えあっているのかもしれないな。
後衛のフィルミナ副団長とシュイから援護攻撃が飛んでいるが、それがなくても前衛だけで押し切れそうな勢いだ。
「いやー、皆さんお見事ですね。ハッコンさん、飲み物いただいても、よろしいでしょうか」
支援魔法を飛ばすわけでもなく、ボーっと突っ立っていただけのヘブイが冷たいミルクティーを選び、戦闘を尻目に美味しそうに飲み干している。
「さ ん か せ ん」
「で い い の」
「私は治癒が主な仕事ですので。攻撃魔法も所有していませんから、基本戦闘中は傍観者なのですよ。適材適所ですね」
あの目尻の下がった糸目の奥の瞳を覗いてみたくなるな。冗談めかして口にしているが、本気なのかどうなのか、ヘブイは感情が読み取りにくい。
この編成で敵を処理しながら少しずつ進んでいるのだが、尽きる気配がない。おかわりは幾らでもあるようで、戦闘を始めてから一時間が過ぎようとしているが、百メートル進めたかどうかも怪しい現状だ。
「うーし、そろそろ前衛交代すんぞ。俺とミケネ、ショート、あとラッミスも頼むわ。後衛は、まったり休憩でもしておいてくれ」
「やっと、交代かよー。マジ疲れた」
「疲労感半端ねえな」
肩で息をしている紅白双子にスポーツドリンクを渡すと、旨そうに一気に飲み干した。もう一本……いや、二本追加しておこう。あと軽食も。
「ハッコン師匠、後はお任せします」
ミシュエルは平然としていて、紅白双子との格の違いが見える。同じように商品を渡すと、女性なら一発で堕ちそうな笑顔を向けられた。
「ありがとうございます。ハッコン師匠の心遣いが胸に染みます」
普通なら冗談で済ませるところだが、彼の場合、目が本気なのだ。従順な後輩に慕われるような状況は正直嬉しいのだが、ミシュエルが変な目で見られないか心配になる。
「それじゃあ、ハッコン、いっくよー」
「い こ う か」
敵は蛙人魔に劣る実力。油断をしない限り負けることはない。
そして、ラッミスが油断をしたとしても俺がいる。馬鹿なことをやらない限りは、安定して戦える。
背負われて戦う時は防御と牽制担当なので、それを疎かにするわけにはいかない。だが、少しでも戦力になるように、瓶ジュースを二本、取り出し口に落としておくことにした。