根っこが合うからつるむので
「ババア? あんただって、ヨワイ数百年の大年増のくせに何を偉そうに。その細い首、今すぐ落としてやってもいいんだよ」
鵺は紅葉の不気味な表情にも全く動じずに言い返す。尾の蛇がしゅうしゅうと不気味な音を立てながら、紅葉の首筋に近づいた。
「……くそ」
鵺が本気であることを見て取った紅葉の方が、しぶしぶ矛を収める。鵺はその様子を見て笑った。
「強いものに従っとく理性はまだあるようだね。結構なこった。その怒りはせいぜい人間どもにお使い、紅葉」
「言われなくても分かってる」
紅葉が目をむいた。鵺は彼女の怒りのこもった声を聞いても動じず、そのままふわりと空を泳ぎ続ける。学校をすっぽり覆い尽くしている壁のぎりぎりまで上昇し、次の移動先を探した。
鵺と紅葉に与えられた任務はひとつ。
囚われの人間の一部を穴倉から出す。全て殺せ。
紅葉に異論などあるはずがない。人間など大嫌いだ。あの馬鹿な連中をひっかける時点で、胃に穴があきそうなほど怒り狂っていた。
その苛立ちを天逆毎に指摘され、奴の不興をかってしまったため二重に腹立たしい。この程度では物足りない。できるだけ、派手な殺しをやるつもりでいた。
「あっちに割り振られた連中は、さぞつまらないだろうさ。あんた、こっちの担当になったんだから我慢おし」
「そだね」
鵺になだめられ、紅葉はそれ以上の文句を飲み込む。次の戦闘に備えるように手首をぐるぐると回す。
「降りるよ」
鵺がふたたび、地面に降りて行く。今度は、さっきと違い、周りに何もない広い空間だった。金属の枠組みに、荒い網が絡まったような妙な器具が二つ向かい合っている。隠れるにはまるで役に立たなそうだ。何かの武器だろうか、と紅葉はしばし見つめた。
「お遊びの道具だよ。気にするこっちゃない。それより」
鵺はそこまで言うと、近くを走っていた人間数人をまとめて切り裂いた。腕や足がまとめて宙を舞い、血しぶきが弧を描く。
「人間どもを逃がすんじゃないよ」
「あいあい」
紅葉は懐から札を取り出して地面にばらまいた。鵺の巨体に度肝を抜かれ、死に物狂いで逃げて行く生徒達は、誰ひとり下など見ていない。
一人の男子生徒がぜいぜいと息を切らせながら走る。隣を走っていた派手な女子をつき飛ばし、グラウンドから出ようとしたところで、彼のスニーカーが思い切り紅葉の撒いた札の中央を踏みにじった。
時間にして数秒もなかったろう。たちまち札から火柱が上がり、男の全身をつつみこんだ。赤い炎の中から、肉が焼ける匂いが漂ってくる。鵺が美味そうな匂いじゃないか、と皮肉を言った。
炎が消えた時に残っていたのは、腕を直角に曲げた姿勢で横たわる黒焦げの死体だった。さっき突き飛ばされた女生徒がそれを見て金切り声をあげる。あの男が先に行かなければ、確実に自分が黒焦げになっていたことを悟ったのだろう。まあ、生き残ったとしても数秒の差だが。
火柱はすでにあちこちで上がっている。死体の数は増え続け、それが生き残っている生徒の障害物になった。死体に躓いて転んだところを鵺の爪に刈り取られ、増え続ける障害物を避けようとして、逃げるスピードが落ちたところを紅葉の金環で狙われる。
「完璧だ。まさに一方的」
「はい、これで最後ぉ!」
みるみるうちに動いている人間の数は減っていき、ついに最後の一人に紅葉の攻撃が当たった。すぱん、と首が飛び、最後の生き残りもあっけなくその命を終える。
「やりー」
紅葉は腕を下ろす。今まさに数百人を屠ったところだが、彼女は息切れひとつしていない。
「人間ってほんとちょろいねえ」
暴れたりないとばかりに、紅葉が鵺の背中でぼんぼん跳ねる。
「あ」
不意に紅葉の動きが止まった。鵺も何事かと空を見上げる。
「ほう、伝令が来たよ」
ふらりふらりと、糸の切れた凧のように一羽の鳥が現れる。全身が淡い橙の炎で覆われており、なんとなく間の抜けた印象を与える。人間どもに『ふらり火』などと軽く呼ばれているのも納得だ。
「あー……伝令、です」
「なにさ」
紅葉が聞き返しても、ふらり火は数秒沈黙している。聞こえているのだろうか、といぶかった時、ようやく相手がしゃべり始めた。
「作戦、順調に進行中。次の指示を与える。一旦主の元に集合せよ。……だ、そうです」
「わかったよ」
鵺が返事をする。ふらり火は、それを聞くと、来た時と同じように頼りない飛び方で明後日の方向に去って行った。
「さて、行きますかあ。次、何をさせてくれるのかなあ」
「血が見られない任務なら断るまでさね」
「きゃはあ、言えてる」
鵺と紅葉は、二人で声を合わせてくつくつと笑った。たいがいの意見は合わない二人であるが、この一点においては仲たがいしたことはなかった。




