テロリストよこんにちは
電話口から、かすれた男の声がした。葵は自分がとらえた男の様子を聞く。
「はい、阿久津です」
「こちら三千院一尉。阿久津刑務官、佐久間はどうだ」
「はあ、今のところ大人しいもんです。元は気の小さい奴なんでしょうな」
「奴を呼べ」
「……奴になにかご用ですか? まともに答えるかわかりませんよ。何せ、人類の裏切りものですから」
「答えるさ。もう反逆の意思もあるまい」
「わかりました。いったん切ります。奴からかけさせますのでお待ちください」
葵が受話器を置いてから、五分後に再び電話が鳴り出した。葵はすました顔で受話器に手を伸ばす。
「佐久間です」
「おう、刑務所はどうだ」
葵が予想していたより明るい声がした。刑務所に入ってからの扱いはそう悪くないのだろう。
「三度の飯はでるし、規則的な生活でいいね。部屋も個室だし」
「ちょっとは現世に未練がでてきたか」
葵はわざと言ってみた。佐久間は笑ってそれを否定する。
「それは相変わらずないよ。何せ女子中学生にこてんぱんにやられた男だからね。情けなくて死んでしまいたくなるよ」
「せっかく加藤が死んだんだから、もうちょっと生きてたらどうだ」
葵が皮肉っぽく言うと、佐久間はちょっと考えてから話しはじめた。
「本当にね……あんなに人間全体が憎い憎いと言って、あれだけのことをしてしまったのに、加藤が死んでしまったら、急にその気持ちが薄れてきたんだよ。久世さんに完敗したのも今ならわかる。僕は、僕の恨みはその程度だ」
「その程度の男に聞くことがあるわけだが」
「いいよ。わかることなら」
佐久間があっさり答える。パソコンはあるか、と葵が問うと、大丈夫だと言われた。
「今からそっちの端末に画像を送る。ここに映ってる妖怪について意見が聞きたい。一旦切るか?」
「必要ない。そのままどうぞ」
通話口からごとごとと椅子を動かす音が聞こえてくる。「パソコン前に移動したよ」という佐久間の報告を受けて、葵は送信キーを押した。
「うん、わかった。この妖怪は」
受話器から佐久間の答えが返ってくる。まさに即答だった。葵は俺の思った通りだなと呟く。
「なんだ、わかってたの」
「確証が欲しかったんでな。あと、俺以外の人間に解説頼む」
葵は電話機のボタンを押して、スピーカーモードに切り替える。どよどよと野太い男の声で満ちた室内の様子が、佐久間にも伝わっていることだろう。
「あー皆さん、コワイですよ」
「なんだとてめえ。お前が刑務所に入った理由の方がよっぽど怖いぞ」
佐久間乃声が室内に響く。馬鹿にされたと思ったのだろう、刑事達が怒りの声をあげる。彼らの眉間に深い皺が刻まれた。佐久間はむー、と唸ったまま沈黙する。
「ま、ま。ヨシさん、あんたもそう大声出さなくても」
「そうですよ。ただでさえツラも声もおっかないのに」
「それを言うならおまえだってそうじゃねえか」
刑事たちが仲間割れを始めた。佐久間は困ったようにぼそぼそとその背後で呟く。
「だから、皆さんコワイって」
「何回も言わなくてもわかってんだよ! てめえも男ならこれぐらいでびびってんじゃねえや」
「……」
とうとう受話器から沈黙しか返ってこなくなった。佐久間の困惑が伝わってきて、葵は心の中で笑っていた。
「葵くん」
「ん?」
「なにか誤解が生じてるみたいなんだけど」
「あー、そうみたいだな」
「君、わかってて黙ってたね?」
ばれたか。葵は受話器越しに佐久間の苛立ちを感じ、刑事たちに説明しておこうと体の向きを変えた。
「おい一尉さんよ、これは一体どういうことだ」
「別に佐久間はおまえたちが怖いわけじゃない。さっきの画像に映ってたのが、“コワイ”っていう妖怪なんだ」
「そういうこと」
わかってみれば、誤解はすぐ解けた。大騒ぎしていた刑事たちが、気まずくなったのかどすどすと本部の床を踏みならす。余所の施設なんだからもうちょっと丁寧に扱えよ、と葵は言った。
「で、俺たちはどうやってこいつと戦えばいいのかな」
後ろで様子を見守っていた軍人たちが佐久間に声をかけた。しかし、大人しそうな顔をした中年の刑事がそれを遮る。
「待ってください。まず交渉からですよ。人質が大量にいるんですから。どういう性格のやつなんでしょう」
「一言で言うと、卑しい奴だね」
刑事の問いに佐久間が答える。葵以外の全員が前のめりになって話を聞いた。
「江戸時代にはすでに存在が確認されているね。生前、人のものまでがむしゃらにほしがっていたような奴が死ぬと、成仏できずにこのコワイになるのさ。いったん抱え込んだものは絶対に離したがらない。人質を自分のものだと思っているとしたら、めったなことでは交渉に応じないだろうね」
「交換条件として出せそうなものはあるか?」
「食べ物に対する執着が強い奴だから、食料の差し入れは受け入れるかもね。それで人質を解放してくれるかといったらまた話は別だけど」
厄介な相手だなあこりゃ、と刑事たちが舌うちする。軍人たちもその横で顔をしかめていた。
「ただ、妖怪としてはそんなに強くない。デバイス使いと一対一で戦ったらまずコワイが負けるだろうね。だから、戦う時の心配はそんなにしなくていいと思う」
「……佐久間、助かった。こいつが大元締めだと思うか」
「それはない」
葵が聞くと、佐久間は断言した。
「さっきも言ったけど、基本こいつは自分のことしか考えない妖怪だからね。拠点一カ所守らせるくらいならなんとかできても、人を集めて大がかりな計画をたてられるようなタマじゃない。絶対にまだ裏に誰かいる。気をつけとかないと、思わぬところから足をすくわれるよ」
「わかった」
「人質を解放してほしいなら、はじめに話をするのはこいつじゃない方がいい。間に入って、冷静な判断がくだせそうな種族はいないの。できるだけ数の多い奴」
「現段階で確認できたのは、イッポンダタラ、骨女、茶坊主が多いな」
「その中ならまだイッポンダタラの方が話が通じる。最初に提案してみるならそこだね。コワイはとにかくわがままなんで、大人数を黙らせるのは苦手だから」
「よし、そうしてみる」
「無事に済むよう祈ってるよ。まあ、僕に言われたくはないだろうけど」
「うまくいったら減刑の嘆願書をやるよ」
葵がそう言うと、佐久間はきっぱりと「いらない」と言い切った。
「あれだけやらかして、今更被害者面する気はないからね。刑が決まったらそれまでさ。……九世さんによろしく」
葵が止める暇もなく、向こうから通信がぶちりと打ち切られた。減刑に対しては話すことはない、という意思表示だろう。普段はふわふわと海月のように柔らかい態度の男だったが、この件にたいしてはあくまでも頑固だった。
「さて、と。困難さが増したような気もするが、情報が集まったな」
葵はしきり直すように大きく伸びをした。それにつられて、部屋の中の刑事たちや軍人たちも、ぐるぐると首を回す。葵はパソコンを確認したが、妖怪たちからの接触があったという報告はなかった。
「妖怪からの連絡はないのか」
「未だにうんともすんとも言いませんね」
「それならやはり、こちらから口説いてやらないとどうにもならないな。拡声器でも使うか」
「一尉さん、警察がもうとっくにやってるよ」
「応答は」
「ない」
刑事の答えを聞いて、葵はやれやれと肩をすくめた。手元にあった書類を持ち上げて、電話に手をかける。
「では、こちらからホールの電話を鳴らしてみるか。奴らもさすがに気づくだろう。電話線がまだ生きていればの話だが」
葵は鈴華の電話番号を押していく。すべてのボタンを押し終わって、通話が始まると、部屋の中はしんと静まりかえる。
葵の耳に延々鳴り続ける電話の呼び出し音が聞こえてきた。相手はまだ、出る気配がない。
怜香はびくりと身をこわばらせた。この状況で、聞こえるはずのない音がしている。
「これは、電話の音?」
「まずいで。誰か携帯隠し持っとったんかいな」
大和も、突然聞こえてきた呼び出し音の出所をつきとめようとあたりを見回している。しかしその音はか細く、地獄耳の大和にも方角がつかめないようだ。
気づかないでと怜香は願ったが、その願いはあえなく散った。イッポンダタラの動きがにわかにあわただしくなり、首領に向かってなにやらわめきたてている。
「まだあれを持っていたのか! 探せ!」
ゴーライは怜香たちにとって最悪の指示を出してきた。今度の調べはさっきほどあっさりはしていまい。荷物や体全てを根こそぎ調べられる可能性は十分にあった。
そうなると、響のぬいぐるみだらけの鞄も無事ではいられまい。響のデバイス本体はぱっと見ただけでは既製品とそう変わらないが、普通の通信機器といっしょに粉みじんにされる可能性が高かった。
通常、隊員たちは非番の時にデバイスを携帯していない。怜香も大和も無防備だし、都はあまりにも幼すぎる。ここで唯一のデバイス使いの牙をもがれるのはあまりにも痛かった。




