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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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妖怪たちの苦労

 ゴーライは幅の狭い階段を跳ねあがっていく。最初は狭い段に戸惑ったものの、複数の段をまとめて飛び越せば比較的順調に進めることがわかると、あっという間に階段の終わりまできてしまった。狭い通り道の一番奥から、うなり声がひっきりなしに聞こえてくる。


 地の底から聞こえてくるような陰気なうなり声に気が滅入ってくるが、目的地は声のする方だ。一族そろってここの警備をはずれた行幸に感謝する。


 最後の一飛びで、うなり声の主のほぼ真横にたどり着いた。彼は、床にべたりと座り込んでひっきりなしに口を動かしている。


 ばりばり、ぐちゃぐちゃ、ぺちゃぺちゃ。


 派手な音が鳴り、その度に細かな食べ滓が周りに飛び散った。たった一寸ほど横に自分がいるというのに、全く気にした様子がない。どこまで意地汚いのだ、とため息をついてから、仕方なく相手に話しかけた。


「コワイよ」


 ぼろ雑巾のような着物をまくり上げて、ようやくコワイがこちらを見上げた。死んだ魚のような濁った瞳が、黄色い眼球の中できろきろと動いている。その気持ち悪さに思わずゴーライはたじろいだ。


「人間どもから連絡がきた」

「人間だと? 壁はどうした。あいつら、まさかしくじりやがったのか」

「電話という変な機械を通じての連絡だ。壁には何の問題もない」


 コワイは人間が来るという恐怖のためか、がばりと体を起こしたが、ゴーライの報告を聞いてまた座りなおした。その間ずっと片手に赤い果物を握りしめている。ちょっとくらい食うのをやめろ、と怒鳴りつけたくなったが、すんでのところでこらえた。


 このコワイを引っ張りだしてきたのは、自分などとてもかなわぬ力を持った大妖だ。あとのことを考えれば、変な反抗は己の首を絞めるだけだった。


「で、なんと言ってきた」

「人質を即時解放せよと」


「くだらない。まさか聞き入れた訳じゃないだろう」

「もちろん断った。その後慌てて、一部解放でもかまわないと言ってきたが、これも拒否した」


 イッポンダタラの答えに、コワイは満足そうにうなずいた。声色が少しゆるくなる。地獄の底から這い出たような声でも、これが彼なりの猫なで声なのだろう。


「よおし、良くやったぞ。あのお方の命に背くことはあってはならない」


上機嫌のまま、コワイは傍らのかごに手を伸ばす。何かつかもうとしたが、その手はひたすら空を切るのみだった。


「ん?」


 ようやくコワイが異変に気づいてかごの方を見る。かごの中になにも入っていないことに気づいた瞬間、彼の態度が豹変した。


 きいいい、と叫んで怒りを露わにし、瞬く間に鋭い爪を伸ばして籠をただの藁くずに変えてしまった。地団太を踏んで泣き叫ぶ姿が、思い通りにいかないと泣き叫ぶ子供そのもので、イッポンダタラはあきれるのを通り越して笑ってしまった。


 そもそも食えばものがなくなるのは当たり前のことだし、だいたい全部食ったのは彼以外の何者でもない。いったいなにをそんなに嘆いているのかが、ゴーライにはさっぱりわからなかった。


「おい……そこのおまえ! なにをぼさっと突っ立っている!」


 コワイがだらしなく床に寝そべったまま、ゴーライに声をかけてきた。ゴーライは慌てて表情を取り繕い、コワイに向き直る。


「どうした」

「どうしたもこうしたもない! おまえ、この俺の姿を見てなにも感じないのか!」


 はい、なにも。自分で哀れって言っちまったよこのガキ。ゴーライは心の中で舌打ちした。


「おまえは体力がある。それなら、率先して気を利かせて偉大な俺をいたわれ! こんな光栄な仕事はそうはないぞ!」

「何が言いたい? イッポンダタラは回りくどいのが大嫌いだ」


「バカめ! ここはおいたわしや、食べ物を見繕ってまいりましょうと言うところだ! やはり戦闘能力だけの種族はその程度ということだな。特別な俺とは違う」


 そう言ったきり、コワイはふてくされたようにごろりと着物にくるまって動かなくなった。どうやらこれ以上自分で動く気は微塵もないらしい。その頭たたきつぶしてくれようか、と槌を手にとったが、結局あきらめてゴーライは階下へと向かった。



 ゴーライは食料を求めてしばらく歩いたが、どこへ行っても人間の文字が書かれた紙や、粗末な雑貨ばかり並んでいる。


 それを払いのけて見ても、無機質な堅い壁と、味もそっけもない全て同じ形の机と椅子が並んでいるばかりで、食べ物の気配などどこにもない。ここの人間たちはどうやって生きているのだろう、とゴーライはいぶかった。


 うろうろしているうちに、建物の外へ出てしまった。このまま持ち場へ帰ってしまいたい衝動にかられたが、気を強く持ち直して探索を続ける。


「よう。たたらの兄いじゃねえの」


 空から、元気のよい声が降ってきた。青白い羽をひらめかせた怪鳥が、高度を下げてふわりとイッポンタタラの肩にとまる。


「おう、青鷺の九か。翼がずいぶん立派になってきたことよ」

「立派さでは兄いには負けら」


 肩から聞こえる明るい笑い声に、ゴーライのささくれ立っていた気持ちがほぐれてくる。自然とゴーライの口もなめらかに動いてきた。


「謙遜することはない。おまえの青羽の鮮やかなこと。親父殿もさぞや周りに自慢されただろう」

「……ああ、親父ならそうしたろうな」


 その一言を言ったきり、九は黙り込んでしまった。ゴーライはすぐその理由に思い当たり、自分の無神経さに恥じ入って口をつぐむ。


「戦でか」

「女子供を逃がすために、戦線に残ったうちの一人でな。自分の子供のことは、最後まで蚊帳の外だったさ」


「俺のようなものにも。ほんに良くしてくださった、できた親父殿であった。残念なことをした。それでおまえも、ここにいるのか」

「まあな。しかし、そう辛気くさい顔はしないでくれるか。そんな奴は俺だけじゃないし、親父の話をしたのも悪気があったわけじゃないだろ」

「すまん」


 九はそう言ってくれたが、ゴーライは深く頭を垂れた。


「で、兄いはなんでこんなところにいる。持ち場は、あの変な丸っこい建物だろ」


 九にそう問われ、ようやく自分がここに来た目的を思い出してゴーライは軽く跳ね上がった。


「そうだ、コワイに言われて食べ物を探していたんだ」

「あのガキ、兄いにまでそんなつまんねえ仕事を押しつけやがって」

「おまえも頼まれたのか」


 コワイはどうやら、手当たりしだいに命令を出しているようだ。早く終わらせないと必要な人員までとられるかもしれない、とゴーライはため息をつく。


「食料なあ。九、どこか心当たりはないか」

「あるよ。ついてきてくれや」


 九はそう言って、ふわりと肩から飛び立つ。後を追っていくと、建物を離れてだだっ広い道に出た。


 道の両脇に、赤や黄色の派手な幕を張った小さな店が建ち並んでいる。何かを焼くための鉄板や積み重ねられた椀を見て、ここなら何とかなるかもしれないとゴーライの期待はふくらんだ。


「あれ、誰か揉めてら」


 九の言うとおり、二人の前方には小柄な猿たちが円陣をくみ、なにやら口々にわめきたてていた。円陣の中心にはギャマンの椀を伏せたような丸い生物がおり、体の中央にぼかりと開いた口で猿を叱り飛ばしている。口の少し上にふさふさと人間の眉のような毛が一列に生えていて、その下に眼があるのだとゴーライはこの妖怪本人から聞いたことがある。


「おいおい、おまえら、何の騒ぎだ」


 ゴーライが声をかけると、猿たちは一斉にびくりと毛を逆立てた。


「あっ、新手が来た」

「だから言うとるじゃろ。ここにおるのはおまえさんらだけじゃない、勝手に食料をやるわけにはいかんのじゃ。わかったらさっさと持ち場に戻らんか!」


 九とゴーライの来訪を利用して、ギャマンの妖怪がここぞとばかりにまくしたてる。猿たちはそれを聞いて、恨みがましい目をしながら散り散りに去っていった。


「ぬらりのじっちゃん、どうしたい。ひでえ目にあったなあ」


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