愚者の奇行団と自動販売機の分類
「でも、ヘブイさんが愚者の奇行団とは思わなかったな」
幸せそうな顔をして、簀巻き状態で転がっている靴フェチをチラチラ見ながら、ラッミスが素直な感想を口にした。
「おう、残念ながらな。出会った頃はまともな振りをしていたが、団員になってから本性を現しやがった」
「治癒役を手に入れたぞって、喜んでいましたよね……」
団長と副団長が揃ってため息を吐いている。
期待していた新人からの落差にやられたのだろうな。可哀想に。
「でもまあ、優秀だよな、アレ」
「そうだね、赤。何度かアレに命助けられているし」
紅白双子は実力を認めているのか。靴フェチに対しても、それ程、嫌悪感があるようにも見えない。
「お前ら、ヘブイと結構仲良いよな」
「性癖は人それぞれだから、そんなに気にならないかな。なあ、白」
「結構、そういうこと言わない奴の方が、やばい性癖隠していたりするんだよなー」
それも、一理ある。よくよく考えると靴だけなら、人体に影響はない訳だから、ある意味安全なのか……安全、なのか?
「でも、久しぶりっすよね。これだけ愚者の奇行団が揃ったのって」
「言われてみれば、そうだな。自由奔放な奴らばっかだと、団長は苦労するぜ」
ケリオイル団長が苦労している感を出しているが、団員たちの目が「お前が言うな」と雄弁に語っている。
団員といえば、初めて会った時に他にも数名団員が……確か総勢八名とか言ってなかったか。
「だ ん い ん の」
「の こ り」
「おっ、ハッコン、他の団員が気になるのか。まあ、それは会ってのお楽しみってやつだ」
言葉を濁したか。まだ、何人かいるのは本当のようだが。他のメンバーと会うのが楽しみのような、不安なような。
「まあ、もう少し早く合流していれば、もっと活躍の場もあったが、今は治癒能力に優れた園長先生がいるからな」
ケリオイル団長の言う通り、園長先生がいれば大概の傷は完治する。とはいえ、一人に任せっきりは体力の問題もあるので、居てくれてありがたいのは確かなのだが。
「だが、ヘブイと合流できたのは別の意味で大きい。愚者の奇行団で別行動する際に、かなり動きやすくなった」
「とはいえ、この階層では防衛と転送陣の復旧に専念するのでは?」
「フィルミナ副団長。ラッミスから教えられた貴重な情報を忘れた訳じゃないだろ。この階層の敵を指揮している奴を見つけ出しちまえば、ここも安泰だ」
「まさか、打って出るつもりですか」
ケリオイル団長は黙って頷き、フィルミナ副団長の言葉を肯定する。
あのバリケードを外して行くというのか。食料もあり、住民の状態も安定している。残りのハンターたちでも防衛は可能な状態だ。無謀な考えでもないのか。
「といっても直ぐにじゃねえぞ。転送陣が繋がり行き来が可能な状態になって、防衛側の人員が少し増えた状況が理想的だがな」
まずは転送陣が作動してからの話か。まだ、集落内の捜索も終わっていない。清流の湖階層のことも気掛かりなので、早く繋がってくれればいいのだが。
今も転送陣を相手に奮闘している、ヒュールミにお気に入りのアイスとスポーツドリンクを持って行かないとな。
始まりの階層に夜が訪れた。
俺はバリケードの近くに設置されて、防衛担当のハンターを見守りつつ、飲食料品をいつでも販売できるよう徹夜で見張りも担当している。
とはいえ、話し相手がいないので暇でしょうがない。久しぶりに、自分の能力の確認をしておこうか。
まずは、初心忘れるべからず。自動販売機の分類について復習しようと思う。
こんなことは一般常識なので覚えていて当然なのだが、マニアの心得として忘れないように思い返すことも、必要な行為だと思っている。
さてと、初歩中の初歩だが国で定められた自動販売機は大きく二つに分けられる。〈物品自動販売機〉と〈自動サービス機〉だ。
〈物品自動販売機〉とは、そのままで物品を売る自動販売機を指す。
更に分類すると、飲料自動販売機の分類だけでも、清涼飲料自動販売機、コーヒー飲料自動販売機、アルコール飲料自動販売機、乳飲料自動販売機、各種飲料併売自動販売機、その他の飲料自動販売機に分けられる。
そして、食品自動販売機になると、菓子自動販売機、調理商品自動販売機、冷菓及び氷自動販売機等、細かく分類されている。
後は、たばこ自動販売機、券類自動販売機、切手・はがき・印紙及び証紙自動販売機、新聞・雑誌自動販売機、日用品・雑貨自動販売機、各種物品複合・併売自動販売機、その他の自動販売機となっている。
この情報は総務省の日本標準商品分類で記載されているので、自動販売機マニアなら一度は目を通して欲しいところだ。もっと細かく分類されているので、きっと楽しめると思う。
以前、友人にも勧めたのだが、ホームページを見た途端、眉根を寄せて俺の顔を二度見していた。どうやら、お気に召さなかったようだ。
っと、思考が脱線してしまった。
自動販売機という括りには、〈サービス情報自動販売機〉も含まれていて、たまに〈自動サービス機〉とごちゃ混ぜになって勘違いしてしまう人がいる。たぶん、これは初心者あるあるだと思う。と、その友人に話したのだが、
「普通、そんなこと知らねえよ」
と、冷めた口調で言い放たれた。何故だ。
話を戻そう。〈自動サービス機〉に何が分類されているかというと、自動両替機、玉・メダル貸機、自動貸出機(ビデオソフト他)、自動改札機、自動入場機、自動写真撮影機、コインロッカー、コインランドリー、その他の自動サービス機となっている。
この〈自動サービス機〉を自動販売機として認めるか。ここで意見の食い違う人が出てきて熱い討論が繰り広げられるのも、よくある話だ。
とまあ、偉そうに考察してみたが、この情報を正確に思い出したのは最近なのだ。昔にちゃんと調べて、頭に叩き込んでいた筈なのだが、自動販売機になったことにより自覚はしていないが、記憶の混乱が僅かながらあるのかもしれない。
話を戻そう。俺は事実を知る前から〈自動サービス機〉も自動販売機だと思っていたので、〈物品自動販売機〉と同様に愛情を注いできた。
だから、俺の機能の欄には〈自動サービス機〉に分類される〈高圧洗浄機〉等が入っているのだと思う。
最近気づいたのだが、ランク2を取得してから選べるようになった機能の多くが〈自動サービス機〉に分類される物だ。少なくともランク2を覚えるまでは〈自動サービス機〉に含まれている機能は一切使えなかった筈だ。
そろそろ、新たなランク2の機能を覚えてもいい時期かもしれない。幾つか、気になるものがあるのだが、ポイントの無駄遣いはできないので取得するとしても、一つか二つがいいところか。
あと、どんな条件だったのかは不明なのだが、最近になって機能欄に新たな項目が増えていた。それが何かというと――ランク3。どうやら、俺の自動販売機にはまだ進化の先があるようだ。
それを見つけた瞬間、迷わず選ぼうとしたのだが、ランク3を得る為に必要なポイントは300万ポイント。尋常ではなかった。
くっ、それだけ膨大なポイントを必要とするのだから、ランク3への期待は高まるに決まっている。何ができるようになるのか、色々と妄想するのが最近の暇な時の日課だ。
前までは100万ポイント貯まったら〈念話〉を取るつもりだったのだが、今は正直、もう後回しでもいいかなと思っている。たどたどしいが何とか会話も可能になっているので、今すぐに必要な加護ではない……よな。
決して、ランク3に期待を寄せて、自動販売機マニアを満足させる何かを求めて、妥協したわけではない。
とまあ、心の中で言い訳をしてみたが真面目な話、最近は何かと物騒な事が多すぎる。各階層の現状を調べることもそうだが、冥府の王とやらの今後の動向も心配の種だ。
ここで新たな力を得ようとするのは当たり前の行為だと思っている。ポイント的にはまだまだ届かないが、希望があるというのは生きる糧になる。
自動販売機である俺でも進化の夢を見られるというのは、どれだけ嬉しいことか。
「冷たいお茶をいただいても、よろしいでしょうか?」
俺の前にいつの間にかやってきてた、白い法衣姿のヘブイが突っ立って商品を眺めている。
こうやって見ていると、まともで理想的な聖職者に見えるのだが。
「いらっしゃいませ」
「やはり、見たこともない商品だらけですね。ラッミスさんのお勧めは確か、この妙な色合いの飲み物でしたか」
ミルクティーを選んだのか。開け方は昼間に学んだようで、蓋を開けるとペットボトルを口に付けて飲むわけではなく、懐から取り出した――
「ま て い」
「おや、本当に話せるのですね。何か不都合でも」
不都合しかない。懐から取り出したそれは、何だ。
「もしや、このコップが珍しいのでしょうか。かなりの年代物ですからね」
茶色く変色した布製のそれは、コップじゃないからな。どうみても、靴だろそれ。
「ああ、中身が漏れることを心配されているのですか? 大丈夫ですよ、ちゃんと木製のコップが中に入っているので」
よく見ると靴のかかと部分から取っ手がはみ出ている。なるほど、靴でコーティングされた、ただのコップか……いやいやいや!
「ちなみに、この靴は十年履かれ続けた品で、魔物の皮を使っているのでかなり頑丈な逸品ですよ。持ち主は有能な女性ハンターで、彼女の汗と経験が染み込んだ素晴らしい靴だとは思いませんか」
マニアって自分の好きなことになると饒舌になるよな。俺は話したくても話せないから大丈夫だ……気を付けよう。
「ああ、もちろん、綺麗に洗っていますので匂いはしませんよ」
そうなのか。ちょっとだけ安心できた。
「大体……匂いを楽しめるのは一週間程度ですからね」
今、ぼそっと何を言った。やはり、間違いなく変態だ。知っていたけど。
「貴方は中に人の魂が入っているそうですね」
「う ん」
「中々に数奇な運命を背負っておられるようですが、もう少し気楽に過ごした方が良いかもしれませんよ。緊張でこんなに体が硬くなっているじゃないですか」
俺の体をポンポンと叩きながら、ニヤッと口元に笑みを浮かべている。場を和ますためのギャグなのだろう。
「ありがとうございま す」
「お礼よりも笑っていただきたかったのですが。それよりも、ハッコンさんは靴を履かないですよね」
期待に添えなくて悪いが、自動販売機は靴を履かない。じろじろと足元を見られても、足が生えてくることはない。
「人生なんて一度きりです。やりたいことやらないと、損ですよ」
好きなようにやっているヘブイが言うと説得力があるな。俺は二度目の人生だが、今度は自動販売機生を満喫すると決めている。
「何となくなのですが、ハッコンさんは、私と同じような特殊な趣味人の気配がするのですよ」
「ち が い ま す」
それは断固として否定させてもらおう。