血血血血血血血
しかし、事態は悪くなるばかりだった。火の気などさっぱりない場所のはずなのに、逃げ出した生徒たちも次々と火柱に飲み込まれていく。どうしたらいいのと叫んで、舟木は越野の手を握った。
「そ、そうだ!」
閃いて舟木は叫ぶ。紅葉だ。紅葉のそばに行けば、きっと守ってくれる。視界の隅にちらりと金色が飛び込んだ。一か八か、その輝きを追う。
「紅葉さん!」
「あ」
賭けに勝った。舟木に気づいた紅葉が顔を上げる。
「助けて!」
舟木は喉をからして、紅葉に向かって叫んだ。
「イヤだね」
紅葉がはっきり言った。舟木を見ながら、にやにやと唇を釣り上げて笑っている。さっきまでの清楚さは影をひそめ、いやらしい表情が顔に張り付いていた。
「どういう……こと?」
「まだ気づいてないのかい」
戸惑う舟木を尻目に、すっと紅葉の手が上がる。その掌に握られていた白い札から、火炎があがった。
「残念だったねえ。馬鹿をだますのは楽しかったよ。死ね」
舟木の目の前が赤一色に染められる。越野のあげた絶望の声が、舟木がこの世で聞いた最後の音になった。
立塚の空に、ひょう、ひょうと甲高い鳴き声が響く。猿の顔をした大きな獣が校舎の裏庭を我がもの顔で歩いており、ぶるりと震わせた尾が当たって教室の窓硝子が砕け散った。
たまたま運悪く、獣の正面にいた生徒が最初の犠牲者となった。ぬう、と空中に浮いて出た真っ赤な猿の顔を認識する余裕があったかも怪しい。
いかにも面倒臭そうにぶんと振られた鋭い爪によって、首が横一文字に切り裂かれた。声を出すこともできないまま、骸となった彼は大量の血を撒き散らしながら崩れ落ちた。
「なんだなんだ?」
「うわあああああ」
生徒達は少しでも獣との距離をあけようと必死に後ずさる。無様な姿を見て満足し、獣は血まみれの獲物を残したまま空中へ飛び去った。
獣は上空から紅葉の金色の髪を探す。幸い、すぐに見つかった。地面まで行き、ひらひらと手を振る紅葉を背に乗せてやる。
その横を、人間たちが必死に走っていく。大部分は同じような服に身を包んだ若い男女だが、ちらほらとその中に子供や、中年にさしかかったものが混じっている。
それを高みから下を見ていた紅葉は、冷やかにふん、と鼻を鳴らす。ぱちり、と彼女が指を鳴らすと、空中からふっと金色に輝く環が現れた。
紅葉がその環に指を通し、しばし何かを探しているように下を見やる。くるくると回し、いかにも何でもなさそうにぽん、と環を放つ。
くうんと環は空を舞い、男子生徒数人の手首から先をまとめて刈り取った。
「は?」
一瞬何が起こったのか分からなかったのだろう。彼らが激烈な痛みに気付いて、とても文字にできない絶叫をあげたのと、持ち主から切り離された手が地面に当たってぼんと鈍い音を立てたのはほぼ同時だった。
次の瞬間、巨大な影が生徒達の上に現れた。さっきまで上空にいた巨大な獣が、腹を下にしてまっさかさまに落ちてくる。生徒の絶望の声は、大きな地響きにかき消された。
降りてきた獣は、しばらく顔を上げてそのままの姿勢でいた。次第に、腹の下からじわりじわりと赤い液体がにじみ出てくる。金臭いにおいが辺りに漂った。
近くにいたが、獣の直撃を免れた人間たちが逃げ出した。腰が抜けたのか、這いながら前に進んでいるものもいる。しかし、彼らは間もなく飛んできた金環によってもれなく首を飛ばされ、逃亡半ばで絶命した。
もはや動く人間のいなくなった一帯を見回し、紅葉は満足したように笑った。とんとんと舞うような優雅な足取りで再び獣の背に乗る。
獣は一つ大きな伸びをして、細かく体を震わせる。腹についていた血が左右に飛び散り、紅葉の着物や顔にも飛沫が飛んだ。
「もう少し気ぃ使ってよー、鵺ちゃあん」
紅葉がぷっと頬を膨らませる。白地に桃色の花が咲いた着物についた赤黒い染みは、遠目で見てもひどく目立っていた。
「無理だよ」
鵺と呼ばれた大きな獣が言い返す。ひどくしわがれた、老婆の声だった。
「今回は派手になるって言われていただろう。ここにそんなものを着てくるお前さんが悪いのさ」
「だってこれが一番可愛いんだもん」
「本体が可愛くないのに、ガワだけ良くしてどうするんだい」
「おい今何つったババア」
紅葉ががらりと顔色を変えた。今までのふんわり宙を見つめるような表情はかき消え、目を見開いてぐわりと相手をにらみつける。




