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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
その参謀、十三歳
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旧友との再会

 肩をすくめながら怜香れいかが答える。


「加藤三曹。私たちを除けば、一番階級が高いのはあの人みたい。実質、小隊のまとめ役になる立場ね」

「たたき上げか? だったらもっと俺を嫌えばいいのに」


 周回で最初にほのめかされた通り、早期入隊制度も、それで入ってきた葵たちのような若造も、たたき上げの軍人たちには全く歓迎されていない。


 ある日突然右も左もわからない素人がやってきて、「はいあなたの上官ですよ。絶対死なせないでね」と言われるのだから、好意を持たない方がむしろ自然だ。


 そんな隊員に媚びてくる人間は、ごまをするしか能がないものと相場が決まっている。


(あんなキングオブ俗物が実際の指揮官なのか)


 葵は一瞬目の前が暗くなった。そもそも、あんな見え見えの世辞を聞いて喜ぶものがいるのが問題だ。自分が出世した暁には、そういう連中をまとめて更迭してやろう、と葵は決意を固める。


「気持ち悪いおっさんやったなあ。世辞もあそこまでいったらかえって嫌みやで」


 良く喋る大和からしても愉快なものではなかったらしく、顔をしかめている。怜香がうなずきながら続けた。


「他の隊員と話をしてみたけど、あまり彼については言いたくなさそうだった」


 ただ、一人だけ話をしてくれた隊員がいた。彼によると、加藤は典型的な「上には弱く、下には強い」人間らしい。自分の気にいらない部下に訓練と称して殴る蹴るの暴行を加えたことさえあるという。


「……犯罪やないかそれ。軍人でもなんでもない、どっかのチンピラがすることや。処罰はどうなっとる」

「毎回、うまい具合にボロを出さないらしいって」

「俺達には手出しはしてこないだろう。だいぶ階級が違うからな。だが、部下の様子は良く見ておけよ」


 葵は二人に言ってから、あたりを見回す。加藤が率いる隊員たちは卑猥な冗談で盛り上がっている。中には作り笑いそのものの笑顔を浮かべているものもいた。話にのらなければ、加藤の機嫌が悪くなるので、仕方なく付き合っているのが見え見えだった。不快なので葵は顔をずらす。


 すると、少し離れた木陰で、くすんだ緑の作業着に身を包み、準備に励んでいる集団を見つけた。明らかにさっきの隊員たちより華奢な体つきをしている。あれが、調査に同行する研究者たちの一団だろう。


 しばらく彼らを観察していると、一人の男が立ち上がる。目があったので会釈すると、彼は笑いながら葵たちのところにやってきた。


「おはようございます。佐久間さくまです」


 葵たちも挨拶を返す。彼は今回の研究チームのリーダーとして登録されており、名前だけはすでに知っていた。しかし、顔を見るのは今日が初めてだ。


 佐久間は線が細く小柄で、葵に似たシルエットをしている。ただし訓練をした葵よりさらに細身で、軽くたたけば折れてしまいそうだ。山歩きに駆り出して大丈夫なのだろうか、と首をひねりたくなる。


「今日はよろしくお願いしますね。できるだけお邪魔にならないようにしますので」


 そうあって欲しいものだ、と葵は思う。佐久間はさらに言葉を続けた。


「妖怪の生態については、出来る限りのサポートをさせていただきますね」

「頼もしいです。ありがとうございます」


 怜香がにこやかに礼を述べる。佐久間は気を良くしたのか、他のメンバーを紹介する、と言い、集団に向かって手招きした。


「何ですか、主任」


 まずやってきたのは、ぽっちゃりした女性だった。ぱっと見で四十くらいに見える。顔のパーツ配置は整っているので、あごやお腹に肉がついていなければもっと若く見えそうだ。煙草をくゆらせていたが、それをきちんと携帯灰皿にしまってこちらに対面する。


「ああ、あたしは三輪みわ。主任と違ってヒラなんで、あんまりめんどくさい仕事ふらないでよ」


 煙草のせいか、かすれた声で三輪が自己紹介する。専門は医療系だという。


「衛生兵がわりに連れてこられたの」


 そこまで言うと、手持ちぶさたなのか腕を組んでいる。煙草がないといらいらしているので、かなりのヘビースモーカーのようだ。みんなの健康をあずかる立場なのに、一番不健康そうである。


「ちわーす」


 もう一人男がやってきた。社会人にあるまじきペラペラの態度であいさつする。髪をかなり明るい金色に染めており、作業着もほかの二人と違ってだらしなくずり下げて着ていた。


則本のりもとくん、いつも言ってるけどね。その態度はだめだよ」

「あ、しまった。すんません」


 佐久間がたしなめてもへらへらと笑っている。暖簾のれんに腕押し、ぬかに釘とはこのことだ。もうすっかり諦めた顔で、佐久間がささやく。


「失礼なやつですが、腕は確かですから……」

「機械のことならなんでもお任せ~。装備のメンテは任せてくださいよ」


 上司の苦労など気にもとめず、ピースサインを出しながら答える則本。残念ながら可愛くなかった。


 この三人が研究チームの核になる存在で、あとは若手のアシスタントたちだという。彼らは荷物や資料を運んだり、簡単な分析をするために呼ばれている。


 そこまで情報を交換したところで、集合の号令がかかる。ひとところに全員が集まり、今回の作戦について最終的な確認を行った。


 葵が事前に聞いていたプランから大きな変更はない。こっそり上層部に計画変更を具申していた葵は、あの石頭どもめと心中で呪いをかけた。


 一通り話が終わり、いよいよ山に入る。研究者チームを軍人が守るように、前に立って隊列を組むことになった。


 葵はどうせ足が遅いからと殿しんがりを希望する。もちろん本音は、加藤と一緒に最前列に立つのが嫌だからだ。大和と怜香も同じ事を考えたのか、そろって葵の横に並ぶ。


 怜香はともかく、大和までこちらに来るとは思っていなかったので、少し驚いた。加藤と葵を天秤にかけて、まだましな方に来たということか。


 加藤は残念そうに、本当にこちらでよろしいのですかとしつこく聞いてきた。葵がブチ切れかかって無表情を極め、仏像化したところでようやく引きさがる。


「ん?」


 しぶしぶ隊列に戻ろうとしていた加藤が、何かを見つけて立ち止まる。


「お前、もしかして一高の佐久間か?」

「え?」

「俺だよ俺、加藤。同じクラスだっただろう」

「ああ!」

「久しぶりだなあ。お前、研究者になったのか」

「う、うん。昔からの夢がかなったよ」


 話が盛り上がっている。佐久間と加藤はどうやら同じ高校出身らしい。二人とも見た目では年齢が分かりにくいからわからなかった。


「全然会わなかったけど、君は相変わらず元気そうだね。出世も順調そうだ」

「まあな、女房子供がいたら本気ださなきゃな」

「子供さんまでいるの。今いくつ?」

「五歳。あっという間に大きくなるもんでよ」

「ああ、じゃ今年は七五三のお祝いだね」


 任務中だが、ひとしきり昔話に花が咲いている。葵はいつ終わるかなあ、と思いながら二人から遠ざかった。


 隊列が分け入る先は、鳥たちの天下だった。早朝の空気を満喫するように、鳥が忙しくさえずり、飛び回っている。人のしゃべり声よりは許せる、と思って葵はなんともなしにその音を聞いていた。


 その時、


 ばさり。


 ひときわ大きな羽音が、一度だけ鳴った。葵は首をかしげる。


「聞いたか」


 葵は傍らの怜香と大和に聞く。


「うん」

「聞いたで」


 二人とも首を縦に振る。葵の空耳ではなかったようだ。しばらく耳を澄ませたが、もう二度と大きな羽音は聞こえてこなかった。


 さっきのあれは、何だろう。ただの思いすごしならいい。が、葵は念には念を入れ、怜香に声をかけた。


「通信機を貸してくれ」

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