表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
96/675

しょせん素人に奇跡は起きぬ

 紅葉もみじの話の内容はこうだ。背を向けている百々目鬼どどめきの視力はほぼないに等しいが、それでも窓を開けて大人数が出れば音で気づかれる。


 紅葉が廊下に出て彼らにほかの仕事を頼むので、その間に全員窓からグラウンドの方向へ出るように、と言われた。


 生徒達から異論は出ないまま、説明が終わる。無言でひとつ頷いてから、紅葉が教室の引き戸を開けて廊下へ出て行った。


 室内から、六十近い数の瞳がじっと廊下の様子を見守っている。紅葉が身振り手振りで指示を与えているのは見えるが、話している言葉の意味はまったく分からない。妖怪同士でしか通じない言語を使っているようだ。


 紅葉が話し終わると、百々目鬼が巨体をのろのろと動かしてどこかへ去っていった。廊下のガラスから影が消え、冷え冷えとした白壁があらわになる。紅葉が行け、というように手を振った。


 紅葉の合図を見るなり、全員がり豆のように跳ね、窓枠に飛びついた。舟木ふなきも緊張で震える指先をなだめ、窓を開ける。


 多少の前後はあったものの、すべての窓が開いた。椅子を踏み台にして、窓枠を乗り越えて地面に降りる。靴が砂利を踏んできゅうと音がしたが、幸い外の見張りは誰もいなかった。


 最後に紅葉が、しなやかに体をくねらせながら教室から出てきた。無事合流した彼女が先頭に立って移動を開始する。


 ほかの教室にいる妖怪に見つかって騒がれると厄介なため、校舎の端にくるまで腰をかがめて進む。そのあとは、物陰に隠れるようにしてじりじりと目的地へ向かった。


 一言も話せない緊迫した状況だったが、舟木の気分は不思議と明るかった。狭い教室内に満ちていた、かび臭い匂いから解放されただけで飛び上がりたいほどだ。


 黒い壁は空気の出入りまで制限してはいないらしい。結んでいない舟木の長い髪が、風に揺られて大きくうねった。


「あそこ、見える?」


 紅葉が指をさす。古びた鉄の裏門が、控えめに半分ほど開いた状態で数メートル先にそびえていた。普段は正面の校門から出入りしている舟木にとっては、久しぶりの裏門だった。


 ここにも見張りはいない。そして、門の正面の壁には人ひとり通れそうな縦長の穴があいている。しんと静まった住宅街が見え、一同の顔がゆるんだ。


「よかった……」


 紅葉もうっすら目に涙をためて笑っている。友達の妖怪に、無事に頼みが聞き入れられたことがわかってほっとしたのだろう。


「じゃあ、私、ここで」

「……一緒にこないの? あたしたちを逃がしたことがわかったら、あとが大変でしょ?」


 舟木が聞いたが、紅葉は外に出る気はないと首を横に振った。


「今はだめ。後のことは、なんとかする。いつまで穴が開いているかわからないから、走って一気に抜けて」


 笑顔ではあったが、紅葉の言葉はきっぱりとしていた。彼女の意志の固さを思い知った生徒たちがしぶしぶと引き下がる。特に男子は本当に残念そうな顔をしていた。


「ほんとに、ほんとにありがとう!」

「絶対紅葉ちゃんのこと忘れないからな!」


 皆からの感謝の言葉を聞きながら、紅葉が一歩後ろに下がる。真っ先に宮部みやべが駆け出し、その後ろに足の速い生徒が続いた。前にいた越野の背中が動き始めたのを追って、舟木は駆け出す。


「い、いてっ! 押すな、押すなあ」


 前方から宮部の悲鳴があがる。転んで踏まれでもしているのだろうか。あいつらしいわ、と思いながら舟木は何気なく顔を上げた。


 次の瞬間、舟木の目に信じられない光景が飛び込んできた。さっきまで確かにあったはずの縦長の穴が消えている。後ろから来た生徒にのっぺりとした灰色の壁に押し付けられ、宮部の頬がへこんでいた。


「遅かった? 一体どうして」


 何がまずかったのかと悔やんだが、こうなってしまっては引き返すよりほかに方法はない。越野も同じことを考えたようで、踵を返そうとした。が、彼の動きは突然ぴたりと止まった。そしてほぼ同時に、前方に大きな火柱が出現した。


 火柱はあっという間に、最前列にいた生徒数人を巻き込んだ。わけがわからないまま、生きながら焼かれることになった人間たちの絶叫がこだまする。残った生徒はパニックになり、火から逃れようとてんでばらばらの方向に走り出した。


 呆然としていた越野こしのの手を引き、舟木も必死で足を動かす。どこでもいい、炎のこないところならどこでもいい。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。せわしなく目を動かし、できるだけ暗いところを選んで走る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ