孤高の彼女
「もーらい……むぐ」
弁当の折を片手にかかげ大声をあげようとしていた宮部の口を、金髪美女が目にもとまらぬ速さでふさいだ。いきなりの行動だったが、彼女の白磁のようなしなやかな指が当たった宮田は即座におとなしくなった。
「大きい声でしゃべっちゃダメ。こっそり、持ってきたから」
人差し指をたて、自らの赤い唇にあてながら美女がにっこりとほほ笑む。その感じの良さに背中を押され、舟木は気になったことを聞いてみた。
「こっそりって、どうして?」
「私、妖怪。人間には食糧与えるな、言われてる」
教室内がざわつき始めた。無理もない、自分たちを監禁している妖怪が目の前にいるのだ。怖がりの春野が、教室の隅でひときわ目立つ悲鳴をあげている。美女はその様子を悲しそうに見ながらつぶやいた。
「妖怪はみんな、人間嫌い。そう、言われてる。でも、私小さいころ、人間に育てられた。紅葉という名前もそのとき、もらった。だから、完全には、憎めない」
疑いの目線をものともせずに、とつとつと教壇の上で美女は語り続ける。真摯な様子に、拳を固めていた生徒たちも次第に前のめりになって話を聞き始めた。
「だから、みんなに、これあげる。今の私には、こんなことしかできない」
「うまいこと言って。どうせ毒でも入ってるんでしょ?」
紅葉が教室をめぐって弁当を差し出していくが、春野は心底おびえきって金切り声をあげた。目が吊り上がり、きっと紅葉を見据えている。
「…………」
春野の問いに、紅葉は何も言わずにうつむいた。華奢な肩がぐっと内側を向き、彼女の体が一回り小さくなったように見える。宮部が見かねたのか、ぽんと紅葉の肩を叩いてから春野にかみついた。
「おい春野。そんな言い方しなくてもいいだろ」
「何ほだされてるの。そいつ、妖怪なのよ? まさか信じる気?」
「そうだ。俺は確信したね。このお姉ちゃんは悪い奴じゃねえ!」
宮部は言い放つと同時に、ばりばりと派手な音をたてて弁当の包装を引き裂いた。そして春野があっけにとられている間に、わしわしと白米とおかずを口の中に詰め込んでいく。息をするのも惜しいとばかりに、宮部は十分もかからないうちに弁当を食べきって空箱をみんなに向かって振る。
「ふおらみふぉ」
おそらく「ほら見ろ」と言いたいのだろうが、宮部の口にはまだ弁当が詰まっており、不明瞭な音しか出なかった。口を動かすたびに唾液と一緒に米粒が飛び散り、あっという間に彼の近くから人がいなくなっていく。
「み、宮部。どっか苦しいとかないのかよ」
「んーにゃ、全然」
ようやく口の中を空にした宮部は、おいしかったよと言いながら紅葉とハイタッチまで交わしている。その様子を見て、遠巻きにしていたクラスメイト達の顔色が変わってきた。
「……なんともなさそうじゃない?」
「俺たちにもくれよ」
「きゃ、ちょっと押さないでよっ」
今までじっと様子を見ていた男女が、一斉に教壇に向かって突進した。紅葉に騒ぐなと言われていたので大声こそ出さないものの、浮き立った足音は隠しようもない。見かねた紅葉がちらりと廊下の様子を見に行ったほどだ。
「今、大丈夫。廊下の見張り、いなかった」
舟木は廊下に目をやる。確かに、さっきまで曇り硝子越しにゆらゆら見えていた気味の悪い影が消えていた。周りから漂ってくるおかずの匂いについに負け、舟木も弁当を求める列に並んだ。
待った時間は正確に数えればわずかなはずだが、数時間待った時のじれったさが舟木を襲う。知らぬ間に足踏みをしていたようで、いつものように自分の後ろに陣取っていた越野の足先を踏んでしまった。彼に謝りながら、ようやく舟木は弁当を受け取る。
さすがに最初のおかずを口にする前は手が震えたが、一度運んでしまえばあとはもう箸が止まらない。こんなにおいしいものがあっただろうかと思いながら弁当をたいらげた。久しぶりにお腹がふくれ、自然にふうっと安堵の声が漏れる。
教室を見回すと、あちらこちらに幸せそうな顔をしてクラスメイトが座り込んでいた。唯一春野だけが、ちびちびと自分で持っていた水筒の水を口に運んでいる。
春野の顔はまだ歪んでおり、心底クラスメイトを見下しているようだ。言葉にはしなかったが、暗い奴だなあと舟木はため息をつく。そんなだからいつも一人なんだよ、あんた。




