明るい毒味計画
「人間のよく食べる保存食ですよ」
「なに、食えるのかこれは」
怜香の話を最後まで聞かず、イッポンダタラたちがばりばりと外のポリ容器にかじりついた。とたんに顔をしかめてぺっと吐き出す。怜香は頭が痛くなってきた。
「だましたな!」
「人の話は最後まで聞きなさいよ!」
どうやらイッポンダタラたちには、一から十まで説明してやらなければならないようだ。怜香は仕方なく、ふたの開け方を教え、持ってこさせた湯を注いで五分待つところまでやってみせなければならなかった。
なぜ人質に取られた上にこんなことまでやっているのだろうと内心涙が出てくる。ようやくラーメンが湯気をたて始めた頃には、怜香はひどく気疲れしていた。
「おお、本当に柔らかくなったな。よし、お前が食べてみろ」
男たちは、なぜか怜香から目をそらし、後ろの大和を指差した。遠慮なく、大和が本気でいやな顔をしている。
「なんで俺?」
「一番雑食そうだ。早く食え」
失礼なレッテルを貼られ、さらにまずいものを強制されたイラつきを顔に張り付けながらも、大和が麺を豪快にすすりあげた。
「大和君、味は」
「塩気ばっかりきつーて、うまみのかけらもあらへん。あと生臭い!」
会ったこともないラーメンの開発担当者に強烈な殺意をにじませながら、大和はスープを渾身の力をこめて飲み込んだ。
毒見がなんともないのを確認してから、男たちは次の箱を開ける。今度の箱にはエネルギー補給用のゼリーがびっしり詰まっていた。幸いこちらはふつうのグレープフルーツ味で、怜香がおいしく食べることができた。
さらに箱は開けられる。今度の箱には、大きな円形の焼き菓子がつまっていた。片っ端から怜香たちに食べさせているらしい。試食が終わるころには、怜香の腹は食物でぱんぱんになっていた。
「よし、客席の奴らもこっちにこい! 一番前の列から、一列ずつだぞ」
大きなケーキを切りわけ、それにかぶりつきながら、怜香は生徒たちが食料を受け取りにくるのを見ていた。酒飲みの一丞は腹がふくれて気が大きくなったのか、ビールはないのかなあとのんきなことを言っていた。
生徒たちは規律正しく行動し、大きな混乱なく食料の分配は終了した。最後に怜香らも、プラスチックの皿にごったに盛られた食料と、ペットボトルのお茶一本を受け取って席に戻った。もういらないと今は思っても、今後のことを考えればもらっておいた方が得策だろう。
まだ食事ものどを通らないほど追いつめられてはいないようで、生徒達はせわしなく箸を動かして雑多なメニューをせっせと口へ運んでいる。味の当たり外れはひどかったが、食事の量としては十分だった。
「ビールないですかねえ」
一丞だけがまだ少しさびしそうに、コーラの缶を持ってうなだれている。
「残念やけどあらへんわ。我慢しいや」
「……昨日あれだけ飲んだのに、また飲むの」
大和は慰めているが、響は冷たい眼で一丞をにらんだ。
「ビールは軽いうちですよ」
「……一日、缶十二本で?」
響がいつもの仕返しとばかりに、一丞に切りこむ。彼が飲むのは知っていたが、そこまでとは知らなかった怜香は目をむいた。
「……一丞、死ぬよ」
「命の水ですから大丈夫ですよ。響様、この状況でそう言わないで」
「……死亡フラグがたちました」
「やめて」
大人たちの心温まる交流のさなか、都はあまり気にした様子もなく、わしわしと食料を腹に詰め込んでいた。
「ごちそうさまじゃ」
幼児にもかかわらず、みんなと同じ量を食べ終えた都が満足そうに腹をなでる。ホールの他の生徒たちも同じような顔つきになり、うとうとと船をこぎだすものもいた。
怜香も、とりあえず今日のところはここまでかと思いながら軽く瞼を閉じた。やるべきことをやってしまったからか、椅子に沈み込むとすぐに眠気がやってきた。
葵はゆっくり、重くなった瞼を開いた。眠っていたせいで、目の焦点がなかなかあわない。やっと視界がはっきりしてきたと思ったら、眼前には、がさがさに荒れた扁平な足裏がそびえていた。
いきなり飛び起きなくてよかったと心の底から思った。いい年したおっさんの足裏にキスして喜ぶ趣味は自分にはない。自分の腹の上に乗ったごつごつした足を押し退けて、ようやく一息つく。




