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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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立塚の夜も更け

「お帰りなさい」

「おー、帰ってきた帰ってきた」


 軍隊関係者と警察関係者が入り交じった状態で、あおいたちを出迎える。まだ事件は終結していないのだが、一段落ついたと思っているのかみんな上機嫌だった。


 葵がひとりまだ違和感をぬぐえずに首をひねっていると、医療班が近寄ってきた。が、葵に異常がないことを確認すると速やかに通常業務に戻っていった。


「無事に終わったのかしら」

「はい」


 医療班の陰から、有園ありぞのが腕組みをしているのが見える。相変わらず一分の隙もない、能面のような化粧をしている。


 顔と首の色が違うぞ、と言いたくなったが葵は我慢がまんした。そのかわりこれみよがしに目前で汗をぬぐってやったが、有園はそれを完全に黙殺した。


「じゃあ、明日に備えて私は一眠りするわ。後は任せたわよ、三千院一尉」

「はい」


 ここでノーをつきつけてやったら一体どんな顔をするか興味はあったが、その後がひたすら面倒くさいだけなのでやめた。


 有園は葵の従順な返事だけ聞ければ満足だったようだ。ヒールをいているとは思えないほどの早さで、あっという間に視界から消えていった。


「坊っちゃま、なんですかあの女は」


 トヨと、三千院家おかかえのコック数名が近づいてきた。本部入り口から事の次第を見守っていたらしく、有園の逃亡速度に目をむいていた。


「俺の上司」

「おいたわしや。なぜあんな女に坊ちゃまがいいように使われねばなりませんのか。ゆゆしき事態です。あってはなりません」


 トヨが目元を押さえた。なんだかんだうるさいが、結局彼女は葵に甘いのだ。あまりに怒るので、葵がまあまあとトヨの肩を叩いてやる。


「軍本来の仕組みからすれば、俺の方が異物なんだがな」

「あたしゃそんな七面倒くさいこと知りませんよ」


 わかったわかった、と葵はさらにトヨをなだめたが、彼女はまだ腹の虫が治まらないのか、しばらくふーふーとしなびた胸を上下させていた。葵は仕方なく話題を変えることにする。


「それより、今日はちょっと小腹がすいたな」

「ロースとヒレどちらで」

「いきなり肉の二択」


 葵が食欲を口にすると、トヨはものすごい勢いで食いついてきた。


「男の子は一日一回はお肉を召しあがらなければなりません。昔から村の掟で決まっております」

「どこの村」

「さあ、とにかくお夜食です」


 葵の抵抗はなかったものにされた。普段食欲の薄い葵が、自発的に食事の話をしたのがよっぽどうれしかったのか、コックも加わり一同総出でどこぞへつれていこうとする。


「ちょっと待て。俺だけそんな豪勢な食事をするわけにはいかん。さっき帰った女以外は、みんな淀んだ目でカップラーメンをすすってるんだぞ」

「先ほど詰め所にもA5ランクの焼き肉の差し入れをいたしました。みなさまヨダレを垂らしながら食らっておられましたよ。これで文句は出ますまい」

「……優秀な部下をもってうれしいよ」


 出来る部下たちがにっこりとほほ笑むのを見て、葵はとうとう逃げ場を失ったことを悟った。あの様子では、それこそ分厚いステーキの一枚でも腹に入れない限りは解放してくれないだろう。





 舟木は背中を軽くつつかれて、身じろぎをした。長くうずくまっていたせいで、頭を上げると首筋がずきりと痛む。


「……なに」

「舟木、生きてるか」

「なんだ、越野か」


 背中から「なんだとはなんだ」という声が返ってくるが、舟木はそれには答えずまたうずくまった。


「なあ」

「無駄な体力使いたくないのよ、わかるでしょ」


 越野にぶっきらぼうに言い放つ。なんせ、ここに閉じ込められてから一日半、水の他はなにも口にしていないのだ。返事の最後に、ぐうと腹の鳴る音がかぶさる。


「そんなこと言うなよ。しゃべりでもしてねーと、ほんとに死にそうなんだからちょっとくらい付き合えよ」

「縁起でもないこと言わないで」


 もっときつくたしなめようかと思ったが、幼馴染の人の良さそうなたれ目に見つめられると嫌とは言えなくなった。とろんと今にも眠り込みそうな垂れ目は、ゴールデンレトリーバーが笑った時の姿に似ている。


「ケータイは」

「バッテリー切れちゃった。職員室に行けば、先生の充電器使えるかもしれないけど」


 真っ黒になった画面をさらしながら、舟木はちらりと廊下の方を見た。硝子がらす越しに、ゆらゆらと頼りなく歩いていく妖怪の長い髪が見えた。


「……この状態じゃ無理だけどね」


 今のところ手足を縛られてもおらず、教室内では自由に動ける。しかし、教室を出たら殺すと最初にはっきり言われていた。勝手な行動をした結果がどうなるか、自分の体で試してみる気はなかった。


「お腹すいたなあ」


 口にすると、舟木は急に泣きたくなってきた。朝、家を出る時は監禁されるなんて思ってもみなかった。屋台で食べるから朝ごはんいらない、と母を邪険にしたことを心底後悔している。


 まさかこんな不運に巻き込まれるなんて、と舟木はつぶやく。昨日までは、文化祭が鈴華すずかとかぶるなんてついてないね、お客さん来ないかもよと友達同士で話していた。しかし、今となってはそんな小さなことで悩んでいたのかとバカバカしくなってくる。

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