希望を乗せて鉄馬は行く
「すぐに食料を手配しろ」
「了解、近隣の基地や備蓄庫に連絡をとります」
葵の指示をうけて、刑事と軍人たちが一斉に電話に飛びついた。有園が眉間に皺をよせながら横槍を入れてくる。
「缶詰だけってわけにもいかないでしょう。調理人の人選はどうするの」
「軍の食事係だけでは足りないかもしれない。うちから数人ベテランを呼びますよ。立塚にも同じ処置が必要だろうから」
葵がピースサインをして言い返すと、有園はお金持ちはいいわねえと分かりやすい嫌味を言った。が、葵はもちろん周りの部下も完全にこれを黙殺した。
「一尉、食糧支援は長期化しますかね。もしそうなら、近隣地域からの応援も必要ですよ」
「それも手配しておけ。なにせ相手からまだ具体的な要求がない。じりじり引き延ばしてこっちを消耗させてくる可能性は十分ある」
約束の期限まで約三時間。電話や無線がひっきりなしに稼働しはじめた。妖怪の再蜂起で大きな道路のいくつかが陥落しているため、長期化した場合は船舶での輸送も視野に入れなければならない。近隣にいる民間船や海上自衛隊にも連絡を、と葵は声をあげた。
駆けずり回ったおかげでなんとか食料調達のめどがつき、次々に各支部から食料が届けられてくる。輸送車に積み込む作業一つとっても大仕事で、有園以外の基地の人員総出で作業にあたった。
「おや、これは坊っちゃま」
いきなりよく知った声が背後から聞こえてきて、葵は汗をぬぐいながら顔をあげた。
「トヨか。急に迷惑かけるな」
「なにをおっしゃいますか」
トヨはそう言いながら腕まくりをしている。葵は黙って頭を下げると、彼女はひどくうろたえて少女のように赤くなった。
「まあまあ、あらあら。あの皮肉屋の坊っちゃまが珍しいこと」
「たまにはこういうこともするんだ。で、あれは作ってくれたか」
「ええ、それはもう。うちの職人たちの仕事は完璧でございますよ」
葵は一番気になっていた料理の出来をトヨに尋ねた。頭を下げられておろおろしていたトヨが、いつもの調子に戻って胸を張る。
「鈴華行きの便に潜り込ませたな」
「ぬかりなく」
「よし」
葵は大きく頷いた。この後はどうなるか分からないが、今のところは順調だ。
「成功するでしょうか」
「最初から大成功は無理だな。だが、第一歩は確実に踏み出すぞ」
「あとは、相手の指定時間に間に合うかでございますね」
「学校周辺には交通規制もしいてある。まず時間通りにたどり着けるだろう」
葵はちらりと右腕の腕時計を見た。約束の時間まであと三十分少々。そろそろかな、と思った時、ちょうど車の列がうなりをあげて動き出した。
大時計がひとつ、時をうった。ゴーライとぬらりひょんは門の前に立ち、ぼんやり透けて見える道を見つめている。
「食料がくるというのは本当か」
九の下で、丸い岩がいきなりゆるりと身じろぎした。九があわてて飛び上がり、近くの植木に移動する。
全身が緑の毛で覆われた糸玉のような丸い妖怪。元の名は地縮という。素早く移動できないという生物としての欠点を持ちつつ、生き残るために壁をまとうという特殊な進化を遂げた稀少種である。
「いきなり動くなよ毬藻」
「毬藻ではない」
九が苛立たしげに悪口を言うと、地縮はごろごろと転がり回って遺憾の意を示した。見た目はそっくりだが、彼らはなぜだか毬藻と呼ばれるとひどく嫌がる。
「そろそろ人間どもが約束した時間だろう。様子を見に動き出してなにが悪い」
「……本当にくるかねえ。兄いも人がいいぜ」
「今回はくるだろう。人質がこれだけいるんだから」
「どうだか。二つの学校合わせたって、千にも満たない人数だぞ」
九が悪態をついてくるりと宙返りしたところで、屈強なタタラ族の若者や鬼たちが現れた。
「うお、いっぱい来た」
「数百人分の食料を運ぼうと思えばこうなるて」
素直に驚いた九の様子がおかしかったのか、ぬらりひょんがにやにやと笑った。
「分配はこっちでやってしまってよいか」
「構わん。どうせあのガキにやらせたところで、まともな判断なんかするわけがない。適当にウドンとやらでも食わせときゃいいのさ」
コワイのことを思い出して気分が悪くなったのか、ゴーライが吐き捨てるように言う。
「兄い、人間どもにもやっちまうのかよ」
「そうだ。少なくともこっちの作戦が成功するまでは、元気に生きていてもらわなきゃ困るんでな」
ゴーライが腕組みしながらそう言った時、今までぴくりとも動かなかった地縮がもそりと身じろぎし、口を開いた。
「足音だ」
「なにがくる」
「人間どもがよく乗る、鉄の馬だ」
一気にその場がざわついた。万が一の場合に備えて、ぬらりひょんとゴーライを守るように、イッポンダタラの若者たちが前に進み出た。




