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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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伝えたいことそっと秘め

 なんとかしないと、と怜香は考えを巡らせるが、イッポンダタラたちはすでに列の端から生徒を立たせ始めている。鞄を力任せに引き裂かれた女子の泣き声がホールにこだました。


 中の異変に気付いたのか、扉の外に立っていた一本足の男たちが室内に戻ってくる。


「早く立て!」


 男たちが怜香たちの列までやってきた。いらだっている男は、一番端に座っていた清水に怒りの声をあびせている。


 清水は今にも男の眉間にかみつきそうな顔をして立ち上がった。はらはらしながら様子を見守っていた怜香の耳に、大和の一言が聞こえたのはその時だった。


「音が大きくなっとる」


 怜香はあわてて、今まで視覚に振り分けていた分の集中力を耳に移動させる。確かに、さっき聞いた時より電話の呼び出し音が大きくなっていた。


 怜香は走った。一丞と清水の足にぶつかりながらも、仁王立ちになっているイッポンダタラの横をすりぬけ、ホール入り口につながる扉を全開にした。


 怜香の予想したとおり、電話の音がさらに大きくなる。安堵したところで急に襟首をつかまれ、がくんと体が斜めに倒され、そのまま地面にたたきつけられた。


 相手の出方の予想をしていたのでとっさに受け身がとれたのが不幸中の幸いだった。そうでなければ、ひどく腹を打ちつけていただろう。


 怜香の後ろから悲鳴があがったのが聞こえた。何かを持ち上げた、ひゅうと風を切る気配がする。


「待って!」


 怜香は床に倒れたまま横に転がり、立ち上がってホールの中央へ駆け込んだ。その横でどしん、と派手な音がする。見ると、さっきまで怜香が倒れていた床に大きな石槌がめり込んでいる。


「逃げ出したら、ただではすまんと言っておいたはずだ!」


 ゴーライが額に血管を浮かせながら、こちらをにらみつけてくる。怜香は膝についた埃を払い落しながら、反論した。


「逃げてなんかない、私はただ証明したかっただけよ! あの音は外から聞こえて来てるって」


「なに?」

「誰も携帯なんて持ってないのよ! さっきより扉があいたら、音が大きくなったでしょ」


 槌を振り上げて、こちらに向かってきていた男たちの動きがぴたりと止まる。ゴーライのほうを見て、彼の口から言葉が出るのをじっと待っていた。


「……その娘の言うとおりだ。扉を開けたら、ここからでもはっきり聞こえるようになった。元の配置に戻れ」


 ゴーライはそう言うと、部下たちの後ろからゆったりと客席に向かって歩いてきた。慌てて若い部下たちが道をあける。妖怪の壁の間にできた細い道をたどって、首領は怜香の元へやってきた。


「娘、教えろ。あれもケイタイというのか」

「多少形は違うけど、機能は一緒。あの機械を使えば、離れたところにいる人間と連絡が取れるの」


「誰がやっている」

「それは話してみないとわからない。やってみたらいいじゃないの。これだけ部下がいれば、あなた一人いなくなったって誰も逃げられないわよ」

「ついてこい。そのような都合のいいものがあるとは、にわかに信じられん」


 怜香は内心ため息をついた。やれやれ、まさかここで妖怪に電話の使い方を教えてやることになるとは。しかし、嫌がっては相手の心証が悪くなるだろう。


「いいわよ。行きましょ」


 務めて明るく答え、ゴーライと一緒に広いロビーに出る。電話の音は、受付のカウンターから聞こえてきていた。


 正面からは見えないよう、カウンター内の一段低くなった段に白い電話機が三台並んでいる。真ん中の電話機が、赤いランプをつけながら鳴り続けていた。


「ほら」


 詳しい使い方を説明してやる必要はないだろう。怜香は受話器を取り上げて、ゴーライに差し出した。しかし、彼はなかなか受け取らない。何かの罠だとでも考えているのか、難しい顔をしたまま首をひねっている。


「耳に当てればいいだけよ。声しか聞こえてこないってば」


 さんざん言ってもゴーライが渋っているので、怜香はとりあえず受話器をぱっと自分の耳に当てて見せた。


「ほら、なんともないでしょう」


 受話器を耳からはずし、自分の耳が無事であることを見せつける。そこでようやくゴーライは受話器を握り、自分の耳へおそるおそるそれを近づけていく。


 はじめは一言二言、ぼそぼそ言うだけだったゴーライがだんだん長い会話をし始めた。うまくいったか、と怜香は胸をなで下ろす。会話の様子を怜香が見ていると、あっちへ行けと言わんばかりに槌を振られた。仕方なく、数メートル後ろに下がって、ガラス窓から外を見つめる。


 来たときはまだ山裾に隠れていた太陽が完全に上りきっていた。没収されなかった腕時計に目を落とす。時刻はすでに午後三時前になっていた。


 相変わらず、あの黒いもやはとれていない。光すら完全に遮断しているわけではなく、外の光がぼんやりと漏れているのがまだ救いだった。曇りガラスでできた覆いに入れられているようだ。


 ぼそぼそと聞こえていたゴーライの声が止まった。終わったか、と思って怜香が振り向くと、ゴーライが無言で受話器を差し出してくる。


「話せ」

「え?」


 まだ通話が切れていないらしい。怜香は慌てて差し出された受話器を耳に当てた。


「はい」

「怜香か」


 聞き慣れた幼なじみの声がする。この状況で声が聞けるとは思っていなかった。涙で目がかすんでくるのを止めようと、怜香は慌てて上を向いた。


「うん」

「みんな無事か」

「今のところは」


 何か葵の助けになる情報はないかと頭の中をひっかき回していると、後ろから急に受話器を掴まれた。


「もういい」

「あっ、ちょっと」


 抵抗はしてみたが、腕力の差は歴然としていた。葵の声が二言三言聞こえてきたが、それが最後。


 次に怜香に受話器が戻って来たときには、もう通信は切れていた。がっかりしたが、仕方ない。ゴーライに、長々と余計なことをしゃべらせないだけの知恵があったという、それだけのことだ。ゴーライの気配を後ろに感じながら、怜香は再びホールに戻った。


「あっ、かえってきたぞ」

「ほんまや」

「……怪我、なさそう」

「良かったねひーちゃん。心配してたもんね」

「ご無事で安心しました」


 怜香の周りの席から一斉に声があがる。怜香は頭を下げながら席についた。ゴーライは寄ってきた部下たちになにやらもぞもぞとささやくと、ついと扉から外へ出ていった。


「あいつ、どんなこと話しとったん?」


 男たちの目をはばかりながら、大和が小声でささやいてきた。怜香は顔をしかめて正直に答える。


「ごめん、内容までは聞こえなかったわ」

「やろなあ。ま、しゃあないか」


「ただ、葵が電話に出たの」

「けっ」


 葵の名を聞いただけで大和は顔をしかめてそっぽを向く。怜香はやれやれ、と首をすくめて前を見る。その姿勢のまま、両隣にだけ聞こえるような小さな声で言った。


「聞いておいて。葵からの伝言がある」

「何やて」


「菓子は割り箸で食え。都に食後の薬を飲ませるのを忘れるな」


 通信が切れる前に彼が言った単語。ぱっと聞けば意味不明だが、葵の性格からして、あの状況で無駄なことは言うまい。しかし、一体何のことだろう。怜香も大和もわけがわからず、首をひねった。


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