要救助者の選別
夜が明け、充分な量の食料を臨時の倉庫に運んでから、俺とラッミスは集落内の捜索に参加することとなった。
全員に食料が行き渡り、体力も気力も回復したハンターたちに余裕が出てきたので、本格的に集落内に残っている住民の捜索を始めるそうだ。
こういった作業となると鼻の利く、大食い団の面々がいると楽なのだが、まだ転送陣は未開通だ。ヒュールミの頑張りに期待するしかない。
清流の階層の荒れ具合と比べたら、ここはまだマシなのだが、倒壊した住居も当然あるので、瓦礫の撤去に誰よりも活躍しているラッミスが称賛されていた。
「清流の会長は良い人材を得ているな。それ程の怪力を有する加護を見たことがない」
始まりの会長が胸を支えるように腕を組み、感心している。
集落の地理に一番詳しい、始まりの会長が同行しているのだが、ラッミスの怪力がこれ程のものだとは思っていなかったようだ。大きく頷き、頭の天辺から足の爪先まで見回している。
「会長ー! この屋根って何処にやったらいいの?」
民家の屋根を軽々と持ち上げ、ラッミスが問いかけている。
「ああ、隣の空き地にでも放り捨ててくれ。人員の捜索が優先だからな」
「はーい」
投げ捨てられた屋根が空き地に墜落すると、その振動で近くにいたハンターの足が一瞬だけ浮いたように見えた。
捜索に参加していた、他のハンターたちが大口を開けてラッミスを凝視している。清流の湖階層では当たり前の光景なのだが、知らない人たちには刺激が強すぎたらしい。
「これは、思ったより早く終わりそうだ」
建設機械に匹敵する活躍を見せつけるラッミスのおかげで、住宅街の捜索がかなり楽になっている。
ただ、生存者が見つかることはなく、遺体だけが荷台に積み重ねられていく。
ラッミスは口をキュッと噤み、遺体の山をじっと見つめている。
「気に病むことはない。お主が見つけてくれなければ、彼らの亡骸を葬ることも叶わなかった。この階層の代表者として礼を言う。ありがとう、ラッミス」
「うん、そうだね。うん、ゆっくり眠らせてあげないと」
「う ん う ん」
助けてあげられなかったのは無念だが、このまま誰にも知られずに腐り果てていくことと比べれば、幾分かは救われるだろう。
「やはり、生存者は絶望的か」
襲撃を受けてから一ヶ月以上が過ぎている。もし、瓦礫の下で奇跡的に生き残っている人がいたとしても、餓死している可能性が高い。
それを理解した上で、微かな望みに懸けていた始まりの会長だったが、どうにもならない現実を目の当たりにして大きく息を吐いている。
「会長、次は何処に行くの」
「そうだな……気は進まないが、あの場所へ向かうか。集落の北東へ」
「か、会長、あそこは行かなくても」
会長の隣にいたハンター協会の職員らしき男性が、顔色を変えて止めに入っている。
あの場所とやらに何かあるのか。職員の青ざめた顔を見る限り、ろくでもない場所であるのは確かだろう。
「そういう訳にはいくまい。凶悪犯を閉じ込めている監獄だとしてもな」
そういうことか。昔の日本だと火事などの災害時は罪人を解放するといった話を、時代劇で見たことがあるが、この世界ではそういった処置をしなかったようだ。
「ですが、食料は尽きているでしょうし、あそこは魔物がかなり暴れていた地点です。生存者は絶望的かと」
「酷いようだが、それならそれで構わん。ただ、混乱に乗じて逃げ出している可能性もあるだろ。その方が問題だ」
集落内に犯罪者集団が潜んでいるとなると大問題だよな。今後の憂いを無くす為にも、調べておく必要はあるよな。ただ、それにラッミスを同行させるのはどうかと思う。
力があるとはいえ、まだ十代半ばの少女だ。万が一、生き残っていた場合、極悪人と触れさせるのは情操教育に悪い影響を与えると思われる訳で。
それに、そんな危険な場所に向かうなら腕の立つ者を同行させるべきだ。
「せ ん り よ く」
「た り ね え」
うぐっ、意味は伝わったみたいだが、言葉遣いが酷い。もう少し、穏やかな文章になるように頭を働かせないと。
「そうだな。この面子では万が一の事態に遭遇した場合、いささか頼りないか。一度戻ることにしよう」
監獄に向かうことは決定事項か。もし、ラッミスが同行するのであれば、もちろん、俺も参加するが、どうにも心配だ。
一度、戻ってからメンバーを選別して、監獄へと向かっている。
最終的に誰が行くことになったのかというと、始まりの会長、男性職員、シュイ、ミシュエル、園長先生、ラッミス、俺となった。
戦力不足の新人ハンターは最悪人質に取られると厄介なので、連れて行かないそうだ。ケリオイル団長にも来て欲しかったのだが、現場の指揮を執る人間がいないのは問題なので、防衛に専念してもらうことになった。
前衛にミシュエル、遠距離担当のシュイ、園長先生。守りの俺がいるので、生き残りの犯罪者がいたとしても守りきる自信はある。最悪の展開にはならないだろう。
「ちなみに、そこってどんな悪党が閉じ込められていたっすか」
目的地まで距離があるので、暇を持て余していたシュイが始まりの会長に話しかけている。
「普通の軽犯罪はハンター協会の地下牢に放り込むのだが、どうしようもないクズ共は全て、監獄から出さないようにしている」
「というと、殺人犯とかっすか?」
「まあ、そういった輩が多い。殆どが死刑囚だからな。老人や女性ばかりを狙った強盗殺人犯。魔物を殺している内に殺人の快感に目覚めた、元剣士の快楽殺人犯。あと、やばいのは……あっ」
何かを思い出したらしく、始まりの会長は右拳を左手の平に打ち付けている。
「アイツはどうしている。あの、変質者は」
「ああ、あの人ですか。何度言っても奇行を抑えることなく、反省の為にあの監獄に放り込んでいましたね。襲撃前に解放されているとは思いますが……その際の資料が紛失していまして」
始まりの会長が苦虫を噛み潰したような顔しているぞ。職員も表現しがたい顔になっている。苦みを限界まで増した苦笑いとでも言えばいいだろうか。
「始まりの会長。その変質者ってどんな人なの?」
シュイは既に興味を無くしたようで、最後尾を歩く園長先生と雑談をしている。その代わりに、ラッミスが疑問を口にした。
「興味があるか。奴はそうだな、変態だな。それも、かなり特殊な変態だ。人を傷つけることは一切していないのだが、男女問わず苦情が殺到してな。牢に入れても周囲に悪影響を与えるので、軽犯罪……迷惑行為ではあるが、本人も望んでいたのでな、特別にあの監獄に放り込んだ」
説明を聞いて、益々その人物像が掴めなくなってきている。迷惑行為で周囲に悪影響を与える。更に男女共から苦情ということは、性犯罪でもなさそうだが。
それに、本人が自ら監獄行きを望むというのもおかしな話だ。
「あの、ガクベルの様な奴が、そう簡単に死ぬとは思えぬ。だが、解放されずに一ヶ月となると……」
ガクベルというのは日本でいうところのゴキブリに似た虫だ。見た目と性質もほぼ同じらしく、異世界でも嫌われている。
そこまで言われる相手か。怖いもの見たさで興味が出てきた。だが、牢屋に一ヶ月も閉じ込められているなら生存は絶望的だろう。
「死ぬ程の罪ではなかったからな。奴が生きているなら、解放せねばなるまい。閉じ込められていたら、だが」
軽犯罪の常習犯で捕まり、タイミング悪く騒動が起こったのか。
「この状況下ならバカなこともやらんだろう」
始まりの会長が凄く嫌そうな顔をしている。死ぬことはないが、助けるのも嫌なのか。怖いもの見たさで益々、興味が湧いてきた。
一体、どんな人物なのだろうか。こんな風に嫌われるタイプの犯罪者か。露出狂、痴漢、といった性犯罪者というのが一番あり得そうだが、あの口調だと違う感じがする。
でも、男女から苦情が来ているとなると……男女共にいけるのか。
とまあ、勝手に妄想しているが実際は大したことないというオチが待っていそうだ。異世界では異質な犯罪だとしても、日本ではそんなに酷い犯罪じゃないかもしれないからな。
それから三十分後ぐらいだろうか、目的地へと到着した。
監獄だけあって造りが頑丈だったようで、原形を保っている、どす黒い色彩の四角い建造物があった。見るからに重苦しい感じがして、監獄と呼ぶにふさわしい外観をしている。
「無事のようだな。犯罪者たちは全員地下に居る筈だが……生きていれば」
入り口の重厚な鉄扉を押し開き、中へと足を踏み入れる。
受付のような場所があり、結構広いホールになっている。格子扉の向こうに下りの階段が見えるので、そこから地下牢へと繋がっているのか。
刑務所って特殊な自動販売機置いてないからな。受刑者は現金を持ち込めないので、受刑者用の自動販売機がそもそも存在しない。囚人服の自動販売機でもあれば、是非一度は利用したかったのだが。
「気を付けてくれ。おそらくは誰もいないと思うが」
長い階段を降り切って扉を開くと、薄暗い通路の左右に牢屋が並んでいる。
あれ、格子扉が全部開いていないか。監獄の入り口と地下牢に続く扉も鍵がかかっていたのに、何故ここの牢屋だけ。
「腐臭もしないな。囚人たちは逃げたのか……奥まで進むぞ」
取り残された囚人がいるなら、腐敗が始まっていてもおかしくないと、始まりの会長は思ったのだろう。俺は鼻が利かないので嗅ぎ取れないが。
地下牢の奥の方まで進んだのだが、今のところ全部の格子扉が開けられていた。通路の行き止まりまであと数歩のところで、右手にひときわ大きな牢があり中に――誰かいるな。
鉄格子を挟んで向こう側には――何だあれ。ブーツやサンダルといった靴がこんもりと盛られていて、その中に一人の男が埋もれている。
「おや、誰かいらっしゃいましたか」
以外にも穏やかで丁寧な口調をした声がしたかと思うと、その靴山の中から一人の男が現れた。
「生きていたのか。煩悩聖職者」
始まりの会長が心底嫌そうに顔を歪めている。
聖職者って言ったよな。確かに、白いロングコートに似た法衣らしきものを着ているが。
糸のように細い目は弧を描き、笑顔を浮かべている。髪はきっちりとセンター分けで黒髪。年齢は二十代に見える。外見だけなら立派な聖職者っぽい。
「煩悩ではありません、本能に忠実に生きているだけです」
「お前、牢屋に居たのに何で、そんなに大量の……靴を集められた」
何の目的があって靴に埋まっていた。理由は見当もつかないが、あ、うん、まぎれもなく変態だコイツ。
「う、うわぁ……」
明るさと優しさが売りのラッミスですら言葉を失っているぞ。正直言って、俺もどん引きだ。
「あっと、心配なさらないでください。私は男女問わず、使い古された靴が好きなだけです。履いていた人には全く興味がありませんので、ご安心ください」
爽やかな笑顔で何を口走っているんだ、この聖職者……いや、この人を聖職者と認めたら、真面目に活動をしている聖職者の方々に失礼だな。
「質問に答えろ」
「最近めっきり寒くなってきましたので、扉の鍵を開けて、毛布代わりの靴を集めて帰ってきました。あ、魔物が騒がしかったのでついでに、牢屋の鍵を開けて囚人の皆様も解放してあげましたよ」
「お前……ここにいた奴らがどれ程の極悪人か知っているのかっ!」
始まりの会長が格子を蹴りつけて激昂している。ただでさえ混乱している集落に極悪人を解き放ったらどうなるか。子供でも理解できる。こいつは見た目に反して、クズ野郎なのか。
「もちろん、承知していますよ。魔物が闊歩し、住民が襲われている状況で少しでも魔物を討伐する為に……魔物を引きつける付与魔法を施して、解放しましたので。あと、全員に幻覚も施しておきましたので、喜々として魔物に襲い掛かったのではないでしょうか。その結果、彼らがどうなったかは定かではありませんが」
この人の性質が掴めない。ただの変態ではないのか。
「助かりたいからといって、口から出まかせを言うな!」
「いや、会長。残念だけど嘘言ってないっすよ、そいつ」
鉄格子の間から手を伸ばし、男の胸ぐらを掴む始まりの会長の腕に、そっと手を添えたのはシュイだった。
意外な人物が止めに入ったな。
「これはこれは、我が親愛なる友、シュイさんではありませんか」
「誰が友っすか。最近見かけないと思ったら、こんなところにいたっすね」
二人は知り合いなのか。ハンター稼業をしていると意外な人と接点があっても不思議ではないのだろうが、彼女とこの変態が仲良くしている姿が思い浮かばない。
「始まりの会長、すまないっす。これ、残念ながら愚者の奇行団の団員の一人っす」
「えっ?」
「お っ」
思いもしなかった発言に、俺とラッミスの声が重なった。