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マリオネット

作者: Gentiana

FC2ブログにて掲載したものを加筆・修正したものです。

マリオネット


――人形を視た。


 /1

 雨がぽつぽつと降り始め、私は雨宿りにちょうど良さそうな軒先を見つけた。何しろ天気予報で雨が降るなどと言ってなかったのだ。傘など持ってきているはずも無い。

 そんなことを考えながら、仕方なく雨宿りをしていると間も無く本降りになりはじめた。ここで慌てて出て行けばどこぞの川柳と同じである。しばらくここで雨が止むのを待つとしよう。

 単なる夕立だろうからすぐに止むだろうと高をくくっていたのだが、これがどうも悪かった。30分近く待っても全然止む気配が無い。なんてことだろうか、このまま立ちっぱなしでは冷えた足の筋肉がつってしまいそうだ。

 そうこうしているうちに雨宿りをしているここが何かの店であることに気づいた。しかし、用も無いのに入る気もしないし、店員も居ないようだ。もう5分待って止まないのならばさっさと走って帰ってしまおう。そう思って、私はまた柱に寄りかかり、時間がたつのを待つ。

――人形を視た。

 雨の中を歩く人形だ。

“人形”といってもオートマチック・マリオネット。いわゆるアンドロイドのことだが。特に珍しい者でもない。その辺を歩いている侍女型だったのだが、私は心奪われた。

 “それ”は、長く黒い髪に、黒い瞳、色素の抜けたような白い肌をしていた。注文時に設定すればその人形と同じような容姿にもできるだろうが、私の思ったのは容姿が良い悪いでは無く、別の、何か。何かが違うという所だった。

 違和感というわけでもないのだが、何かが――魂とでも言うのだろうか?――とにかく、通常のモノとは違ったのだ。

 雨の影響かもしれない。しとしと降る雨の中、傘も無く歩く姿が通常とは違う一種特異な者に見せたのかもしれない。きっとそうだろう。

と、勝手に納得しておくと、声をかけられる。

「そこ、退いていただけませんか。」

「え?」

 声をかけて来たのは人形だった。まさか、と思ったが、どうやら私に言っているようだ。

「あ、・・・・・・あぁ。すまない。」

そう言ってその場所を退くと、人形は少し礼をして店に入っていった。

 ここでやっとこの店に興味が湧いてきた。

 一体何を売っている店なのだろうか。どんな店なのだろうか。看板がなかったようだが・・・・・・一体人形は何を買いに来たのだろうか。それとも、ここの従業員なのだろうか。

 そこまで考えて、思考を止める。途中から店についてではなく、人形について考えている自分に気づいたからだ。

 空を見上げるとやはり夕立だったらしく、雨はすでに止んでいた。雲の隙間は綺麗な青空を覗かせている。まさにスカイブルーといった感じだ。

 しかし、私はその青空の下へ歩き出さなかった。吸い込まれるように店内に入っていく。

まさに、吸い込まれた。そんな言葉が似合う。

 /2

 店に入ると、そこにはいくつもの棚と壷や器など、骨董品が並んでいた。

「骨董品屋だったのか・・・」

 私は呟くと、店内を廻る。さっきの人形が気になったのだ。何処へ行ったのだろうか? この狭い店内で。

「いらっしゃい。」

 と、急に声をかけられ、私はびくりとする。店員が居るとは思っていなかったし、外から見たときは会計には誰も座っていなかったはず。

 店員の男の声に私は振り返る。すると、会計に一人、男が座っていた。不真面目な顔で、髪の先を金髪に染めている。そして、顔立ちはいかにも退屈そうにゆるい顔をしていた。少し失礼なようだが、そういう説明しかできないのだ。あまりに読み取れる事が少ない。こちらを見て、珍しい者を見たという感じで頬杖をついている。

 その男とその周囲を見て気づいた。私には骨董品ばかりに見えていたが、極最近の物もあるのだ。テレビやゲーム機、携帯電話などもある。質屋なのかとも思ったが、そのような表記は一切見えない。

 いったいこの店は何を売っている店なのだろうか? という疑問が一層深まり、この疑問を男にぶつける事にした。

「この店は何を売っている店なんだい?」

 私が訊くと、男はすぐに応えた。まったくもって不愉快な応え方だった。

「ぷっ、はっはっはっ、あんた、知らずにこの店に入ってきたのかい?」

なんと、笑われたのだ。まったく客に対して失礼なヤツだ。

 ひとしきり笑った後、なんでもないという風にごく普通に続ける。

「教えてあげるよ、この店は心を売ってるんだよ。」

 そう言うと男は手ではーとの形を作って、にやにやしながら私の反応を見ている。

「心・・・・・・?」

 私の反応を見ていた男がつまらなそうに黙る。いったい何を期待していたんだ? この男は。私はそれを無視し、質問を続ける。

「心を売るというのはどういうことなんだ?」

 俺の質問に男はにやにやと笑いながら応対した。なめられているのは百も承知だが、問わずにはいられなかった。その答えがさっきの人形が何故此処にきたのかが判る気がしたのだ。

「そのままさ。“心”を売って、物に心を与えてるんだよ。君が惚れてるさっきのアンドロイドもそうさ。彼女もそろそろ“心”ができてきたようだね。」

「何? 私が惚れているだって?」

 私は話全体より途中の言葉に反応した。

 一体何を言い出すのか。この男は。私の“心”が手にとるように読める。といった風ににやけながら答えた。

「あぁ、そうさ。一目見て思っただろう? 『その辺を歩いている侍女型だったのだが、私は心奪われた。』ほら、心を“奪われてる”じゃぁないか。」

 私は驚いた。驚愕し、恐怖し、憤怒さえ覚えた。どうして私の心を読めるのか。

 そんなことよりも勝手に人の心を読むなんて行為が許されると思っているのか。いや、許されるはずが無い。絶対にだ。それに、人形に惚れるだなんて、バカバカしい。と、そこまで考えて私は気づいた。

――この考えも、読まれている。

 私は考えを切り替え、目の前の人間を睨みつけた。お前など、怖くない。恐怖など存在しない。

「違うね、恐怖は存在するさ。ほら、例えばさ。あんたの後ろ――。」

「は?」

 私はすっと振り返る。いや、振り返ろうとして、身を強張らせた。私は視たのだ。

 人形が。歩いている。それを私が。視て店の外に――居る。

「なんだ、これは。」

私は疑問のこもった言葉を投げかけた。どれという事も無い、多数の疑問を一言で。私の言葉に男が律儀に返す。何故疑問に全て答えられるのか。それすらも私の疑問の一つだった。

「お客さんの“恐怖”ですよ。お客さん、あんたぁ――いい趣味してる。」

 人形が歩いて店の前に立つ。そして、私は扉の前から退くと、人形は礼をして扉を開けた。そうだ、さっきの。さっきのあれだ。

「こんにちは、雛菊さん。」

静かな声で店番の男に話し掛け。

「売ってください。」

 その短い言葉に雛菊と呼ばれた男がにんまりと――何か悪巧みでもしているかのような顔をして笑った。全てがわかっているかのように。

「あぁ、丁度いいのが入荷したばかりなんだ、たぁんと召し上がってくがいいさ。」

 男の言葉に人形は静かに笑みをたたえると、ポケットから財布を取り出す。

 その財布から出された金額は法外な物だった。単なる侍女型の人形が持てる金額ではなかった。それを会計台の上にほうり投げ、入り口から一歩、二歩と店内に入る。

「まいど~」

 人形はくるりと向きを変え、こちらを向く。その表情は硬く、陶器のようでそして――

「美しい。」

私が思わず放った一言に侍女は反応を示さず、言った。

「いただきます。」

 私が最後に聞いた一言がそれだった。

 /3

 店に一人の男が入ってきた。

中肉中背の男だった。

人形に恋した彼は、店に入って人形を探した。

しかし、そこに居たのは店番の男だけだった。

 そこは“心”を商品に扱う店。

 彼も商品に仲間入りした。

“恐怖”の心は人形の心の最後の部品となって、今も心の片隅に存在している。

人形は喜んだ。

「ありがとう、雛菊さん。怖いってことがどういうことか解った。」

「それは良かった。欲しい物があったらまたおいで。この店は年中無休、千客万来。いつでも良い心をそろえてるよ。」

その言葉に侍女の人形は頷いた。


“心”を売る店。あなたの近くにもあるかもしれない。ただ、その店は欠落した“心”を補う場所。

全ての“心”を持ち合わせている人間には見えるはずも無い場所。

あなたも一つ、いかがだろうか?


fin

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