戦うために敵を知れ
「何度もかわいい部下がかけてくれているんですから、そのうち出るでしょう。お暇ならねぎらってやってはいかがです」
葵は肩をすくめながら、有園をいなす。適当にあしらわれたのが分かったらしく、有園の目がつりあがった。
「私が言いたいのはそういうことじゃなくて」
「じゃあどういう意味です」
有園が一瞬言葉につまったのがわかる。そりゃほんとのことは言えないもんな。単に気に入らない、出世の早い年下の部下の失敗をつつきたいだけだから。
「……あなた、私のことバカにしてるの?」
正解。葵は何も言わず、ぱちんと指を鳴らした。しかし口から出すのは、もう一つ用意した建前の方の答えである。
「そんなことはありませんよ。返事がないのはこちらのせいじゃない、というごく当たり前のことを申し上げているだけです。それが何か」
あくまで丁寧さを崩さず、そのかわり思い切りつまらなさそうに応答してやる。葵がのらりくらりとしているので、有園の方が見切りをつけた。
「もういいわ。相手からあくまで返事がないのなら、強行突入も考えないといけないでしょう。その準備はしてあるの」
「もうとっくに」
「……具体的にはなにを」
「武装ヘリと装甲車、それに突入用の機動部隊と狙撃班がすでに各校舎付近に待機、こちらの指示を待っています。鈴華内部のカメラ画像から犯人の分布位置の地図もすでに作成済み」
「ち」
有園の舌打ちが聞こえた。何か手落ちを期待されていたのだろうか。だとしたらおあいにく様、と葵はせせら笑う。
「坊ちゃま」
葵にとって死角の方向から名を呼ばれた。振り向くと、気まずそうな顔をした三千院家の男二人が手招きをしていた。
葵が気安くおうと返事をしたのを見て、有園の細い眉毛がまたつりあがる。余計なことを言われる前に、葵は立ち上がって男たちの元へ急いだ。
「坊ちゃま」
「……」
「何かございましたか」
部下たちはさすが長い付き合いだけあり、ほとんど感情が出ない葵の機嫌を読んできた。葵は口には出さず、無言で顎をしゃくって有園を指した。
「あの人が原因ですか」
「今ようやく来やがった俺の上司。一応今回の作戦の指揮官でもある」
「あんな若造が?」
部下の一人が思わず口にした一言に、もう片方が慌てふためいて、肘でしきりに相棒の脇のあたりをつっついている。葵は笑って言った。
「それを言われると俺も返す言葉がないが」
「ぼ、坊ちゃまのことを言った訳じゃないですからね」
部下たちはいずれも四十を越えている。彼らから見れば、自分など若造すぎてかえって注意の外だったのだろう。葵は気にするな、と手を振った。
「で、何の用だ」
「壁の攻略に、過去の軍事資料が参考にならないかとおっしゃっていたでしょう」
「ああ」
「資料室を探してみまして。今ようやく見つかりましたのでお持ちしました」
あげられた部下の手には、一枚の光るディスクが握られている。ずっと画像とにらめっこしていたのか、二人とも目が充血していた。
「よくやった。みんなで見よう」
葵は二人を十分ほめたたえてから、他人に聞こえないように小声でつけ加えた。
「次回からな、報告を持ってくる時は有園三佐の名前を真っ先に呼べよ。あのおばさん、自分が最優先されてるかどうかで機嫌が大幅に変わるからな」
「肝に銘じます」
二人がうなずいたのを確認してから、葵は先頭に立って歩き出す。不機嫌さを隠そうともしない有園の前に立ち、今のやりとりの報告をした。
有園はことの次第を聞くやいなや、机の下に置いていた手をすばやく動かし、葵の手からあっと言う間に映像ディスクをもぎ取った。それを皆の上に高々とかざし、口を開く。よっぽど葵の手柄になるのが嫌なのだろう。
「今、壁の攻略に重要な役割を果たすであろう画像をようやく見つけたわ。全員、よく見ておくのよ」
胸を張って言いながら、芝居がかった仕草でディスクをパソコンにいれ込む。葵は有園から逃れるように、つつつと部屋の後ろに避難した。
空のケースを持ったまま一緒に移動してきた部下が、去り際に有園に向かって「てめえはなにもしてねえだろうが」と悪態をつくのを聞いた。
幸い、パソコンから流れてきた爆発音によってその声はかき消された。葵以外の全員が顔をあげ、白壁にうつり始めた映像を食い入るようにじっと見つめる。




