反撃
書籍化が決まりました。
詳しい話は活動報告をご覧ください。
朝になると駆け寄ってくる見慣れた四人組がいた。
「ハッコン発見したよ! からあでぇぇぇ!」
うん、から揚げだけど、上手く発音できなくてすまない。
以前、大好物の名前を教えてくれと言われたので、何とか伝えたのだが言葉が足りずに「からあで」となってしまい、その名前が定着してしまった。
それを求めて粉塵を巻き上げて爆走してくるのは、大食い団の面々。ということは、転送陣が復旧したのか。
「からあで、からあで、からあで」
取り囲まれて、口から涎を垂らしながら連呼されると若干恐怖を感じる。
向こうの様子を聞き出したいところだけど、落ち着くまで無駄っぽい。
彼らが満足するだけのから揚げを大量に提供するのだが、次から次へと消えていく。わんこそばを食べさせているかのような消費速度だ。
「蛙の肉も美味しいけど、やっぱり、ハッコンのが一番だよねっ」
「そうだね、ペル。ボクもそう思うよ」
ミケネとペルのやり取りを聞いていると、こっちまで幸せな気分になる。全員が美味しそうに頬張っている姿に、自動販売機でなければ顔がにやけてそうだ。
「相変わらずの食欲だな。ハッコン、オレにも、からあでくれよ」
ヒュールミが目元を擦り、欠伸を噛み殺しながらやってきた。
徹夜して転送陣をいじっていたのか、見るからに眠そうだ。
「いらっしゃいませ」
から揚げと、寝起きなのでカフェオレも渡しておく。
「ありがとよ、ハッコン」
「て ん い」
「せ い こ う」
最後の「う」だけ音程を上げると、疑問文のように聞こえる筈だ。扱える言葉が少ないので、こういうテクニックが必須になってくる。
「ああ、完全じゃねえけどな。一時間に四人か五人なら問題なく運べるぜ。まずは、子供と老人を優先させるつもりだ」
お疲れさまと労わってあげたいが、「つ」も「れ」も無いのが痛い。だが、言葉を組み合わせれば称賛の言葉を送ることも可能!
「よ っ だ い と」
「う り よ う」
「よだいとう利用?」
やっぱり、ダメだった。そもそも、この世界に大統領っていないだろうしな。言葉って難しいね。
「よくわからねえけど、これでまずは非戦闘員を清流の湖階層へ送って、安全な生活をさせることができる。ここの住民にはわりぃが、空のない場所に閉じ込められているのは精神的にも良くねえだろ」
頭上を見上げると、そこには岩肌があるだけ。
そういや、孤児院の子供たちは空を見たことが無いと口にしていた。
今は非常時だから転送陣の利用代金も必要としないので、本物ではないとはいえ空を見る絶好のチャンスでもある。
子供たちの驚く姿を見られないのが残念だが、まずは先に送ってあげないとな。
「おっはよー、ハッコン。ヒュールミもいたんだね、おっはー」
「おう、おはよう。今日も元気はつらつだな」
某栄養ドリンクを右手に持たせたら似合いそうだ。ファイト一発! とか言わせたい。
「元気だけが取り柄だからね!」
「それ以外にもいっぱいあるだろ」
ヒュールミが呆れて小さく息を吐いた際に、ちらっとラッミスの胸元に視線がいったが、見なかったことにしよう。
「大食い団が来たんだね。これで集落の捜索も楽になりそう」
「鼻と耳が異様に利くからな。こういった場面で役立つ貴重な人材だ」
二人に褒められている当人たちは、から揚げを咀嚼するのに忙しくて全く聞いていない。
そして、いつの間にかシュイが大食い団の輪の中に加わり、一緒にから揚げを食べていた。彼女だけは大食い団に加入しても違和感がない気がする。
今日は忙しくなりそうだな。寝起きの人々がこちらに向かってくるのを見て、そんな感想を抱いていた。
朝から転送陣で次々と住民が運ばれていく。
本来なら、始まりの階層を一度攻略しなければ別階層へ転移することはできないのだが、正常に動いていない状況を逆手に取り、ヒュールミが転送陣の仕様を変更して誰でも転移可能になるよう改良したそうだ。
ただし、清流の湖階層のみに繋がっている状態なので、好き勝手に別の階層に行けるというわけではない。
ハンターたちは後回しになるので、バリケード前で防衛を担当している者と、昨日に引き続き、集落内の生き残りの捜索、及び取りこぼした魔物討伐に当たる者とに別れていた。
大食い団が捜索側に加わることにより、効率が一気に跳ね上がるだろう。彼らの能力の高さは既に経験済み。
俺は捜索に参加することなく、今日は転送陣の近くに配置されている。初めての転送陣に怯えている子供たちが多いので、風船やお菓子を提供して気を逸らすのが役割だ。
「うわー、ハッコンすごいっ!」
瞳を輝かせて、子供たちが風船を見つめている。
ただ、風船を膨らますのではなく、細長い風船を取り出し〈念動力〉で捻じり結び、犬を作ったり花を作ったりしている。
学生の頃、バイト先で覚えた簡単なバルーンアートを異世界で活かせるとは思わなかったな。よーし、ノッてきたぞ。次は幾つもの風船を繋ぎ合わせた熊でも作るか。
思いの外、はまってしまい、気が付くと転送陣の周りにバルーンアートが並び、部屋の中がファンシーな感じになっている。
入ってきた利用者が予想外の光景に未知の恐怖など吹き飛んだようで、緊張せずに転送陣で運ばれていく。
入れ違いで清流の湖階層から人がやってくることもあるのだが、全員がぎょっとした目で辺りを見回しているのが面白い。
「どうだ、順調にやれている……か」
視察に始まりの会長がやってきた。いつもの引き締まった表情が崩れ、無意識なのだろうがポカーンと口を開いている。
始まりの会長は常に厳しい表情を浮かべているイメージだったのだが、昨日のヘブイとのやり取りといい、結構、表情豊かな人ではないかと思い始めている。
それを無理やり抑え込んでいるので、しかめ面の様な顔つきになっているのではないだろうか。
「可愛いな……んっ、あー、子供が喜びそうな内装になっているではないか」
慌てて取り繕っているが、さっきの無防備な顔、バッチリ録画しておいた。特に理由もなく撮ってしまったが、後で何かに活用できないだろうか。
「ハッコンのおかげで子供たちがビビらずに、転送陣に乗ってくれたぜ。子供と老人は全員移動できたから、次は女性でいいのか」
「ああ、頼む。ハンターは最後に回し、住民を優先で。残っている彼らには危険手当を支給しなければならないな。問題はその後……ここをどうするかだ」
「転送陣を残しておくか、それとも破壊するかってか?」
「そうだ。この階層を放棄するとなると、転送陣を魔物に悪用されては他の階層に迷惑がかかる」
転送陣を使って階層の魔物が他の階層に移動したら、内と外からの挟み撃ちで戦況が悪化するのが目に見えている。
しかし、壊すとなると二度と始まりの階層に行けなくなってしまう。
「壊すのは簡単だが、始まりの階層に戻る手段が無くなると、魔物がいとも簡単に地上に出ることが可能になっちまうぜ」
「そうなのだ。非戦闘員を清流の湖階層に送ったのはいいが、ここを奪われると地上の町が壊滅する恐れがある。だが、私としては集落の人々の安全を最優先としたい。現場放棄として後に裁かれることになったとしても」
大局を見るなら、死に物狂いでここを死守すべきなのだろう。だが、見知った人々を最優先にして助けたいという想いも、間違っているとは言えない。
何が正しいなんて自動販売機の俺が偉そうに語るべきことじゃないよな。悩みに悩み抜いての決断なのだろうから。
「この場を凌ぐ方法は幾つか考えられるが……一つ目は迷宮と繋がる道を完全に封鎖する。入り口に瓦礫を詰めるか、通路を崩落させれば敵が集落に入り込むには時間がかかる」
腕を組んで唸っていたヒュールミが、顔を上げると指を二本立てて、始まりの会長に突きつけた。
集落から奥へと繋がる道はたった一本しかない。あそこを完全に塞げば魔物も進入できなくなるな。瓦礫を詰めるのは不可能ではないかもしれないが、それだといずれは撤去される。時間稼ぎにはなるけど。
「二つ目は敵の指揮をしている冥府の王の部下を見つけ出して、指輪を破壊する。統率が取れなくなれば、防ぐのも容易になるからな」
「それも考慮したのだが、始まりの階層は結構入り組んでいてな、指揮をする相手を探すのは至難の業だ。防衛をする人員も確保しなければならない。そんなに多くのハンターを割くわけにはいかないぞ」
「あー、それなら、愚者の奇行団と大食い団のみでの行動ってのはどうだ」
入り口の扉に背を預け、帽子のつばをピンっと指で弾いている男がいた。
ケリオイル団長、無駄に格好をつけているな。実は結構似合っているのが、何となく腹が立つ。
「やってくれるのか」
「構わないぜ。冥府の王についての情報も得たいからな。あと報酬は弾んでくれよ」
「ああ、わかっている。成果に応じて、報酬を増やそう」
「交渉成立だな。任せてくれ」
笑みを浮かべ握手を交わしているが、断られても行くつもりだったくせに報酬をゲットするとは、ケリオイル団長もやり手だな。たぶん、この話題が出るタイミングを扉の陰で見計らっていたのだろう。
何にしろ、これで始まりの階層を探索することが決定したわけか。
「ハッコンも仮だが愚者の奇行団の一員だからな。よろしく頼むぜ」
そうくると思っていたよ。断る理由もないので、快く返事しておくか。
「お か ね ください」
「お、お前もちゃっかりしているな」
いやいや、ケリオイル団長殿には負けますよ。